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2019年03月25日22:02

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決定稿

孤立が丘 大詰め (島根編)





3.出雲大社

裏方 どうもありがとうございました。ええと役者紹介をしたいんですが、(外見て)まだちょっと時間かかりますので、なんかしゃべれと言われまして、えー、どうしよう。あ、井川といいます。えーとそうだ、このお芝居と関係あるかどうか微妙なんですが、私こないだ実はクライストチャーチ行ってまして。あの、農業ボランティアで。それで今日はとんぼ返りでお手伝いしてる感じなんですが、まあ何をしゃべるかというと――
客 時事ネタね。
後説 時事ネタですよね、ここは。さっきちょっと出てきたかくれ座頭ていう傘おじさんなんですが、あれ実は泊まってたエイヴォン川の宿の近くに実在した人でして、あ、ボランティア終えて町に戻ってからですが、そこにいたんですね。傘でこう、ちょんちょんとマンホールとか、ガードレールとか、電柱とか、暗渠の蓋とか。まあいわゆる徘徊老人ですね。どこに住んでて何食べてるのか誰も知らない。頭はもう逝っちゃってて会話とかできない感じで、子どもらとかもヤバイんで引いて触らないようにしてて。なに言ってるかていうと、日本語にすると、ちょんちょん、ここは大丈夫ですよー、ちょんちょんああここはちょっと緩んでるんで――柵のネジとかですね――気をつけて下さいねーとか、ああここは舗装がくずれてるから回り道ですよーとか、海辺なんで橋はすごい時間かけてチェックしてたりして。警備ですかね、巡回の。見た感じルンペンです。声も小さくてよっぽど近く行かないと聞こえないです。でも聞くと、言ってるのは安全について。誰も聞いてないのに。何なんだろうこの人は…、ずっと気になってました。
安全といえば、地震の時は私、松江でして、一畑百貨店の売り子やってたんですけど、なにしろ島根なんで話が遠いんですね。いや営業中にもお客さんが話してるの聞いてこそっとは分かりかけるんですけど、初動が遅かったというか、なかなかあとで津波とか液状化とかの話聞いても、ニュース見てもこれは本当のことなのかって。あ、動画あるの見ました。ちょっと待ってください、えーと、これですね、かけときますね(動画見せっ放しにする)。ここ是政は低いっても標高四〇メートルあるそうですけど、私なんかそれがまずびっくりです、松江って宍道湖のほとりでゼロメートル地帯じゃないですか、ずっと低地で生きてきたから。その映像は千葉の浦安ですが、これ、まさに地震の最中に撮った人いて、逃げろよって感じなんですけど、もう地面がいくつかの面に割れちゃって勝手に流れてるっていうね。
うちの方、バタデンっていうローカル線で出雲大社まですぐなんですけど、海辺の天災つながりでちょっと面白い話があります。今の社は近年建て替えられたやつですが、有名な話で中世に巨大なやつが建ってたってのあるじゃないですか、ご存じですかね。ど太い径(わたり)1メートル以上もある柱をこう三本束ねて鉄のバンドで締めて、それをマス目状っていうんですか、田の字に九本立ててはるかに雪舟して、その上に神殿を乗せると。現在の神殿は24メートルですけどこの金輪ノ御造営というやつは、大林組とかがやった復元チームの試算によると、13世紀の時点でピーク48メートルもあったというんですね。48メートル。神殿にあがる階段だけで一町あるそうです。なんかムーというか、古代伝奇ロマンみたいですけど、大社行くと大まじめにミニチュアが展示されています。建築技術はどうだったの、そんなん建てられるのってのが気になるところですけど、いやね、実はその前にいっぺん倒壊してるんだそうです。11世紀の終わり、ある日、何の前触れもなく崩れて、全損。縁起悪いな! 当時の縁起の感覚は知りませんけど、目にした人ならまぁぐったりですよ。第一、当時としてだって相当張り込んで調達してきた巨木でしょう、倒れましたハイ再建って言ったって、おいそれともうそんな木が生えてるわけもない、巨木に育つには千年とかかかるわけですから。どうするんだこれ。ところがですね。ここに、寄木の御造営という不思議な出来事が起こります。大社の前の稲佐の浜に、夥しい巨木が漂着したというんですね。「杵築大社造営遷宮旧記注進」という資料に見えます。天仁3年、西暦にして1100年のことです。(読んで)――国日記に云う。天仁三年七月四日、大木(おおき)百支(ささえ)、海上より稲佐の浦に寄る。大十八支、長さ十丈九丈八丈七丈六丈、わたり七尺六尺五尺四尺、中九支、長さ五丈の上、小六十支、三丈の下、くだんの木、御示現ありて、材木とすべき寄木なり。また別資料に、


