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2019年04月20日02:22

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未定稿

0.

語り手 マトヴェイエフ・クルガン――。南ロシア、アントン・チェーホフの生地タガンログ郊外の川辺にひっそりとたたずむ田舎町です。マトヴェイとは大昔の盗賊の首領で、ロストフやタガンログに向かう商人たちを襲っていました。クルガンは盗賊たちの曳いていた荷車のこと。マトヴェイはのちに殺されて、ミウス川の土堤の根に埋められました。そこは牛ヶ原と呼ばれるちょっとした荒れ地で、今は町の中央病院が建てられています。アンドレイは二百年の歴史と十万人の人口と言っていますが(笑う)これは多分に大袈裟で、コサックの将軍(アタマン)アレクセイ・イワーノヴィッチ・イロヴァイスキーの指揮で建設されたのが一七八六年、人口はソヴィエトの盛んな時代でも一万三千人程度だったといいます。どうにも人物を輩出しないことについてはナチスとの大祖国戦争でミウス戦線を闘い、幾人かの軍人を世に出したことでからくも面目を保ったといえるでしょうか。鉄道は、三人姉妹の時代、すでにこの町に敷かれていました。旅団の移動は列車だったかも知れませんね。銅の名を持つミウス川は――ソリョーヌイの銃弾がはじけたあの川です――何事もなかったかのように、こんにちも滔々と流れています。
未定稿のイリーナ「私、タガンローグへ行って、まじめなお仕事をするわ。ここにいる間は銀行にお勤めします」
未定稿につき話者不明「だが妙じゃありませんか。これだけの町でありながら、一人の音楽家も、一人の雄弁家も、一人ずば抜けた人間もいないなんて」
ヴェルシーニン「ええ、忘れられるでしょうね。それがわれわれの運命で、仕方ありませんね。いま深刻で、重要で、ひどく重大だと思ってることも――時がたってみれば――忘れられてしまうか、たいしたこととも思われなくなるでしょうね」――


1.

アンドレイ (語り手に)ブローゾロフです。(顔の汗をぬぐう)砲兵隊長としていらっしゃったんですか。――そうですか。それはよかった、これから妹たちがまとわりつくでしょうよ。――(マーシャに)たのむから、ほっといてくれよ。――ああ、もうたくさん、たくさん…。(顔をふく)僕はゆうべちっとも眠れなかったので、ちょっと人心地がしないんだよ、いわゆる。四時まで本を読んで、それから寝床にはいったんだけど、さっぱりなんだ。あれやこれや考えてるうちに、ここじゃ夜のあけるのが早いものだから、日がずんずんさしこんでくる。夏のあいだ、ここにいるうちに、英語の本を一冊訳そうと思ってね。(ヴェルシーニンに)ええ。亡くなった父が詰めこみ主義でしたから。おかしな、馬鹿げたことですけれど、とにかく白状しなくちゃならない、父が亡くなってから僕は太りだして、一年間にこんなに太ってしまったんです。からだが羽をのばしたみたいにね。父のおかげで、僕たちきょうだいは、フランス語とドイツ語と英語を知ってるんです、イリーナはおまけにイタリア語まで。でも、そのための苦労といったら!

ナターリヤ (はいってくる。ピンクの服を着て、緑いろのベルトをしている)もうテーブルにつきかけてるわ…。遅れちゃった…。(ちらと鏡をのぞいて、身なりをなおす)髪はちゃんとしてるようだわ…。(イリーナを見て)あら、イリーナ・セルゲーエヴナ、おめでとうございます!(ひしと長い口づけ)たくさんのお客様で、わたし、ほんとに、恥ずかしいわ…。こんにちわ、男爵! ――(オーリガに)名の日、おめでとう。あんまりおおぜいなもので、わたしすっかりめんくらって…。――縁起が悪い? ――(泣き声になりながら)そうお? でもこれは緑いろじゃなくて、どちらかと言えばくすんだ色よ。(オーリガについて広間へ行く)

ナターリヤ (ヴェルシーニンに)気のおけないお宅よ。
アンドレイ (チェブトゥイキンに、むっとして)やめてください、みなさん! よくも飽きないもんだ。


2.

