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2022年09月07日20:24

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昨年ベストテン級「椿の庭」。私はプロレスの申し子(?)

 9月2日(金)に昨年の令和3年4月公開「椿の庭」を観る。

「椿の庭」(上田義彦)

 高名な写真家・上田義彦の映画監督デビューだそうだが、残念にも私はその功績に無知である。

 夫を喪った老女が、思い出深い大邸宅を手放す決心をし、手放す直前で病死するまでの孫娘との暮らしを、夫の四十九日の春から約1年を追った何の変哲もないストーリーだ。

 台詞はほとんどなく、庭に咲き誇る四季の花々や、古風な家の佇まい・居間の数々、眼下に広がる美しい海原が、鮮やかなフィックスで綴られ、主役はそれみたいなものだ。

 いや、そう断じてしまってはこの映画に失礼だろう。何の変哲もないと先に述べたが、じつはこの家族の過去にはかなりの修羅場があったようでもある。老女の娘は二人、長女は外国人と駆け落ちし、両親共に病死と事故で急逝、今は祖母と同居の孫娘には激動の過去があったと言えそうだ。

 家と庭と海が主役みたいなことを前に述べたが、実は激烈なストーリーが盛り込まれており、それをクドクド言わず、断片的な少なく絞り込んだ台詞だけで、さり気なく示す。淀川長治さん言うところの「映画の粋」とはこういうのを言うのだろう。脚本も監督自身だそうだが、この洗練ぶりは写真家だけの才能でないことを顕著に示している。

 だから、当然ながら家や庭や自然だけではなく、俳優の存在も重要になる。老女を演じるは富司純子、存命の次女を鈴木京香、孫娘を韓国のシム・ウンギョンと、絶妙なキャスティング。寡黙の中に万感の想いを込めた演技、演出は絶品だ。とりわけ、日本語が達者でないウンギョンに帰国子女を割り振る配役の妙もお見事だ。言葉少ない中に、苦しさを押し隠して富司に家の売却と自分の家族との同居を勧める鈴木京香も抑えた演技が効果的、和服の佇まいが絶品の富司純子の良さは言うまでもない。

 これだけの映画的要素を揃えて、「映画の粋」が絢爛と展開されるのだが、細かく述べていたらキリが無いので、一つだけ具体的に記しておこう。富司は、家と共に朽ちていく覚悟で、炊事場に薬を流して服用を装うだけで済ましているが、気付いている孫娘がなかなか言い出せない。体力はドンドン衰え映画の終盤の秋を迎えると、落ち葉の掃除もつらくなってきて、ウンギョンにお願いすることが多くなる。

 果てしない落ち葉掃除にウンザリしたウンギョンは、薬の服用をややムッとしながら懇願する。返事をせず黙々と自ら落ち葉掃除を始める富司、共に掃除を始めるウンギョン。これだけの寡黙な描写に、祖母と孫娘の無限の情愛がシミジミと表現される。

 ラストの邸宅解体工事(多分、あの家を解体したのでなく巧みな別の場所のモンタージュみたいだが違和感は無い)の切なさ、ウンギョンが池から救い上げた何匹かの金魚を、帰宅して自宅の金魚鉢に放つ彼女の想いと愛おしさ。最後まで「映画の粋」を貫いて画龍転生であった。

 なお、これは映画の出来とは直接関係は無いが、私は千住の下町の借家住まいの貧乏人の小倅で、会社の寮・社宅と転居を続けた後に、三男坊でもあるし現在の建売住宅を購入した身で、「住めば都」の精神であり、住居にはさしてこだわりや愛着が無いことだ。そうでなければ、この映画は切な過ぎて、エンタテインメントとして楽しめきれなかったかもしれない。(よかった。ベストテン級)
 
 この日記は映画の話題が中心だが、それと同等の分量を録画で楽しんでいるのがプロレスだ。今やプロレス中継は、地上波では無きに等しく、テレビ朝日30分深夜番組を残すのみであるが、CS放送では人気コンテンツとしてかなりの量が放映されている。

 J:COM基本チャンネルに限っても、「新日本プロレス」はテレ朝チャンネル2とスポーツライブ+の2局、GAORAは「全日本プロレス」「DORAGONGATE」「大阪プロレス」、日テレジータスは「ノア」(最近は中継が少なく寂しき限り)、JSPORTSは「WWE」(こちらも以前は週5時間弱あったのが、現在は週30分のニュース番組になってしまったのは寂しいが、それでも世界最大のプロレス団体の情報が途絶えないだけ嬉しい)と、多岐多量に及ぶ。これに各局のプロレス関係のアーカイブやヴァラエティが加わるのだから、放映量は膨大だ。

 そこで、最近の映画に絡めたプロレスの話題を一つ。

 自宅リハビリ療養の身なので、録画ストックが乏しくなると、番組表をひっくり返して気楽に見られそうな映画を追加する。最近ではスティーヴン・セガールの「沈黙」シリーズあたりを適当にチョイスする。