「其(そ)は同時(おなじとき)に因幡国上宮(うへのみや)の辺(ほとり)に長(ながさ)十五丈口(わたり)一丈五尺の大木(おほき)一本寄来(よりこ)しを、在地(ところ)の人は疑(うたがひ)をなしながら是を伐(きり)取らむとするに、大蛇件(そ)の木を纏ひて居ける故に、諸人(もろくのひと)恐れて退(しりぞ)きぬ。然るに伐(きり)取らむと計(はかり)し者どもは病苦(やまひ)に悩さるゝこと頻(しきり)なれば、種々(くさゞ)と祈(いのり)をなしけるに、御示現に云(いは)く「出雲大社造営(いづものおほやしろのぞうえい)の度毎に諸国の神等(たち)行事となるを、今度は我が行事に当りて御(おん)材木を採(とり)遵(たてまつ)りぬ。仍(よつ)て件(こ)の木は我(わが)得分なり。急ぎ我(わが)宮を造るべし」と示し給ひて、神は昇り給へり。」(千家尊福「出雲問答」1879)

と。
まあ直径一丈半、4メートル超えはさすがに大袈裟としても、公式の記録にもあり、そして平成になってから現物が、まさに発掘されて出てるんですよね。よくは分からないが何かが確かに起こったみたい。都合よくですね。そんな偶然あるんでしょうか。
思えば――、長いことそれがもやもやと引っかかってたのかも知れない。いえ、その、どこかで読んではいたんです、その材が、遺伝子解析が進んでみたら、どうやらスギじゃないみたいだと。ナンヨウスギっていう、別の木らしいと。日本にないやつ。でも読み流してたんですよね。そこにどんな意味があるのか、分かってなくて。
――ヒントってのはね。すでに顕れてるものなんです。それを私たちが読み取れるかどうかって話なんです、きっと――。
宿は、銃撃されたモスクから500メートルほどのところにありました。詳細は言いたくないです。とにかくね、祈りたくなるじゃないですか。でも私、よそ者だし、とっさに何に祈るんだよって。教会でもないしね。夏の農業実習楽しくて、ちょっと住んでもいいかななんて思ってた矢先に、移民100人殺しって…。みなさんあれたんに意味分かんないって思ったかも知れませんけど、私は現地で、ああ死ぬんかなあって。今は生き残っても、そのうちこんな感じで死ぬんかって。いや思いますよ。クライストチャーチって三陸のすぐ前に大地震あったとこでしょう、火山国だし、津波だって来かねないし、クジラも座礁するし、何となく似てるんですよ。日本は治安いいからとも思うけど、ニュージーランドだってノルウェーだって治安抜群だったのにあれでしょう。ていうか日本だって下関秋葉原相模原…、なんだって起きますよ…って考えたらちょっと過呼吸みたいになっちゃって、逃げ出したいな、とりあえず北島、オークランドあたりまで逃げて隠れたいな、ええ、衝動です、だって祈る対象ないんだもん。ないのって、外地で意外に心細いものなんですね。
タウポ火山帯の真ん中を通り抜けて、ロトルアでハカ見せてもらって、北島のほんとの突端まで行きました。ケープ・レインガ。マオリの伝承だと、この岬に立つ樹齢800年の木、ポフツカワの幹から根を伝って、根っこの先からカヌーに乗って聖地ハワイキに旅立つんですって。それでね、不思議なことに、ポフツカワの木って、どれも大きいのでも600年から800年くらいなんだそうです。それ以上のはなぜか存在しないんだって。なぜかってさ…、なぜかって、分かります? 言いたいこと。
ハワイキは、アラフラ海に向かう海流の先にあるんですよ。で、北島は、火山島なんですよ。で、そこに、同じ樹齢の木々があるんですよ。つまり、いつか、一度に木が倒れて、ね、噴火で。大きな、破局噴火。テ・プイア・オ・ファカアリ。マオリは字がないから何年ってハッキリとした記録はないだろうけど、そして火山灰やなんかと一緒に海に流されて、貿易風に押されて、太平洋を渡った。何ヶ月かして、着いたんですよ、稲佐の浦に。
ということは…つまり…社が倒れたのは、空震でしょう。
同じ噴火で倒れ、同じ噴火で木材が寄り着いた。いやいや、そんなこと、出雲の私たちは知りません。知らずに普通にデパートで売り子してます。でも知らなくても、もしかして誰かから守られてるのかも知れないんだ。知れない、ですよね。そういうことですよね、これ。
安全といえば、傘おじさんの、何の役に立ってるか分かんない姿が妙に思い出されます。
ちょんちょん、ここは大丈夫ですよー、
ちょんちょん、ああここはちょっと緩んでるんで気をつけて下さいねー、
ちょんちょん、ああここは舗装がくずれてるから回り道ですよー、
ああここは、津波が根ェ越さねえの松のかただ、でえじょうぶですよー、
Ka mate, ka mate! ka ora! ka ora!
Ka mate! ka mate! ka ora! ka ora!
Tēnei te tangata pūhuruhuru
Nāna nei i tiki mai whakawhiti te rā
Ā, upane! ka upane!
Ā, upane, ka upane, whiti te ra!





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