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2019年09月09日00:35

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煉獄

PURGATORY
煉獄

W・B・イエーツ作 松田誠思訳

PERSONS IN THE PLAY
登場人物

A Boy
少年
An Old Man
老人

Scene.--A ruined house and a bare tree in the background.
場面――背景に廃屋と立ち枯れの木が一本。

Boy. Half-door, hall door,
少年 小さな半仕切りの扉や大きな邸の門口を、
Hither and thither day and night,
明けても暮れても、風の吹くまま足まかせの旅家業。
Hill or hollow, shouldering this pack,
丘を登り、谷間を抜け、こんな荷物をかついで、
Hearing you talk.
あんたの話を聞きながら。
OldMan. Study that house.
老人 ようく見ろ、あの家を。
I think about its jokes and stories;
あそこでは、いろいろとおもしろおかしい話があったものさ。
I try to remember what the butler
十月の中頃、酔っ払った狩場の番人に
Said to a drunken gamekeeper
使用人頭が何とか言ってたんだがな、
In mid-October, but I cannnot.
それを思い出そうとしても、思い出せない。
If I cannot, none Living can.
わしにできなきゃあ、できる者なんぞいやしないよ。
Where are the jokes and stories of a house,
おもしろおかしい話も、今はどこへやら、
Its threshould gone to patch a pig-sty?
家の敷居は豚小屋の修繕にでも持って行かれたのかな。
Boy. SO you have come this path before?
少年 するとこの道は前にも来たことがあるのかい。
Old Man. The moonlight falls upon the path,
老人 月の光が道を照らしていて、
The shadow of a cloud upon the house,
家の上には雲の影が落ちている。
And that's symbolical; study that tree,
これにはな、深い意味があるんだ。あの木をようく見ろ。
What it is like?
何に見える?
Boy. A silly old man.
少年 馬鹿なじいさんってとこよ。
Old Man. It's like--no matter what it's like.
老人 あのさまはだな――ま、どうだっていいや。
I saw it a year ago stripped bare as now,
一年前に見た時もあれと同じで、枯れっ葉一枚なかった。
So I chose a better trade.
どうやら、わしとしてはまずまずの商売を選んだものさ。
I saw it fifty years ago
五十年前に見た時は、
before the thunderbolt had riven it,
あれが雷にやられる前のことで
Green leaves, ripe leaves, leaves thick as butter,
ふっくらとした葉っぱが青々と茂っていて、バターのように
Fat, greasy life. Stand there and look,
こってりと脂ぎった命がみなぎってたぜ。あそこに立って見な、
Because there is somebody in that house.
誰かいるぞ、家の中に。

