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2020年08月24日23:13

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まさか、泣くことになろうとは・・・沼尻竜典×京都市交響楽団 マーラー 交響曲第4番

第3楽章、天国への扉が開いた時、込み上げる嗚咽を抑えることの出来ない自分と、それを不思議がる自分がそこにいました。

大津 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール大ホール
沼尻竜典×京都市交響楽団 マーラー 交響曲第4番
沼尻竜典指揮 京都市交響楽団
(コンサートマスター 日比浩一)
メゾソプラノ:福原寿美枝
ベートーヴェン/マーラー編:弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調「セリオーソ」(弦楽合奏版)
マーラー:交響曲 第4番 ト長調 「大いなる喜びへの讃歌」

セリオーソは添え物。まさかの、予想もしなかった4番の名演、こんなところで巡り合えるとは。

ぐすたふくんにとって、実はこの4番は鬼門で、これまで実演でピンとくる演奏に出会ったことがない。唯一、たまたま遭遇したツァグロゼグ・N響の演奏に目を見開かされた、という経験を挙げられるくらいで、いつも、焦点を結ばない演奏にはぐらかされ続けてきた。それ故に僕にとっては、難しさばかりが先に立つ曲であり続けてきたんです。

この曲は、マーラーが9番をして「4番のそばに置かれるべき」と言ったという謎かけがあって、しかも3楽章最後に9番の最後と同じ「死に絶えるように」という書き込みがあると言う事実から、おそらくマーラー にとってはじつに特別な曲であった、と思われる。ところが、その一方で、とてもそんなふうに思えないガチャガチャした取り留めのなさに満ちているものだから、よっぽど強固な意思を持った指揮者が、確固たるイメージを持って振り抜かないと、訳がわからない散漫なものになってしまうよう・・ぐすたふくんはそう思うんです。

だから、沼尻さんがここまで徹頭徹尾まとめあげた「幼き日々の記憶と、母の匂い・・そしてレクイエム」とでも題すべき「音楽私小説」に、僕は震えるほど感動したと正直に告白しておきましょう。

3楽章は理不尽なこの世界で、徹底的に不幸でしかなかった最愛の母への溢れんばかりの思慕。その母が死に際したとき、突然雷のような価値の転倒が起こり、母は聖母となって天に昇る。そこでは、この世の悲劇は全て喜劇に転倒する・・この交響曲は、実は3楽章で終わっていて、4楽章はそれこそ「違う曲」なんだ・・今日ほどこのことを強烈に感じたことはなかったし、やっとこの曲が「わかった」ような気がします。

この日舞台左袖客席に降臨した女声は、8番の栄光の聖母に通じる存在、と感じたときの震えを、僕は一生忘れないでしょう。

それもこれも、丁寧に丁寧に表情づけした豊潤な旋律線と、それに気が触れたように突き刺さる対旋律を、臆面もなく演じきった京響の秀逸な演奏あってこその賜物。いい演奏をありがとうございました。

帰り際、挨拶に立たれていた山中館長に、「絶対来年も続けてくださいね!」と声をかけさせていただきましたが、偽らざる気持ちであります。お願いいたします!


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