ステパン (出むかえながら)やあ、どなたかと思ったら! アンドレイ・セルゲーエヴィチ! ようこそおいでくださった!(握手する)いやまったく、思いがけない…。お元気ですか。
アンドレイ ありがとうございます。こちらもお変わりございませんか。
ステパン ええ、まあね、おかげさまってことで。お掛けください、どうぞ…。いやまったく、それにしても、お見かぎりですなあ。だがまた、どうしてそう改まって。モーニングに、手ぶくろってとこで。どこかへお出かけですかな。
アンドレイ いいえ、こちらさまへ伺ったのですよ。ステパン・ステパーヌイチ。
ステパン だったら何も、モーニングなんぞ。年始まわりみたいに!
アンドレイ じつはその。(腕をとる)お伺いしたのは、ステパン・ステパーヌイチ、ちょっとお願いがあって。おたくには一度ならずご厄介になってきましたし、そのつど、いわば…でもわたしは、失礼、ひどくあがって。水を一ぱい、ステパン・ステパーヌイチ。(飲む)
ステパン (傍白)金を借りに来たんだな! 貸すもんか!(相手に)では、ご用は?
アンドレイ じつはその、ウヴァジャイ(尊敬する)・ステパーヌイチ…失礼、ステパン・ウヴァジャーエムイチ…こりゃあ。ごらんのとおり、のぼせあがっちまって…。要するに、力になっていただけるのはあなただけで、とはいえ、もとより、わたしのほうは何のお役にも立たず…いまさらお縋りできるはずもないのですが…。
ステパン ええ、そんなまわりくどいことはよして! ずばりおっしゃってください! さあ。
アンドレイ いま…たった今。じつは、お嬢さんのナターリヤ・ステパーノヴナをいただきたいと思ってまいったのです。
ステパン (嬉しそうに)あなたア! アンドレイ・セルゲーエヴィチ! もう一ぺん行ってくださらんか――聞きもらしましたわい!
アンドレイ ぜひともいただきたいと…。
ステパン (みなまで言わせずに)おお…。嬉しいかぎりってとこで…。いやまったく、とかなんとかね。(抱いて、口づけ)とうから、そう願ってましたわい。それこそわしの長年の願いでしてな。(涙をこぼす)かねてからあなたを、ねえ、じつの息子のように愛してましたわい。どうぞ仲むつまじくってとこで、こころからそう願ってますわい。だがわしとしたことが、ぼんやり突っ立って。あんまり嬉しくて、ぼうっとしちまって! ああ、わしは心底…。ナターシャを、呼んでこよう、とかなんとかね。
アンドレイ (感動のおももちで)ステパン・ステパーヌイチ、どうでしょう、お嬢さんは承知してくださるでしょうか。
ステパン その、いやまったく、あなた…どうして承知しないなんてことが! そっこんですよ、きっともう、子猫のようにってとこで…。いますぐ!(出て行く)
アンドレイ おお寒い…。試験の前のように体じゅうがぞくぞくする。肝心なのは、ふんぎりをつけるってことだ。いつまでもとつおいつして、なんのかのと言って、理想の女だの、まことの恋だのを待ってた日には、結婚なんぞこんな風にいつまでもできっこないんだ…。ぶるる!…。寒い! ナターリヤ・ステパーノヴナは申し分ない主婦だし、器量だって悪くない、教養もある…このうえ何を望むことがあるんだ。だがもう、緊張しすぎて耳なりがしてきだぞ。(水を飲む)それに結婚しないわけにもいかないしなあ…。だいいち、おれももう三十五だ、いわば危険な年齢だ。おまけに、おれに欠かせないのは、きちんとした、規則的な生活だ…。心臓弁膜症だから、たえず動悸がするし、癇癪持ちで、いつもやたらに興奮する…。現に今だってくちびるは震えるし、右のまぶたはぴくぴくするし…。だが何よりも恐ろしいのは、夢というやつだ。ようやく寝床にはいって、うとうとしかけたとたんに、いきなり左の脇腹を何かが、ぐいっ! そして肩や頭をがんと殴りつける…。気が狂ったように跳ね起きて、歩きまわって、また横になる、ところがうとうとしかけたとたんに、脇腹がまた、ぐいっ! こんなことが二十ぺんばかりも…。
ナターリヤ (はいって来る)あらまあ、ほんとに! あなたでしたの。パパったら、「行ってごらん、商人が買いつけに来たから」なんて言うんですもの。ようこそ、アンドレイ・セルゲーエヴィチ!
