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2020年02月26日17:42

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庵原川の仲裁

此岸に次郎長の叔父、駿州和田島の太左衛門と江尻の大熊の一党、彼岸にそれに倍する甲州津向(つむぎ)の文吉の一党。

太左衛門 「待て」
大熊 「おいみんな待て」
太左衛門 「まだ手を出しちゃならねえぞ」
文吉 (彼岸で)「合図をするまで手出しはならねえぞ」
子分 「へい」

次郎長たち追いつく。

大政 「親分。遅れたか、困った中へ割って入んのは命がけですぜ。どうする」
次郎長 「よかろう。よし行こう!――叔父貴ー!」
太左衛門 「おう次郎長」
次郎長 「兄貴。叔父貴。待ってくれ」
太左衛門 「どうしたんだ」
次郎長 「みんなも待ってくれ。叔父貴、この喧嘩しばらく待ってくれ」
大熊 「おめえ助っ人に来たんじゃねえのか」
次郎長 「いやあ、しでえによっちゃ助っ人もする。だがな、俺は理にかなわねえことはできねえんだ。叔父貴、わけを聞かしてくれ」
太左衛門 「おうそう言われると俺たちも、本当のところ、今度の喧嘩は腑に落ちねえんだよ」
次郎長 「そんな馬鹿な」
太左衛門 「いや実はな、三馬政という男のことで、津向がたいそう腹を立ててると聞いたんだ。だがそれあ津向の思い違いで、三馬政ってのァそんなに悪い男じゃねえらしい」
次郎長 「三馬政ってのは何だね」
太左衛門 「おうそこに助っ人に来ている」
次郎長 (寄って)「おめえが三馬政か」
男 「へい」
次郎長 「ほーお。――叔父貴。あれァどこの旅にんだ」
太左衛門 「俺んちへわらじを脱いでる甲州の旅にんだ」
次郎長 「甲州?…甲州と言やあ、津向を知ってるんだな」
太左衛門 「ああ知ってるとも。その津向が俺のことをえらく悪く言ってるそうだが、その津向が引き渡せと言ってきたって。わけも分からずに旅にんを渡すわけにはいかねえ。まァ売られた喧嘩だ、買わずばなるめえ」
次郎長 「分かった。だがな叔父貴。津向ほどのお人だ、きっと何かわけがあるに違えねえ(と三馬政を睨む)」
男 (ひるむ)
次郎長 「おいみんな」
子分ら 「へい」
次郎長 「いけそうだぜ」
大政 「へい」
次郎長 「叔父貴。この喧嘩、俺に扱わしちゃあくれねえか。頼む」
太左衛門 「なにを?」
大熊 「次郎長、血迷ったのか。しくじったら命がねえぞ」
次郎長 「分かってらい。俺たち一家は命がけで飛び込んできたんだ、なあみんな」
子分ら 「へい!」
次郎長 「叔父貴、どうだろう」
太左衛門 「…よおし、預けた」
次郎長 「へい」
太左衛門 「みごと扱ってこい」
次郎長 「ありがてえ。さあみんな、行こうぜ!」
子分ら 「応!」

ばしゃばしゃ川を渡る。

子分 「何だてめえたちは」
次郎長 「へい。和田島の太左衛門とは叔父甥の清水の次郎長でござんす。お願いごんにござんす。津向の貸元にお取り次ぎ願いやす」
文吉 「よおし、その野郎たちこっちィ連れて来い」
次郎長 「ありがとうござんす。お初にお目にかかりやす。てまえ清水の長五郎こと次郎長と申し、渡世昨今駆け出しもんにござんす」
文吉 (床几に腰おろし)「何の用でえ」
次郎長 「へえ。今夜の出入りの起こりをうかがいたく存じてめえりやした」
文吉 「馬鹿野郎。喧嘩のしでえは太左衛門が知ってら向こうに聞け!」
次郎長 「三馬政とかいう旅にんのことだそうで」
文吉 「そうだ。三馬政ァな、いぜん俺んところへわらじを脱いでた男だ。それが太左衛門んところへわらじを脱いだ。三馬政がな、太左衛門があんまり俺のことを悪しざまに言うんで太左衛門のところにいたたまれなくなって俺んところへけえろうとしたんだ。そうと知った太左衛門は三馬政を人質にしてどうしても俺んとこへけえさねえ。腕づくでもけえさねえってんでえ!」
次郎長 「津向の貸元」
文吉 「なんでえ」
次郎長 「失礼さんにござんすが、おめえさんなんか勘違いしていなさるよ」
文吉 「なんだと?」
次郎長 「勘違いでなきゃあ、いってえそんな話どこで聞きなすった」
文吉 「三馬政が手紙で知らしてきたのよ」
次郎長 「冗談じゃねえ。三馬政ァ、津向の貸元に恨みがあると言って、向こうの助っ人で押し出してきていますぜ」
文吉 (立ち上がり)「な、なんだと?」
次郎長 (寄って)「貸元。あっしが思うに三馬政って野郎は、あちこちの親分衆に仲違いをさせ、勝った方へついて回りてめえを売り出そうっていうケチな野郎だ。そんな安物の筋書きに乗っちゃいけませんぜ」
文吉 「なぁにぃ?」
次郎長 「三馬政の野郎をここへ連れてめえりやす。しばらくお待ちなすって」
文吉 「よおし分かった」
次郎長 「おいみんな!行こう!」
子分ら 「応!」
文吉 「おおい待て」
次郎長 「へい」
文吉 「次郎長とかいったな。この喧嘩ァおめえに預けた」
次郎長 「ありがとうござんす」

ばしゃばしゃ川を渡る。

次郎長 「叔父貴!おさめてきたぜ」
太左衛門 「おうそうかいそれァありがてえ。どうしたそいで」
次郎長 「任せてくれ。行け」

子分ら三馬政を取り込める。担ぎ上げる。

子分ら 「ホラわーっしょい、わーっしょい、わーっしょい、連れてけ、わーっしょい、わーっしょい、わーっしょい――」

ばしゃばしゃ川を渡る。

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