１０月１日（木）
立川シネマシティ
「ＴＥＮＥＴ テネット」（クリストファー・ノーラン）
クリストファー・ノーランは、相当にＳＦ頭のある人だ。時間の概念を逆行させるタイム・パラドックスを、複雑だが完璧に矛盾なくクリアしてみせた。「２度観る必要あり」との声もあり、ＳＦ頭の無い人には苦しいかもしれないが、ネタバレもあるので、ここではこれ以上は触れない。何はともあれ、相変わらずのヴィジュアルの奔放さに圧倒される。「映画は眼で魅せる！」（よかった。ベストテン級）
ｋｉｎｏ ｃｉｎｅｍａ 立川高島屋Ｓ.Ｃ.館
「ミッドナイトスワン」（内田英治）
「女性として生きる健二と、親から虐待されてきた少女。孤独な二人が寄り添う、世界で一番美しいラブストーリー。」、この映画のチラシの売りであり、このとおりだったら、平凡なお涙頂戴のヤナ映画だと思ったが、やはり映画は自分の眼で確認しなければいけない。ゲイの草��剛が、ＤＶで実母と別居を要請された少女を引き取ったのは、養育費目当ての打算がミエミエだ。少女を演じた新人・服部樹咲、これが絶品。バレエへの思い入れと、母のＤＶの後遺症が深いとはいえ、不貞腐れた態度と自己中の佇まいは、蒼井優を幼くして生意気にした風貌で絶品だ。チラシのキャッチの美談と、全く無縁である。草��ことツヨポンは今年の男優賞候補だが、服部樹咲があってこそであろう。草��の母性の目覚めが、悲劇の引き金となる終盤も、切な過ぎる。（よかった。ベストテン級）
立川シネマシティ
「ソワレ」（外山文治）
俳優で食えず詐欺の片棒をかついでいる男と、実父の性的ＤＶに耐え切れず殺害した女が、ひょんないきさつで逃避行に至る。二人に愛が芽生え駆け落ちの様相に…なんて平凡に堕ちないのは良い。女はトラウマから抜けられないし、男はまきこまれた迷惑感も無きにしもあらずだ。でも、この出口ない逃避行のド暗さに（人間描写にコクはあるが）、私はどうしても乗れなかった。（あまりよくなかった）
１０月７日（水） ｋｉｎｏ ｃｉｎｅｍａ 立川高島屋Ｓ.Ｃ.館
「ある画家の数奇な運命」（フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク）
戦時から戦後ドイツの激動の時代を、少年時代から中年期まで生きた画家の、文字通り「数奇」の運命の半生記。３時間９分の壮大な大河ドラマだ。ナチズムとスターリニズムは、意外とスムーズに移行してしまうあたりの描写は、ドナースマルクの前作「善き人のためのソナタ」と共通して鋭い。ただ、ソ連崩壊後の後出しジャンケンの感もなきにしもあらず。二世代に渡る純血神話へのおぞましさも、やや因果話に過ぎる気がしないでもない。しかし、ドイツ戦中戦後史をここまで深く見つめ直す真摯さには圧倒される。日本もこの種の映画は無いでも無いが、左翼小児病（これ、差別用語かな？）的自虐史観に毒されたものが多すぎ、最近は戦中戦後史に迫る映画作家も乏しくなっている。もっと頑張っていただきたいと願う。芸樹とは個に徹することで真実に到達するとの終盤は、屁理屈で訳の判らないものを前衛とうそぶく現代芸術への鋭い批判であった。（と偉そうに言うほどに、私は確たる芸術論を有していませんが…スミマセン）（よかった。ベストテン級）
「エマ、愛の罠」（パブロ・ラライン）
男も女も寝物語でタラしこみ支配していくスゴい女。こういうラテン系の肉食系には、お茶漬けサラサラの淡白な私は、もうついていけないなあ。ただ、ボーイッシュなヒロインのマリアーナ・ディ・ジローラモを観る映画だと思えば、それはそれで素晴らしい。イイ女を愛でるというのは、やはり映画の魅惑の原点の一つだと思う。もっとも、観てる分にはいいけど、側にいたらかなり迷惑だろうなあ。（まあまあ）
１０月１４日（水）
立川シネマシティ
「８２年生まれ、キム・ジヨン」（キム・ドヨン）
私の娘が１９８１年生まれ、同年代の韓国女性がどんな生活をしているかの興味もあって、観ることにした。ただ、ヒロインが描かれるのは３０前後の若夫婦時代だから、時代としてはひと昔前の２０１０年頃か。それにしては、結婚したら嫁ぎ先の嫁としてふるまえとか、夫は仕事人間で生きねば将来は望めないとか、女性の社会進出制度はそれなりにあっても全く活かされていないとか、いつの時代の話？と言いたくなる。日本の感覚では１９７０年代としか思えない。もっとも、東京オリンピックの６４年に対してソウルオリンピックは８８年と、２４年のズレがあるから、朝鮮戦争の疲弊もあり、韓国と日本の経済・社会情勢のズレは、このあたりが必然かもしれない。そういうことを気にしなければ、夫の仕事と家庭の両立の悩み、妻の社会進出との相克、育児うつなど、７０年代にこの映画に近い夫婦生活を過ごした私に、共振する部分は少なくなかった。（まあまあ）
ｋｉｎｏ ｃｉｎｅｍａ 立川高島屋Ｓ.Ｃ.館
「異端の鳥」（ヴァーツラフ・マルホウル）
