川尻しのぶ伝2

２．

吉良吉影 ギギッギッギイイ
川尻しのぶ …フン！…あいつが帰ってきたわ…つまんないあいつ…。ギギギって鳴るこの借家の玄関の安ドアもドアだけど、本当あいつのように情けない音たてるわ…。ぜんぜん心の通じないあいつとまた今晩もいっしょにすごさなきゃあならないのか…。「めし」「フロ」「ネル」の単語しかしゃべらないあのつまらない男が会社に出ていくまでのあしたの朝８時まで…。
吉良 ただいま…。
しのぶ フン！こんな男にふり向いてあいそ言うのも面倒くさいわ…。気がつかないフリしてやるわ…もうあんたなんか興味はないのよ…帰ってこなきゃあいいのに、安月給だけ家に入れてさ。
吉良 夕食…は…？
しのぶ あら…！帰ってたの。ち――っとも気づかなかったわ。ワゴンの上にあるわ…今日はとってもイソがしかったからそれしかないの…でも好物だったわよね。（カップラーメン）
吉良 …。
しのぶ 頭にきたかな？でも怒る勇気があるなら怒ってみな…どーせ怒らないでいつものようにスッとろくモグモグ食うだけだろーけどさ…。
吉良 トントントントントン（アスパラとベーコン）　ズバッズバッ（セロリ）　パパッバカバカバカバカ（玉子）　ドジュウウウ（炒める）
しのぶ …なにやってんの？
吉良 パッパッ（取り分ける）
しのぶ ？　どういう風のふきまわしなの？あんたが料理するなんて！い…いやできるなんて…？すっトロイあんたが手ぎわのいいマネなんかして、なにを遊んでんのよ…。なによ二皿？ひょっとしてこれあたしの分？あんたの料理をあたしに食べろっていうの？バカじゃない。あら！お、おいしいじゃないこの料理…。

×

しのぶ あの『つまんない男』と知り合ったのはあたしが短大に行ってた時――…。。この地方じゃけっこうランク上の大学行ってた男だし、背も高いし…あたしの回りの友人たちが当時「物静かでステキ！カッコイイ」ってうらやましがるもんだから、たいして好きでもないのに優越感ってヤツで付き合ってたら、子供ができた…。主人は悪い男ではない…大酒くらうわけではないし、仕事だって給料は安いけどちゃんと行っている…。でも『つまんない男』…。結婚して毎日生活して初めて分かったわ…。結婚は気が合うってことが一番大切だってことが身にしみて分かったわ…。あたしは『恋』を知らないで結婚した女…。
大家 おはようございます奥さん。今朝もいい天気ですなあ…ちょっと上がらせていただきますよ。あ…こりゃご主人、おはようごぜーやす。さっそくですけど、このわたしに間違いがありましたらご遠慮なくおっしゃってください…奥さん…。人間誰しも記憶違いはありますからねェ〜。おたく、先月分の家賃、まだ払ってねーよなぁーッ。今月分とで26万円！今すぐ払いなよ――ッ、さもないと出てってもらうッ。上…金庫あるんでがしょ？家賃、『銀行振り込み』にしていただけると、わたくしいちいちこーやって集金しなくてすむんですけどね――ッ。
しのぶ なにしてんのよあんた…早く持って来て。
吉良 …。
しのぶ ほら！さっさと『金庫』開けておカネ持ってきなさいよ。
吉良 『金…庫』…？
しのぶ たしか10万円くらいはあったわよね…。一ヶ月分もないけど今はそれでなんとかうまい事言って帰ってもらって。新車買ったばかりだし早人の学費がけっこうかかって銀行預金ゼロなのよ…。さっ、開けてちょうだい。
吉良 ぼくが…開ける…のか？
しのぶ もたもたしてないで早く開けなさいよ！あんたが組み合わせ番号のメモ持ってるんでしょ！
大家 まだかよお〜?!早くしろよッ！行くとこいっぱいあんだからよ――っ。
しのぶ 早く開けなさいよ！あんた何やってんの？どうしたの？この人…やっぱり…『何か』…どこか…いつもと違う…。
吉良 スッ（立ち去る）
しのぶ え？
吉良 おまたせしました。でも大家さん…今チョッピリばかり持ってるおカネが少なくてね…。
大家 あ？フザけてんじゃねーぜあんた！てめーの給料安いくせにわたしのこんなりっぱな家を借りようってのがゼイタクなんだよトンチキ！それにペット禁止って言ったのにネコ飼ってんのも知ってんだぜ！出ていってもらうからなッ！
吉良 ドン　ゴゴゴゴゴ　ボン（スタンドで大家のカバンの鍵こわす）いや…勘ちがいしないでくださいよ大家さん。チョッピリばかりって言ったのはですね…ほら！50数万円しかないって意味でしてね…。
しのぶ ?!
吉良 ちょっぴりでしょう…？52万円じゃあ…。先月と今月…それにさらに２か月分の前払いしかできないな…これでいいかね？
しのぶ !!
大家 そっ…そりゃあもう！はい！ありがとうございます！こ…これ領収書です。どうもありがとうございました！へへへ、これからもよろしく、川尻さん。
しのぶ あ、あんた…。今のおカネ…大家から盗ったのね！どうやって盗ったのかわからないけど…『大家』のカバンから盗んだのね?!
吉良 …。
しのぶ 普通ならこういう場合…おびえ、こんなゲス男と軽べつするだろう…。でも…わたしは…夫のこの行動を…！この『盗み』を…!!十数年いっしょに生活して初めてこの人を、『なんてロマンチックなの』…――と思った…。

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しのぶ あの…えと…なに…してらっしゃるの？そーよね、見ればわかるわよね。『本』読んでらしたの…。あ…いえ…、その、お茶入れたから。めずらしいこともあるもんだって思ってるかもしれないけど…あたしもお茶飲みたかったから、よ…よかったら、ここ置くわね…。あらこんな時間だわ…そろそろ寝ようかしら。
吉良 …。
しのぶ （着換えだす）
吉良 この女に『心』を打ち明けろ。自分の『本性』を見せてやれ吉良吉影。おまえの首を絞めさせてくれと打ち明けるんだ。（忍び寄る）
しのぶ はっ。きゃああああああ。あ…あなた?!
吉良 し…しまった…打ち明けるのはまずい…やつらにバレてしまう…。『気持ちをおさえろ』…おさえるんだ…。驚かして…すまない。
しのぶ 背中のボタンをはずそうとしてくれたのね？『驚かしてすまない』ですって…？とんでもないわ！最近のあなたの行動すごくドキドキするわ…そしてすごくワクワクするわ！あたし…あなたのことが…好きになってるわ…。