を読んだ。
ロス・マクドナルド著/菊池光一訳
ある朝かけすにピーナッツをやっていたリュウ・アーチャーは、そこにやってきた少年が自分もピーナッツをやりたいと言うのでピーナッツを渡す。
やがて少年は自分にも食べさせろと言うので食べさせる。
そこに少年の父親と母親も姿を現すが、父親は母親を残して少年を連れて出ていった。
アーチャーはその車にブロンドの若い女も乗っているのを見た。
その後アーチャーは母親ジーンから息子を取り戻す手伝いをしてほしいと依頼される。
父親スタンリイは自分の母親のところに向かっていると突き止めるが、母親エリザベスの住む家は山上にあり、そこはつい最近山火事が発生して大騒ぎになっていた。
そんな中、地中に埋められたスタンリイの死体が見つかり・・・。
ホームページの掲示板でポール・ブリッツさんにお勧めされたので読んでみた。
面白かったが、最高のコンディションで読めなかったのが少し残念だった。
というのも、まず化夢宇留仁はこの作品があの「動く標的」のリュウ・アーチャー(ルー・ハーパー)のシリーズとは気づいておらず、普通の現代ミステリだと思っていた。
それで読み始めて初めてその事実に気づき、そうかハードボイルドかと認識を改めて読み進めたのだが、途中からどうも化夢宇留仁の思うハードボイルドとは異なる内容だと気づき始めた。
とりあえず登場人物が多い(汗)
しかもそれぞれが縦軸(親子)でも横軸(関わり合い)でも絡み合い、そこに更に時間軸(過去の出来事とそれによる変化)までが複雑に絡み合っており、これは化夢宇留仁の認識的にはヘビィ系ミステリとして読むべき作品だったと気づいた次第(汗)
というわけで物語を追うのはいいとして、登場人物の関係を理解するのに苦労して、そっちに意識を持って行かれた感があったのが残念だった。
しかし確かにそれら複雑な人間関係が織りなすドラマと、結果的にタイトルにも絡んでくるトリック(?)もあって最初から最後まで楽しめた。
ところでこの作品で気になったのは、「〜のような」とか「〜に似た」というような比喩表現が非常に多く、かつそれがバラエティに富んでいるところだった。
比喩による雰囲気の描写が巧みだと思わされるところもあれば、化夢宇留仁の知識の足りなさもあって意味不明になるところも(笑)
それと主人公アーチャーの主体性の無さも興味深かった。
冒頭のあらすじでも書いているが、かけすにピーナッツをやろうと思った以外は基本的にひたすら流れのまま言われるままで全然主張が無い(笑)
こんな枯れたハードボイルドもあるんだなあと新鮮だった(笑)
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