ホロコーストから逃れるために叔母の下に疎開した少年が、叔母の急死から親元に帰るための放浪の旅を余儀なくされる。静かな自然描写が美しいモノクロ画面。それに対比的な人間の愚かさと醜さ。閉鎖的村社会の残忍さ、軍支配の暴虐、戦時下の乱れ切った性。フェレット・鳥・馬・猫などの動物への息をのむ虐待の点描（時節柄、本当に傷つけていないとは思うが…）。目を覆いたくなるシーがン連続する。その静と動のダイナミックな変化が、約３時間の長尺を飽きさせない。少年の受難の地獄巡りという構成は、宗教的寓意があるような気もするが、そこはよく判らない。秀れた映画とは、映像インパクトとそれへの意味付けがもたらす知的興奮が相まって誕生すると思うが、残念ながら私の知的レベルでは、後者の方はイマイチであった。（よかった）
立川シネマシティ
「浅田家！」（中野量太）
なりたい自分は写真家だけれど、生活力なく頼りない主人公の二宮和也。看護師としてなりたい自分になれた母の風吹ジュン（もう一つと聞かれたら極妻だというユニークな一面あり）。消防士になりたかったけれど果たせず妻のために専業主夫となった父の平田満。このそれぞれちょっと風変わりな面々の中で、唯一の平凡社会人の主人公の兄がブッキーこと妻夫木聡。このアンサンブルが絶妙に楽しい。ブッキーの存在感が、全体の重しとなった。後半は、東日本大震災の実話、写真洗浄ボランティアのハウトゥー物の面白さとなり、泣きの名手の中野量太が本領を発揮する。どちらも良いのだが、二つの繋ぎにややチグハグな強引さも感じた。（よかった）
１０月１５日（木）
シネマ・チュプキ・タバタ
「カランコエの花」（中川駿）
珠玉の小品とは、こういう映画を言うのだろう。高校の保健室の先生が、純然たる善意で、自習時間を利用してＬＢＧＴの講義をしたが、それが生徒全体の疑心暗鬼、他の教師の忖度なども巻き込んで、生徒を深く傷つけていく方向に転がりこんでいく。高校生の活き活きとした描写は、手法は全く異なるが、羽仁進の「教室の子供たち」同様のナチュラルな瑞々しさに溢れていた。３８分の短編であるが「小」さくはない。日本人の社会と人間関係の深味に到達している。（よかった）
ラピュタ阿佐ヶ谷 昭和アイドル映画の時代
「学園祭の夜 甘い経験」（堀川弘通）
公開当時にちょっと気になったが、あまりに悪評巷に溢れたのでパスした映画というのがある。堀川弘通作品「学園祭の夜 甘い経験」がそんな１本だった。
昭和４５年公開、この時代の若者は熱かった。かくいう私も若者の一人だった。そんな時代に東宝映画はその熱気と遠かった。キャッチフレーズは「明るく楽しいみんなの東宝」。そんな東宝の青春映画は、私の周囲の若者には酷評の渦だった。「東宝の青春映画？だって『学園祭の夜 甘い経験』だよ。勘弁してよ（嘲笑，冷笑，哄笑，爆笑，失笑ｅｔｃ）。さすがに私は観る気を失った。
でも、映画だけは自分の眼で確かめなければ始まらない。年金生活者になり、２４時間映画三昧が許される今となっては、そんな風な気になる映画の落穂拾いにも足を延ばすようになった。そして「学園祭の夜 甘い経験」にも足を運んだ。
正直言って、世評通りでこれは酷かった。優等生と不良の狭間で揺れる女子高生の話だけど、このステレオタイプ・アナクロぶりはどうだ。女子高生の妊娠というセンセーショナルな題材を扱いながら、エンディングのぬるさも呆然とするばかり。
そこに、とってつけたように、全共斗のデモとか、ベトナム帰りの米兵を交えたマリファナパーティーとか、上っ面の風俗点描をさしはさむ。嘲笑，冷笑，哄笑，爆笑，失笑ｅｔｃもむべなるかなだ。
昭和４５年、不良性感度の東映は「ずべ公番長 夢は夜ひらく」、日活は「女子学園 悪い遊び」、大映は「遊び」、女性映画の松竹でも森崎東がコミック原作なれど「高校さすらい派」で過激ぶりを見せた。こんな中で「学園祭の夜 甘い経験」じゃねえ。
世評が悪く最近までパスしていた映画に「隠密剣士」２部作があった。宣弘社で「月光仮面」に続いての「隠密剣士」で、ＴＶ界の鬼才と謳われた船床定男の映画監督デビュー作だったが、「こんなスカスカの画面しか創れないのか」と、周囲を唖然とさせたのが当時の世評だった。
しかし、私が最近に観た感想では、傑作とか秀作とまでは言わないけれど、いろいろ収穫ある映画であったが、この件はかなり以前の日記に記したので、ここでは繰り返さない。言えることは、やはり映画は自分の眼で確かめねばならないということだ。
残念ながら、私の観る限り「学園祭の夜 甘い経験」に、そんな収穫の片鱗もなかった。強いて言えば、名匠・堀川弘通のフィルモグラフィーに、こんな珍作・怪作が存在していたことを確認できたことぐらいか。
ここまでで、私の今年のスクリーン初鑑賞作品は１３９本。
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