 そんなことで録画観賞したのが「沈黙の監獄」だが、これがプロレス者として大当たり!セガールの単独主演ではなく、スティーヴ・オースチンとの2大スター競演作品なのだ。スティーヴ・オースチンといえばストーンコールドの異名を有するWWEのスーパースターである。こんな映画があったとは!不明にも私は知らなかったので、大儲けの気分になった。

 私とプロレスの相性はヒドく良いみたいである。先日は録画観賞の途中で、コーヒータイムにしようかと中断して、とりあえず話題の24時間テレビにでもしておくかと日本テレビにチャンネルを切り替えたら、アントニオ猪木の登場とバッチリとタイミングが合ったのである。猪木が登場するのは知っていたが、時間はそれ程に明確な訳ではなく、そこまで追い続ける気は無かったのだが、偶然にも猪木コーナーを完全に観ることができた。もっとも、闘病中の身である猪木だから、出番は30分足らずであり、偶然にもその場に遭遇できたのは、奇跡的とも言える。やっぱり私は映画以上にプロレスの申し子なのかもしれない、

 9月3日(土)に昨年の令和3年9月公開の日本映画「黄龍の村」を観る。

「黄龍の村」(阪本裕吾)
大型レンタカーでキャンプに向かった男女8人の若者が、車がパンクし修理先を探して入り込んだ奇妙な迷信に執り付かれた村で、命の危険に晒される。いわば和製「ミッドサマー」の趣きだ。冒頭は携帯画像サイズでしばらく展開し、村に入ったあたりでビスタサイズに拡がるあたりに、日常から異世界への迷い込み感があって悪くない。さて、その先の展開は…となるのだが、突然カンフーアクション風の活劇へと進んで行く。アクション監督出身の阪本裕吾は、どうやらこれをやりたかったみたいだし、それはそれなりの出来なのだが、全体にチグハグ感は否めなかった。(まあまあ)

 9月6日(火)に昨年2021年7月公開の外国映画「ファイナル・プラン」を観る。

「ファイナル・プラン」(マーク・ウィリアムズ)
リーアム・ニーソンのオッサンが、例によって無茶苦茶に強い一篇。今回は海兵隊の地雷処理班上がりという一応の説明がなされているが、殴り合い・銃撃・爆破OKの大暴れ。金庫爆破強盗を続けていた男(でも、初犯は善良な父親の金を騙し取った銀行襲撃という免罪符もある)が、愛する人と出会い足を洗うことを決意し、FBIに金を返し減刑の司法取引を申し出るが、悪徳捜査官の横領に巻き込まれ、対決する破目になる。このワルがニーソンに罪を被せて関係する者を徹底して殺しまくる超極悪ぶりで、悪党提示の爽快さはいや増す。コンパクトな98分、こういうものは大昔なら二番館のアクション三本立、少し以前なら銀座シネパトスといったところ。こけはこれで映画の楽しさの一つと言えるでしょう。(まあまあ)

 9月7日(水)に昨年の令和3年7月公開の日本映画「フィッシュマンズ」を観る。

「フィッシュマンズ」(手嶋悠貴)
デビュー30周年を迎える孤高のバンド、「フィッシュマンズ」の軌跡を追った製作期間2年、約3時間の巨大ドキュメンタリーである。核になるのは、平成11年に急逝した作詞・作曲・ボーカルを努めた中心人物の佐藤伸治を、現在も活動を続ける現メンバーや離れていった旧メンバーが、ゆかりの地を訪れインタビューに応じていく姿だ。圧巻なのは過去のフィルムやVHS映像の膨大な引用である。私は「フィッシュマンズ」にもバンドにもさして興味が無いが、それでも感じさせてくれるところは少なくない。1987年結成時はバブル真っ盛りで、就職を突如蹴って音楽で生きていこうと決意し、最初のレコーディングが海外なんて、いかにも時代を感じさせる。バンドとしては超メジャーになりきれず、そりがリーダー格の佐藤伸治の「自分の意に沿わない創作までして売れることへの疑義」にあり、そんなことも背景に離脱していくメンバーの発言あたりも興味深い。おそらくバンドに興味を有する人にとっては、底知れない深さを感じることだろう。そう、映画ファンが「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」に寄せる深い関心に近いのではないかと思う。大きく異なるのは、この映画製作が世紀末から新世紀の間とのこともあり、映像素材が桁違いに豊富なことだ。今後は映画監督も、現在の名匠・巨匠・鬼才の没後は、こんな形で検証されていくのではないか。それらの殆どの作品の完成は、私があの世に逝ってからのことなのが残念である。(まあまあ)

 9月に入っての自宅観賞映画は次の8本。

「椿の庭」「ムッちゃんの詩」「沈黙の監獄」「黄龍の村」
「ニューヨーク 親切なロシア料理店」「ファイナル・プラン」
「フィッシュマンズ」「GOGO(ゴゴ) 94歳の小学生」

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