アンドレイ こんにちは、ナターリヤ・ステパーノヴナ!
ナターリヤ ごめんなさいね、前掛け姿のこんななりで…。えんどう豆を乾すのに剥いてたところなの。どうしてこんなに長いこといらっしゃらなかったんです。お掛けになって…。(ふたり腰をおろす)お食事は?
アンドレイ え、ありがとう、もうすませました。
ナターリヤ 一服いかが…。はいマッチ…。すばらしいお天気ですね、でもきのうはあんなに雨が降って、男衆(し)は一日じゅうなんにもしませんでしたわ。おたくでは乾草をいく山お刈りになりました。わたしは、まあ、欲ばって、草場をすっかり刈ってしまったら、よかったどころか、腐らにゃいいがと気が気でなくってね。ようすを見ればよかったんですわ。けれど、どうなさったの。モーニングなんかで! お珍しいこと! 舞踏会へでもいらっしゃるの。それにしても見ちがえるようだわ…。ほんとに、どうしてそんなにおめかしなさってるの。
アンドレイ (あがってしまって)じつはその、ナターリヤ・ステパーノヴナ…。ほかでもありません、ぜひあなたに聞いていただきたくって…。もちろん、びっくりなさって、むしろ腹をお立てになるかもしれませんが、わたしは…。(傍白)寒くてたまらん!
ナターリヤ どういうことでしょう。(間)で?
アンドレイ できるだけ手短に申します。ナターリヤ・ステパーノヴナ、ご承知のとおり、わたしはもうずっと前から、子どものころから、おたくのみなさんを存じあげております。亡くなったおば夫婦も、ご存じのようにわたしはこのおば夫婦から地所を相続したのですが、つねづねあなたのおとうさまや亡くなられたおかあさまをたいへん尊敬しておりました。ブローゾロフ家とチュブコーフ家とは、いつも変わらず親しい、いわば親類づきあいをしてまいりました。そのうえ、ご存じのように、わたしのところはおたくと地つづきになっております。おぼえてらっしゃるでしょうが、うちの牛ヶ原はおたくの白樺林と隣りあわせでして。
ナターリヤ お話しちゅう、失礼ですが、「うちの牛ヶ原」とかおっしゃいましたわね…。あそこはおたくのですかしら。
アンドレイ うちのでございます…。
ナターリヤ まあ、とんでもない! 牛ヶ原はうちのもので、おたくのじゃありませんよ!
アンドレイ いいえ、うちのですよ、ナターリヤ・ステパーノヴナ。
ナターリヤ それは初耳ですわ。いったいどうしてあれがおたくのなんです。
アンドレイ どうしてとはなんです。わたしの言っているのは、おたくの白樺林と腐れ沼のあいだに楔のように入りこんでるあの牛ヶ原のことですよ。
ナターリヤ ええ、そうそう…。あれはうちのものですよ…。
アンドレイ いえ、それは思いちがいでしょう、ナターリヤ・ステパーノヴナ、あれはうちのですよ
ナターリヤ しっかりなさって、アンドレイ・セルゲーエヴィチ! いつからおたくのものになったんですか。
アンドレイ いつからとはなんです。わたしの覚えているかぎり、あれはずっとうちのものでしたよ。
ナターリヤ じゃ、そうしときましょ、すみませんでしたわね!
アンドレイ 書類からでもそれははっきりしてますよ、ナターリヤ・ステパーノヴナ。牛ヶ原は昔もめたことがありました。それはたしかですが、いまじゃあそこがうちのだってことは誰もが知ってますよ。議論の余地はありません。よござんすか、わつぃのおばのおばあさんが、あの原を無期限、無償であなたのおとうさまのおじいさんの百姓たちに貸したんです、百姓たちが煉瓦を焼いてくれたのでね。あなたのおとうさまのおじいさんの百姓たちは、それから四十年ばかりも只で原を使ってて、自分たちのもののように思い込んでたんですが、その後、農奴解放令の出たとき…。
ナターリヤ まるっきり違いますよ、おっしゃってることとは! わたしのおじいさんも、ひいおじいさんも腐れ沼まではうちの地所だと思ってましたよ――つまり、牛ヶ原はうちのものだったんですよ。どこに議論の余地があるのか、とんとわからないわ。腹立たしいくらいだわ!
アンドレイ 書類をお見せしたっていいですよ、ナターリヤ・ステパーノヴナ!