[The boy puts down pack and stands in the doorway.
少年は荷物を降ろして戸口に立つ。

Boy. There's nobody here.
少年 誰もいやしないよ。
Old Man. There's somebody there.
老人 いるともさ。
Boy. The floor is gone, the windows gone,
少年 床板はないし、窓もなくなってる。
And where there should be roof there's sky,
屋根があるはずの所に、ぽっかり空がのぞいてらあ。
And here's a bit of an egg-shell thrown
ここに卵の殻が一かけら、
Out of a jackdaw's nest.
小鳥の巣からころげ落ちたんだな。
Old Man. But there are some
老人 しかしいるんだよ。
That do not care what's gone, what's left:
何が消えようが残ろうがいっさいおかまいなしって者がな。
The souls in Purgatory that come back
煉獄の魂という奴で、この世に帰って来ては、
To habitations and familiar spots.
元の住まいやなじみの深い場所に現れるのさ。
Boy. Your wits are out again.
少年 また頭がどうかしてきたぜ、あんた。
Old Man. Re-live
老人 それは繰り返すんだ、
Their transgressions, and that not once
おのれの犯した過ちを、一度といわず何度でも。
But many times; they know at last
そうしたあげくにその魂は思い知るんだ、
The concequence of those transgressions
他人への過ちにしろおのれへの過ちにしろ、
Whether upon others or upon themselves;
過ちが引き起こした因果のもつれというものをな。
Upon others, other may bring help,
他人に係わることなら、相手がなんとかしてくれる場合もある。
For when the consequence is at an end
その過ちの因果のもつれが解けてしまえば、
The dream must end; if upon themselves,
夢の苦しみはそれで終わるはずだからな。おのれに係わることだと、
There is no help but in themselves
救われるためには自力に頼るか
And in the mercy of God.
神様のご慈悲にすがるしかないのだ。
少年 もうたくさんだ!
どうしてもしゃべりてえなら、小鴉にでもしゃべれよ。
老人 黙れ! そこの石に坐っておれ。
あれはな、わしの生まれた家よ。
少年 焼けちまったって言う、あの古いお邸なのかい。
老人 おっ母さんのな、お前のばあさまに当たる人の持ち家だよ。
ここらは見渡す限りすべての土地が、
犬小屋に厩に、馬に猟犬、全部おっ母さんのものだったのさ――
カラーの馬場には持ち馬がいてな、そこでおやじに出会ったんだ。
おやじはそこの厩舎の場丁、
これに一目惚れして夫婦になったってわけさ。
それからというもの、おふくろさんは二度と娘に口をきかなかったが、
親とすりゃあ当たり前の話よ。
少年 当たり前もくそもあるもんか。
じいさまは女と銭を手に入れたんだもんな。
老人 一目惚れして夫婦になったはいいが、
おやじの奴、おっ母さんの財産を食いつぶしてしまいおった。
おっ母さんは、わしを生むとそのまま死んだから、
どん底のうきめは見ずに済んだよ。
しかし死んだ今では、何もかも知っているはず。
この家は、えらい人が大勢生き死にした所でな。
行政長官や陸軍大佐や国会議員、
海軍大佐もいたし総督もいた。その昔、
オーグリムやボイン川の戦に出た者もいた。
政府の仕事でロンドンやインドまで行って、
帰って来てから死んだ者とか、
毎年春になると、ここの庭園のさんざしの花を見に
ロンドンから来る者だっていたんだぜ。
みんなこのあたりの木が大好きだった。それをおやじの奴、
切り倒してしまったんだ。カードで負けたり、
馬やら酒やら女やらにつぎ込んだ金の穴埋めによ。
みんなこの家が大好きだったし、
家の中の迷路のような廊下が大好きだったのに、
おやじめ、何もかもぶっつぶしてしまいやがった。
えらい人間が生まれ育って結婚し、死んでいった家をつぶすなんて、
いいか、これほど大きな罪はないんだぞ。
少年 へえ、でもおっ父は運がよかったぜ! 立派な服を着て、
すばらしい馬にも乗ったろうし。
老人 おやじはな、わしを自分並みの人間に抑えておくつもりで、
学校なんぞに上げちゃあくれなかったよ。しかしわしだって
おっ母さんの血を引くからには、多少は目を掛けてくれる者もいたさ。
猟場の番人の女房は字の読み方を教えてくれたし、
カトリックの坊さんがラテン語を教えてくれたよ。
家には古い本がいっぱいある。
十八世紀のフランス装丁の立派な本だってあるし、
本なら古いのも新しいのも山ほどあったからな。
少年 あんた、おれにはどんな教育をしてくれたい?
老人 してやったともさ。行商人がジプシーの娘っ子に
溝の中で孕ました
畜生にふさわしい教育をな。
わしが十六になった時だったが、
おやじの奴、酔っ払って家を焼いちまいやがったんだ。
少年 するとおれと同い年の時か。今度の夏祭がきたら
ちょうど十六だもんな。
老人 何もかも焼けっちまったよ。
本も書斎も全部灰になっちまったんだ。
少年 道で人の噂に聞いたんだが、本当なのかい、
燃えてる家の中で、あんたがじいさまを殺したってのは。
老人 わしらのほかに、誰もそのへんにはおるまいな。
少年 いねえよ、おっ父。
老人 わしがやった、ナイフで。
今飯の時に使ってるあのナイフでな。
やったあと、おやじを火の中に放っておいた。
人がその身体を引きずり出した時
ナイフの傷跡らしいものがあったようだが、
全身真っ黒こげで証拠は挙がらなかったよ。
そのうちに、おやじの飲み仲間で
わしを裁判にかけるといきまく奴が出てきてな
わしがおやじと喧嘩しただの、脅しただのと言い出しやがった。
猟場の番人が古着をくれたんで、
わしは逃げ出したのさ。あっちこっちで働いて食いつないだが、
結局、行商人におさまったってわけさ。
結構な商売とは言えんが、まずは分相応ってとこよ。
なにしろおやじの血を引くわしだからな。それに、
今までだってこれからだって、何をしでかすか知れねえもんな。
蹄の音だ! おい、聞こえるか!
少年 何にも聞こえねえよ。
老人 音だ! 蹄の音だ!
今夜は、おっ母さんがお床入りした
ちょうどあの日に当たる。
おっ母さんの腹にわしが宿ったあの夜に当たるんだ。
おやじがウィスキーの瓶を抱えて、
飲み屋から馬で帰って来るところだ。

