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2021年11月11日02:59

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シェリング積極哲学を踏まえた新たな哲学の創造(3)

私は一般理論を創造するよりも
(或いは
 「査読を通過するが現実問題を解決し得ない論文」
 を作成することを最優先すること
 よりも)
目の前の妻の
パニック障害や
鬱病を
治し得る
最も特殊で具体的な哲学を
創造したい。

私の哲学が
目の前の妻の病気に
無効であるならば
私の哲学が
たとえ人類の認識を新たな段階へと引き上げ得る哲学であったとしても
無意味である。
(その意味では私の目指す哲学は
 神(或いは絶対プリウス)の実存解明を目指すシェリングの哲学に留まらず
 単独者の実存解明を目指すキェルケゴールの哲学をも含むことになるだろうが
 しかしキェルケゴールは現実問題に文字通り斃(たお)れたのであるから
 私の目指す哲学はキェルケゴールの哲学にも留まり得ない。
 また、世界の解釈ではなく
 世界を変えることの優先性を求めたマルクスの哲学
 „Die Philosophen haben die Welt nur verschieden interpretiert,
  es kommt drauf an sie zu verändern“ Deutschen Ideologie 1845
 「哲学者達はこれまで世界を様々に解釈してきただけだ。
  肝心なのは世界を変えることだ」
 (フォイエルバッハの哲学に対するマルクスの『ドイツ・イデオロギー』での解釈)
 もまた、シェリングの積極哲学(神話と啓示の哲学)を踏まえてはいない
 がゆえに
 人類の意識(認識)が、
 神話的緊張状態にある時に
 絶対プリウスたる本来の精神(精霊)の媒介物となって
 異教からキリスト教、そして自由で自覚した認識へと
 自発的に発展してゆく過程(発展法則)を
 まったく知らないままに
 「意識(主観)が経済(客観)を規定するのではなく
  経済(客観)が意識(主観)を規定する」
 として
 プロレタリアート(労働者・無産階級)を主体と考え
 意図的・目的意識的・主体的な行為によって
 ブルジョアジー(資本家・有産階級)を標的とした
 社会の変革を意図した哲学を創造したが
 マルクスの哲学(唯物弁証法と唯物史観)は
 シェリングの積極哲学が欠けている以上
 ここに留まることは出来ない。
 猶
 日本人が好きなハイデッガーはどうかというと
 ハイデッガーはシェリングを評価して
 シェリングの『自由論(人間的自由の本質)』などを
 大学で講義していたわけだが
 それにもかかわらずハイデッガーは結局
 Abgrund(脱根底、底なしの深淵)までは到っても
 Ungrund(無底)にまでは到り得なかった(語り得なかった)
 と言う意味で
 ハイデッガーの哲学には宗教原理が含まれていないので
 シェリングに言わせればハイデッガーの哲学もまた
 「消極哲学(negative Philosophie)」に過ぎないから
 これに留まることも出来ない。)

妻の病(パニック障害、鬱病)と
私の病(適応障害、発達症)に
無効な哲学は
私の目指す哲学ではない。

そういう
目的意識のもと
シェリング積極哲学を踏まえた
新たな哲学としての
自律性無底哲学
のポイント整理。

(1)端的に実在するもの
   無条件に実在するもの
   最もプリウス(先位者)であるもの
   (absolutes Prius=絶対プリウスであるもの)
   は
   (ポテンツ=Potenzen ではなく)
   「本来的な精神(eigentlicher Geist=精霊)」である。
  (それは
   ドイツ語での Seele、ラテン語での anima、
   ギリシア語での ψυχή(プシューケー)   
   という
   通常の意識や心理に繋がる「魂」の系列
   とは異なり
   神話的緊張状態にある人間の意識に
   (神話的緊張状態にある人間の意識を媒介として)
   「霊的授かり物」としての「神話的表象」や
   「神の現実的顕現」を齎(もたら)し得る
   ドイツ語の Geist、ラテン語の spiritus、
   ギリシア語の πνεῦμα(プネウマ=存在原理、超自然存在、悪霊、聖霊)、
   ヘブライ語の רוח(ルーアッハ=神の霊、息、風、天地創造で唯一動くもの)
   (以上の情報は、
    灘中・灘高から東大法学部に現役合格するも文学部へ転部し、
    思想文化学科 宗教学 宗教史学 専修課程を卒業し、卒業の年に
    京大医学部医学科を受験・合格し、今年卒業して医師国試に合格して
    現在初期研修医の清水健信さんに 2018年9月5日の私へのメールで
    教えていただいた内容を含むが、そのままではなく、
    私の研究結果も入っている。)
   という「精神」の系列に属する(主客の本源としての)精霊である。)   

