宮沢賢治　夜水引キ

※未定稿につき読みやすく整理してあります。




喜劇　夜水引キ


第一景

雨ノ音30%にて幕アク。
両者対峙、にらみ合ふ。
上より通行人二人来る、「まだ水引ぎするるますか」。

勘右エ門　仕方なぃますたぁい〔かう雨降てで水引ぎでもなぃがべ　どひそのままにして引ぎ上げべぢゃ　なあにそれ　杉どひの人達あ動がなぃだもな〕
通行人　山の方あうんと降ったづます　どっこのどひもどんどん入ってら
勘右エ門　ながながこごまでぁ来なぃもな
通行人　なあに　雨あまだまだ降るますたぃ　おらはまづ引ぎ上げだ

沈黙

勘右エ門　ぢゃかう雨降てで水引ぎも笑へら　どいこのままにして引ぎ上げべぢゃい

答へない

勘右エ門　なあに両方で引ぎ上げればこの雨の中これがら誰も来てどいちょす人もなぃだ　引ぎ上げべぢゃ
喜田五蔵　ぜ、徳兵衛さん　なぢょだす　引ぎ上げべだぃなぃか
徳兵衛　何したど　おらの田　ききん達のお影で十日や二十日の雨位で水かがらなぐなてしまたな。けづがらぼうなどばがりけづがらなぃが
勘右エ門　うんにゃ　水せぎがらばがり来る訳だなぃだ　上がら降るだ　あした一日ですっかり稲あ戻るでぁ
徳兵衛　そう思たら汝どがらさぎにけづからなぃが、
五蔵　うんにゃ　いどぎに引ぎ上げべづ話よ。
徳兵衛　糞でもくらぇで、その位だら何してはじめがらあだり前に水分げなぃがたらや
慶吉　何したど、そだら全体うなだ誰さ断ってあすごさ田起したりや、
徳兵衛　誰さ断てど、田起すに誰さが断らなぃやぃてが、開墾法のどごにそたなごと書いでありや
慶吉　開墾法

雨烈しくなる

勘右エ門　まぁんついいでば、そたなこどなんぼいまごろ云たてなぢょにもならなぃな　さう云ってるうぢに水もだんだに来らな

(雨の音)
開墾方にて何か相談する
それをきっかけに上館方でも何か相談する
後藤小助うなづいて下手に去る

通行人二人　ご苦労さんでごぁんす
勘右エ門　大曲りの分げ口にまだ居だますか
一　水利組合の人ばがり両方がら五人づつ残ったます　なぁにあそごの水車さ入ってねでらますたぃ
勘右エ門　水半々に分げだのか
一　半々だてはそてらんとも　どうもかう水来るづど向ふの方さ行ぐやうだげな。全体ふだんがら吸ひ込む樋だもな。そでぁまぁんつご折角。(去る)
勘右エ門　さあそいでぁまづおらがら引ぎ上げるべがな　ぜ、おらはまづ行ぐますたぃ。十日ぶりでゆっくり床さ寝るますたぃ。

立つ。

慶吉　うなどもいいこらぃにせでぁ、

(勘右エ門目配せする　去る)
開墾方しばらく相談する　立つ　これも上手に去る
舞台しばらく空虚
蛍
通行人　一、
上館方出てくる。
七郎面白がって笑ふ
退助すばやくどいをふさぐ　笑ふ　勘右エ門制す
みんな座る。睡りそうになる　寂しさう
耕太郎徳兵エ出て来る　興奮

この夜郎ど、何すたでぁ、全体、誰さ断っておらの方のどいふさいだ、叩ぎづげるぢゃ　また

一同ぎくっとする

相談わがれで行ぐふりすて、誰ぁれあそったな手に乗るだ
この野郎だ、盗ぼよりひでな　詐欺よりひでな
何したど　そたなごと云ふんだらうなどの方はじめがら泥棒だな
何したど

渡り合ふ
勘右門しきりにとめる
雨烈しくなる
またもとの通りにわかれる