窓に灯がともり、若い女の影が映る。

窓を見ろ。あそこで、おっ母さんが
聞き耳を立てているぜ。召使いはみな寝てしまって、
今は一人なんだ。おやじの奴、遅くまで
飲み屋でくだを巻いていたんだ。
少年 壁にぽっかり穴があいてるだけじゃあねえか。
あんたのでっち上げさ。いや、気が狂ったんだ!
日増しにひどくなってきだぜ。
老人 蹄の音が大きくなった。
砂利道を駆けて来るんだな、
今は草ぼうぼうのあの道だ。蹄の音がやんだ。
家の向こう側へ回ったな。
厩に行って馬を入れたんだ。
おっ母さんが戸を開けに降りて行ったぞ。
今夜は亭主並みの浅ましさで、
相手が生酔いだろうとかまっちゃいない。
のぼせ上がってるんだ。二人で階段を登って行く。
亭主を自分の部屋に連れ込む。
今はあそこが結婚の部屋だ。
窓がまたぼんやり明るくなったぞ。

そいつにさわらせちゃあいかん!
酔っ払いにゃ子供が作れないなんて、嘘だよ。
そいつがさわったらきっと子供ができる。
おっ母さんは父親殺しの子を生むはめになるんだよ。
聞こえん! 二人とも知らん顔だ! 小枝や石ころを投げたって、
やっこさんらにゃ聞こえねえだろうて。
してみると、わしの頭が狂っちまったってことか。
だがわからんことが一つある。おっ母さんは
悔恨に駆られて苦しみながら、
何もかもそっくりそのまま生き直さねばならんのだが、
そういう肉の交わりを繰り返して、
ちっとも喜びが味えないのだろうか。それとも逆に、
喜びと悔恨が二つともそこにあるとしたら、
いったいどっちの方が大きいのだろうか。
わしは学がない。
テルトゥリアヌスの本を取って来てくれ。あの先生と二人掛かりで
この難問を解いてみせるぞ。
あっちの二人がふとんの上で絡み合って、
わしを腹に宿している間にな。
戻れ! 戻るんだ!
するとてめえ、巾着をつかんで
逃げ出す気だったな。
しゃべってりゃあ、わしに見えねえとでも思ってるのか!
さっきから荷物の中を探っていやがったよ。