(2)したがって
   「本来の精神(eigentlicher Geist)」
   は
   主観(Subjekt」主体)も
   客観(Objekt:客体)も
   越えている
   「主観と客観の先位者(絶対プリウス=absolutes Prius)」
   である。

   それゆえ
   ポテンツ(Potenzen=可能性)の
   プリウス(先位者)
   としての
   Geist が
   本来的な精神(eigentlicher Geist:精霊)
   である。

(3)本来的な精霊(eigentlicher Geist)は
   現在は顕在ではない(存在しない、未自覚である)が
   将来顕在(存在)化(自覚)されるもの
   である。
   (より深く言えば
    本来的な精神=精霊の
    常態は
    「(意識にとって)潜在(潜勢)」であるが
    Krisis(病気が回復するか死に向かうかの境目、危機)においては
    顕在(現勢)化することで
    意識(感覚)の
    識閾(threshold of consciousness=或る意識作用の生起と消失との境界)
    を越えて
    意識(感性)の守備範囲(活動範囲)へ入って来ることにより
    認識可能となり
    精霊が自覚される(=啓示を受ける、悟りが開かれる)もの
    となる。

    これをさらに
    自律性療法の観点から捉え直すと
    Krisis としての病的状態に於いて
    自律訓練法によって
    自律性状態(autogenic state)
    つまり
    中心脳制御系(centrencephalic control system)の活動を
    保障する状態に到れるようにして

    純粋存在者の存在必然者としての
    「存在可能者の非存在者(不可存在者)としての活動を
     抑制(抑止)して
     非存在者(不可存在者)を存在可能者へと連れ戻す活動」
    を邪魔しないことによって

    無意識からの応答を聞き取れるようになって
    精霊を自覚する段階へ至る可能性を保護する
    ことで
    病状の回復と
    自覚の生成可能性を維持することを
    目的とする。)

(4)本来的な精霊(eigentlicher Geist)は
   主体としての存在可能者(das sein Könnende)
   というポテンツ
   と
   客体としての純粋存在者(das rein Seiende)
   というポテンツを持たない存在者
   に
   区別出来る。

(5)存在可能者は純粋存在者の主体として機能し
   純粋存在者は存在可能者の客体として機能することで
   両者は互いに
   「解(と)き難(がた)き紐帯(ちゅうたい)」
   で結ばれている。
   ここで「解き難き紐帯」とは
   「本来の精霊(eigentlicher Geist)」である。

(6)存在可能者は
   その vox ancept(二義性、不定性)の本性により
   「自らの客体としての純粋存在者の主体」という役割
   から逸脱して
   自分自身を客体として
   客体としての自分自身の主体として機能することで
   「悪」となる。

   存在可能者は潜在に留まり
   純粋存在者を自らの客体として
   純粋存在者の主体としての役割に留まる限り
   「善」であるが

   本来の「役割」を逸脱して
   自分自身を客体とした自分自身の主体と化した時
   存在可能者は「非存在するもの(不可存在者)」となる。

(7)純粋存在者は
   本来ポテンツを持たないものであり
   意志で言えば意志し得ないもの(無意志=無欲=無我=無)であるが
   Doppelwesen の片割れである存在可能者が逸脱することで
   純粋存在者はポテンツ化され
   存在可能者を元の役割に復帰させる為だけに
   顕在化する(意識の圏域へと、自らの限界を越えて到達する)
   「働か(存在し)ないわけにはゆかないもの
    =das sein Müssende:存在必然者」
   となる。

(8)存在可能者の逸脱により
   ポテンツ(意志)化され
   「存在必然者」となった純粋存在者は
   「非存在者(不可存在者)」となった存在可能者を
   元の「本来の精神=精霊」の世界へと連れ戻す為だけの機能(使命)を
   完遂(かんすい)した時には
   意識に認識(自覚)され
   存在可能者と純粋存在者は
   「Aktus(活動、顕在)においても、即ち Sein(存在)においても
    猶、Potenz(可能性、潜勢)に留まるもの(Bleibende)」
   となる(認識の再生、啓示、悟り)。

