mixiユーザー(id:2223977)

2022年06月05日18:55

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閃きメモ

シェリングは

「自らの
 究極的理念を
 経験において
 証明することのできない理性は
 経験の外の
 しかも
 経験を越えさえしている存在へ
 向かわねばならない

 つまり、
 理性は、

 経験に現れる存在が
 感性的表象能力に
 関係する
 のと同じように

 純粋な認識能力としての理性に
 関係する
 存在へ
 向かわねばならない。」

という。
太字はシェリング。SW, XIII 173)

ということは
積極哲学は
単に表象(や意志)が存在の原因であるのとは
異なる意味で
存在の原因であるところの
啓示
つまり
「経験を越えている存在の原因」
としての
「啓示」

出発点にしている
ということ。

だから
表象を起点(出発点)にするだけなら
(これがラインホルトの根元哲学の
 アイデンティティであり限界でもある)
単に経験的存在を証明するだけ
だが

「啓示」は
「経験を越える存在の原因」
なのであるから

単なる表象に現れるだけの存在
つまりは
現象学が扱える限界の存在

越えた存在(理念の究極=終局としての神あるいは絶対者)

実存を
証明する
初めての学だ
ということ。

宗教は
教祖のみが
神を認識している。

けれども
積極哲学は
総(すべ)ての人に
啓示が理解できる道を
提供しようとした
初めての哲学(Wissenschaft)。

これに
気づいた(閃いた)。


さらに

感性的表象能力に関係する
経験に現れる存在が
「存在可能者(das sein Könnende)」


純粋な認識能力としての理性に関係する
経験を越えた存在が
「純粋存在者(das rein Seinede)」
だということ
にも

気づいた(閃いた)。 


またさらに
その
「純粋存在者」

存在原因が
「啓示」
だということ
にも
気づいた(閃いた)。

なので
啓示(または悟り)が起きる
システム
の解明

課題。

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最終更新
令和4(2022)年6月5日 19時17分
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