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2019年02月13日22:03

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過剰な配慮はあなたを幸せにはしない

■人からどう思われるか気になる? 若者と年配者の間で考え方の差も
(しらべぇ - 02月12日 08:11)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=202&from=diary&id=5494207

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自分がどう思うかは自分の領域、他人がどう思うかは他人の領域。よって「基本的に気にしない」のが正解です。

私と相方との会話
私「私とキミ、周囲に気づかいをしてるのはどっち」
相方「私だと思う」
私「では幸せそうなのはどっち?」
相方「断然あなただと思う」
私「な。過剰な気遣い、人目を気にするのはそこまで君を幸せにはしないってことだ」


周囲への気遣いは「ある程度」でいい。自分が苦しくない範囲で気づかいすれば十分だ。相方のように自分が我慢してまで気遣いをして「嫌われない努力」をしても、苦労のわりに効果は薄いものだ。嫌われない努力で得られるのは「不幸にならない」であって、「幸せになる」ではない。幸せになるには「自分のやりたいことをする」『言いたいことを言う」である。どちらかというと重要なのは「言う言わないの遠慮」ではなくて「言いたいことをいかに相手に上手に伝えるか?」という伝え方である。
私はかなり好き勝手に言っているが、私の周囲には私を理解している人しかいないので
(ハナーだから仕方がないというあきらめも含むw)私は快適に生きている。私と合わない人は基本的に離れていくので相互に幸せであろう。

私を嫌っている人にも私はにこやかに挨拶をして「そんなにカリカリして大丈夫ですか?」と心配している。そうすると相手はますますいら立っているようだが、まあ彼がどう思うかは彼の領域にあって、私の知ったことではない(笑)。

自己中心主義でよい(世間一般のジコチューは「自己焦点主義」である)。私の言う自己中心主義は「まず自分の保身を考え、後は可能な限り全体利益や周囲への配慮を行う」というものだ。下手な自己犠牲をすると無理がたたって長続きしないものだ。(スーパーボランティアのように自己犠牲を厭わない方を私は心底尊敬する。私には無理だ)


自己犠牲をしてまで救済する対象はごく親しい家族くらいであり、それ以外には程よい配慮で十分だ。
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