ナターリヤ けっこうよ、どうせ冗談か、からかってるかですもの…。ほんとにびっくり! かれこれ三百年ちかくも持ってる土地を、いきなりうちのものじゃないって言われるなんて! アンドレイ・セルゲーヴィチ、ごめんなさいね、でも自分の耳が信じられないんですもの…。ほんとはあんな草地はどうだっていいんだわ。五ヘクタールそこそこで、たかだか三百ルーブルくらいなものですから。でもまちがったことを言われりゃ腹も立つわ。そりゃ、なんとおっしゃろうとかまいませんがね、まちがったことだけは聞きずてならないわ。
アンドレイ まあ、わたしの話も聞いてください! いまも申しあげたとおり、あなたのおとうさまのおじいさんの百姓たちが、わたしのおばのおばあさんのために煉瓦を焼いてくれたんですよ。そこでおばのおばあさんが、お礼になにかしてあげたいと.…。
ナターリヤ おじいさんだの、おばあさんだの、おばさんだの…さっぱりわからないわ! あの草場はうちのものです、それだけだわ。
アンドレイ うちのでございます!
ナターリヤ うちのですよ! たとえあなたが二日がかりで照明しようとしたって、モーニングを十五着着こんでこられたって、あそこはうちのです、うちのです、うちのです!…。あなたのものなんか欲しくはないけど、自分のものは失いたくないわ…。なんとおっしゃろうとかまいませんがね!
アンドレイ わたしだって、ナターリヤ・ステパーノヴナ、あんな草場はいりゃしませんがね、ただ主義として言ってるんですよ。もしよければ、どうぞ、あそこをさしあげましょう。
ナターリヤ わたしのほうこそさしあげますわ、あそこはうちのものなんですからね!…。どう考えたって、変な話ですよ、アンドレイ・セルゲーエヴィチ! 今の今までわたしたちは、あなたをいいお隣だ、お友だちだと思ってましたしね。去年だって脱穀機をお貸しして、そのために当のわたしどもでは十一月になってようやく脱穀しおえたくらいでしたけど、あなたったらわたしたちをまるでジプシー扱いなのね。わたしの土地をわたしにやろうだなんて。失礼ですけど、そんなのは近所づきあいとは申せませんよ。言ってみれば、あんまりいけずうずうしいわ…。
アンドレイ あなたのおっしゃりようだと、わたしが横取りしたようになりますね。お嬢さん、わたしは他人の土地なんぞ取ったことはありませんぞ、そんな言いぐさは許すこっちゃない…。(せかせかと水差しのほうへ歩み寄り、水を飲む)牛ヶ原はうちのものです!
ナターリヤ ちがいます、うちのものです!
アンドレイ うちのものです!
ナターリヤ ちがいます! 証拠を見せてあげるわ! きょうじゅうにも、草刈りをあの原にさしむけるから!
アンドレイ なんですって。
ナターリヤ きょうじゅうにも草刈りが行きますからね!
アンドレイ そんなやつら、追っぱらってやる!
ナターリヤ やれるもんですか!
アンドレイ (心臓を押さえて)牛ヶ原はうちのものですよ! いいですか。うちのものです!
ナターリヤ がなり立てないでください、どうか! 腹立ちまぎれにわまいたりどなったりするのは、ご自分のうちでなわればいいわ。ここじゃ控えてほしいもんだわ!
アンドレイ もしも、お嬢さん、こんなに恐ろしい、苦しい動悸さえしなけりゃ、こめかみの血管がこんなにずきずきしなけりゃ、もっとほかに話のしようもあったでしょうがね!(どなる)牛ヶ原はうちのものだ!
ナターリヤ うちのものよ!
アンドレイ うちのものだ!
ナターリヤ うちのものよ!
ステパン (はいってきながら)どうしたんだ。なにをそうどなってるんだね。
ナターリヤ パパ、ねえ、言ってあげてよ、このかたに、牛ヶ原はうちのものか、それともこの人のものか。
ステパン (アンドレイに)そりゃあんた、あそこはうちのものですよ!
アンドレイ とんでもない、ステパン・ステパーヌイチ、どうしてあそこがおたくのものなんです。せめてあなたくらいは物のわかる人かと思えば! わたしのおばのおばあさんが、あの草場をね、あなたのおじいさんの百姓たちに、一時、地代を取らずに使わせてたんです。百姓たちは四十年もあの土地を使ってたので、まるで自分のもののような気になってたんですが、農奴解放令の出たときに…。