(9)本来的な(本来の)精神(eigentlicher Geist=精霊)
   は
   元々
   der an sich seiende Geist(即自存在的精神)
   であったものが
   der für sich seiende Geist(対自存在的精神)
   へと転化し
   これは理想的で神に抱かれて存在して時(時代、時期)
   あるいは
   絶対プリウスとしての精神
   (それは神でもありうるし悪魔でもあり得るという意味で
    神も悪魔も超越する存在=絶対者である。しかし
    シェリングの場合「全知全能で未来を必然的に知り得る神」のみを
    絶対者でいみするだけではなく
    「原始偶然=Urzufall」を「存在可能者」というポテンツで
    原理に組み込んでいるので
    数学基礎論における不完全性定理や
    物質や光が粒子と波動という二面性をもつことを反映した不確定性原理も
    シェリングの積極哲学であれば包括可能である)
   が
   あたかも胎児が母の子宮に居るかのように
   安定した環境に居る段階が
   der an sich seiende Geist であるが

   存在可能者の本性である不安定性(vox anceps)により
   存在可能者は潜勢に留まることが出来ず
   純粋存在者の主体であることを離れて
   自分自身の主体と化して
   精霊の安定状態を破ることにより
   純粋存在者は「緊張(Spannung)」状態を強いられることになる。

   これが「der für sich seiende Geist(対自存在的精神)」であり
   これが人類の意識をして「神話的緊張状態」に陥らせる原因となる。 

   「本来的な精神」としての「精霊」の
   「der für sich seiende Geist(対自存在的精神)」化が
   人間の意識を規定して
   「神話的緊張」「Krisis(危機)」状態に陥らせる
   のであって
   人間が作り上げた社会のシステムが人間の意識を規定することが
   (それもまた権力や権威や暴力として人間の意識へ大きな影響を及ぼし
    人間の意識は社会体制の強制から自由ではない以上
    意識が社会体制の影響下にあることは間違いないが、
    それが最も根本的な)
   第一原因であるわけではない。

   その意味で
   シェリングの積極哲学が描く
   (精霊と意識の)歴史(的展開過程の)哲学
   の方が
   マルクスの唯物弁証法と唯物史観
   よりも
   人間意識の病理に対して
   有効な治療方法を提供し得る。

(10)der an sich seiende Geit(即自存在的精神)
   der für sich seiende Geist(対自存在的精神)
   を経て
   der bei sich seiende Geist(留自存在的精神)
   つまり
   Actus において(即ち)Sein において猶
   Potenz である精神
   に至り
   ここで初めて精神は再び
   安心を得る。

(11)精神が
   der an sich seiende Geit(即自存在的精神)
   der für sich seiende Geist(対自存在的精神)
   der bei sich seiende Geist(留自存在的精神)
   という展開過程(発展法則)を
   原理(自発しかし偶発性を含む法則)として持つ
   以上
   人類の意識(そして意識と密接に関係する社会体制)も
   der an sich seiende Bewusstsein=安住(Gemeinschaft=原始共同体)
   der für sich seiende Bewusstsein=逸脱(Gesellschaft=階級社会)
   der bei sich seiende Bewusstsein=自覚(Gottesherrschaft=神の支配)
   という展開過程(発展法則)を
   持っている筈である。

(12)ただし
   安住から逸脱へ向かう場合にも
   そして
   逸脱から自覚(啓示、悟り)へ向かう場合にも
   「偶然性」が含まれるので
   「必ず人類は神の国へ至る」とは断言出来ない。

(13)ただ原理として
   そういう展開過程(発展法則)が
   存在しており
   我々人類は
   この原理の展開過程を
   邪魔せずに
   この原理の運動が進行しやすいように
   努力することが課題である。

(14)個人としては
   そういった展開の進行に
   有効な行動に
   日々心がけることが
   結局は最も自分を助ける。

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最終更新
令和3(2021)年11月11日 20時21分
令和3(2021)年11月12日 02時59分
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