窓の灯がしだいに暗くなり消える。

少年 おれの分け前を、一度だってちゃんとくれねえからよ。
老人 銭をくれてやったら、てめえみたいな若僧は
すっかり飲んじまったろうよ。
少年 飲んじまったからって何が悪い。貰うものはちゃんと貰って、
何に使おうがおれの勝手よ。
老人 つべこべ言わずにその巾着をよこせ。
少年 ごめんだぜ。
老人 指をへし折ってやる。

二人は巾着の取り合いをする。もみ合っているうちに巾着が落ち、金が散らばる。老人はよろけながらも倒れない。二人は立ったままにらみ合う。窓に灯がともり、ウィスキーをグラスについでいる男の影が見える。

少年 殺してやってもいいんだぜ。じいさんを殺せたのは、
おめえさんが若くて、相手が老いぼれだったからよ。
今度はこっちが若くて、そっちが老いぼれさ。
老人 (窓を見詰めて)もっと男前だったのか、それがあの十六年で――
少年 何をぶつぶつ言ってんだい。
老人 若かったんだなあ――それにしても、
おっ母さんは悟るべきだったんだ、おやじが自分とは毛並みの違う奴だってことを。
少年 何だい。はっきり言いなよ!

老人は窓を指さす。

ひゃあ! 窓に灯が!
誰か立ってる。
床板は焼けちまってるのに。
老人 窓に灯がついてるのはな、おやじが
ウィスキーのグラスを取りに来たからよ。
疲れた獣みたいに、あそこにもたれている。
少年 死んだ者が生きてる、殺された男が!
老人 「やがて結婚の眠り、アダムを襲えり」。
これはどこで読んだ文句だったっけ。
けれども、
窓辺にもたれている者なんぞいやしないんだ。
あれはおっ母さんの心に焼き付いたものの形にすぎないんだ。
おっ母さんは、死んでたった一人で悔恨を味わっていなさる。
少年 おれが生まれる前に一束の骨になってたものが、
元の身体に戻った。こわい! こわいよ!

少年は目をおおう。

老人 あん畜生めがただの影法師なら、何もわかりはすめえ。
窓の下でわしが人殺しをしようが、
首一つ動かしはすめえ。

少年を刺す。

おやじと息子を同じナイフで!
かたづけるんだ――えい――えい――えい――

二度、三度と刺す。窓が暗くなる。

「おやすみ、ぼうや、父さんは騎士、
母さんは貴婦人、美しく光あふれて。」
待てよ、これは本で読んだ文句か。
歌うならおっ母さんに聞いてもらわにゃあ。
でも歌が浮かんでこねえや。

舞台暗転。木だけが白々と輝いている。

ようく見ろ、あの木を。
あれはまるで浄められた魂のようだ。
冷たく、美しい、きらめく光そのものだ。
なつかしいおっ母さん、窓はまだ暗くなったけれど、
あなたは光り輝いていなさる。
あの過ちの因果の鎖は、わっしが断ち切りました。
息子を殺したのは、あれがおとなになったら
おなごをとりこにして子を孕ませ、
次の代への汚れを残すはめになるからですよ。
わっしは哀れな汚い老いぼれ、
だから生きていてもさしつかえねえですよ。この古いナイフを
そこらの芝生に突っ込んで、
元通りぴかぴかに磨きを掛けて、
あいつの落とした銭をかき集めたら、
どこか遠い所へ行って、新しい土地の者に混じって
おもしろおかしい昔話を聞かせてやりますさ。

ナイフの汚れを落とし、金を拾いかける。

蹄の音だ! ええい、
もう帰って来やがったか――蹄の音――音が!

おっ母さんの心は、あの夢を押しとどめられないのだ。
二度の人殺し、それが何の役にも立たなかった。
おっ母さんは、あの死んだ夜を蘇らせなければならないのだ。
一度といわず、何度も繰り返して!
おお、神様、
おっ母さんの魂を夢から解き放って下され。
人間の力ではもうどうしようもありません。鎮めて下され、
生きる者の惨めさと死んだ者の悔恨を。


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