ステパン 失礼だがね、君…。忘れてやせんかね。そちゃたしかに百姓たちは、おたくのおばあさんだかなんだかに地代を払いはしませんでしたよ、というのも、あの草地がもうそのころ、もめてた、ってとこで…。だが今じゃあ、あそこがうちのものだってことは、いやまったく、犬ころだって知ってまさあ。あなたは、してみると、図面を見たことがない!
アンドレイ わたしは、あそこがうちの地所だという証拠をお見せしましょう!
ステパン まず、むずかしいでしょうな。
アンドレイ いや、お見せしますとも!
ステパン あなた、なんだってそうどなるんです。どなったからって、いやまったく、証拠になるってものじゃなし。わしゃ、あんたのものなんぞ欲しうもないが、自分のものまで手ばなすつもりはありませんな。なんのために手ばなすんです。もうこうなりゃ、あなた、あくまで牛ヶ原が自分のものだと言いはるんなら、わたしはあんたなんかよりいっそ百姓たちにくれっちまいますな。そうだとも!
アンドレイ わけがわからん! いったいどんな権利があって、ひとの財産をくれてやるなんて言えるのか。
ステパン 権利があるかないかなんて、先刻ご承知さ。いやまったく、お若えの、そんな調子で口をきかれるのには慣れてないんでねってとこで。わしは、お若えの、あんたなんぞの二倍も年かさなんだから、そういきりたった物言いは願いさげにしてもらいたい、とかなんとかね。
アンドレイ いや、あなたこそ、ひとをこけ扱いして、笑いものにしてるんだ! ひとの土地を自分のものだと言っておきながら、そのくせ落ちつけだの、人間らしい物言いをしろだのって! 親しいご近所なら、そんなことはしませんよ、ステパン・ステパーヌイチ! ご近所じゃない、横取り屋だ!
ステパン なんだと。いまなんて言った。
ナターリヤ パパ、いますぐあの草場へ草刈りをやりましょうよ!
ステパン (アンドレイに)いまなんて言ったんだ、あなた。
ナターリヤ 牛ヶ原はうちのものよ、ゆずるもんですか、ゆずるもんですか、ゆずるもんですか!
アンドレイ いまにわかるさ! あそこがうちのものだってことを、裁判にかけて目にもの見せてやる。
ステパン 裁判だって? どうぞ、訴えるがいいさ、とかなんとかね! やってもらおうじゃないか! お見とおしなんだからな、あんたはただ、いやまったく、裁判沙汰にするチャンスをねらってただけなんだってことで…。訴訟気違いなんだよ! 一族そろって裁判気違いさ! そろいもそろって!
アンドレイ わたしの一族にけちをつけるのはよしてもらいたい! ブローゾロフ家の者は残らず正直者で、あなたのおじいさんみたいに、公金を使いこんで裁判にかけられたりしたものなんぞ、ひとりとしていませんよだ!
ステパン ブローゾロフ一族はみんな、そろいもそろって気違いさ!
ナターリヤ みんな、みんな、みんなだわ!
ステパン あんたのじいさんは飲んだくれだったし、下のおばさんの、ほらあの、ナスターシャ・ミハイロヴナだって、建築技師なんぞと駆けおちしたってとこで…。
アンドレイ あんたのおっかさんはできそこないだった。(心臓を押さえる)おなかがさしこむ…。頭ががんがんする…。助けてくれ! 水を!
ステパン あんたの親父は博奕打ちで大飯食らいだったしさ。
ナターリヤ おばさんは金棒引き、めったにないほどのね!
アンドレイ 左の足が吊った…。あんたは値わざ師で…。ああ、心臓が!…。だれひとり知らぬものはない、あんたが選挙のまえに…。眼がちかちかする…。帽子はどこなんだ。
ナターリヤ いやらしいわ! ずるいわ! けがらわしいわ!
ステパン あんた自身は、いやまったく、悪がしこい、裏おもてのある、食えない男さ! そうだとも!
アンドレイ あったぞ、帽子が…。心臓が…。出口はどっちだ。戸口は? ああ!…。死にそうだ…。足が動かんぞ…。(戸口のほうへ行く)
ステパン (そのうしろから)二度と敷居をまたがせんぞ!
ナターリヤ 訴えるなら訴えるがいいわ! いまにわかるから!

アンドレイ、よろめきながら去る。

ステパン ちくしょうめ!(興奮して歩きまわる)
ナターリヤ なんてろくでなしなんだろう! こんなことがあったkらには、近所の人だからって気が許せないわね!
ステパン ならず者め! 案山子野郎が!
ナターリヤ なんてできそこないなんだろう! ひとのじ地所を横取りしようとした上に、悪態までつくなんて!
ステパン あんな化けものづらしてさ、あんな、いやまったく、鳥目野郎が、よくもまあ申しこみなんぞできるものだってとこで! え? 申しこみだってよ!
ナターリヤ 申しこみって、なんの。
ステパン きまってるじゃないか! おまえに結婚の申しこみに来やがったのさ。
ナターリヤ 結婚の申しこみ? わたしに? どうしてそれを早く言ってくれなかったの。
ステパン だからこそモーニングなんて着こんでやがったのさ! あのへなちょこめ! ひょろひょろめが!
ナターリヤ わたしに? 結婚の申しこみですって。ああ!(肘掛椅子に倒れて、うめく)あの人をつれもどしてよ! つれもどしてよ! ああ! つれもどしてよ!
ステパン だれをつれもどすんだって?
ナターリヤ 早く、早く! 気分が悪いわ! つれもどしてよ!(ヒステリーを起こす)
ステパン なんだって。どうしたって言うんだ。(頭をかかえる)わしはなんて不幸な人間なんだ! いっそピストルでズドンとやるか! 首をくくるか! みんながわしを苦しめるんだ!
ナターリヤ 死にそうよ! つれもどしてったら!
ステパン ちぇっ! いまつれもどしてくれるわ! 泣きわめくんじゃないってば!(駆けだして行く)
ナターリヤ (ひとりになって、うめいている)なんてことをしでかしたんだろう!つれもどしてよ! つれもどしてったら!

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