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2018年09月18日19:32

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嵐ヶ丘 黒服登場シーン

1幕


黒服のサングラスの男が二人、トランクを下げ、やって来る。二人の男のアクセントは少し外国語風。

男1 それにしても奴は頑固な男だ。
男2 いざとなっては非常手段もやむをえないか。
男1 いや、注意した方がいいぞ。中央の指令を仰いでからだぞ。
男2 そうだな、奴は時限爆弾のような男だからな。

田島、あわてて煙草を踏み消し、黒服の男二人に近づく。

田島 あの、すいませんが、ちょっと火をお貸しいただけます?
男1 (ハッとして)ウッ?!
男2 おい、お前、ライター、ライター。
男1 (トランクをおろし)ああ、ライターね。

男、田島の煙草に火をつける。田島、ひとふかしし、――しかし指はふるえて、

田島 ああ、うまい。北風の強い時は煙草がチリチリ燃えるや。肺にこう、ガツンと一撃くらったみたいですな。(三人、白けて目を見合わす)あ、あの申し遅れましたが、私は芸能レポーターの田島と申します。御存知ない?あんたたち、テレビ見てないの? 玉砕レポーターの田島。芸能界の硫黄島と異名をとった? 女優の柏崎と昨年ハワイにやらせかけおちした――御存知ない?

男二人、目を見かわす。

田島 あのあなたがた、北野さんのお宅に行かれるところですね。しかもこんな遅い時間にね。あなたがたの服装見ると、右翼でもないみたいですね。それに先ほど、あなたがた、北野さんについて何か話しておられましたね。あの…。いや…、決して悪気じゃなくて、ちょっと北野さんについておうかがいしたいことが――。

男、再び目を見かわす。

男1 私はお前に用はない!
田島 あ、そう言わず、お金出します、取材費!
男2 あんた、私服警官じゃないだろうな。
田島 私服? 私ゃ芸能記者の田島、あの玉砕レポートの!
男1 そうかい、まあ北野にゃ近よらないことだな。資本主義のハイエナめ!
田島 ハイエナ? そうかい、俺がハイエナかい? 俺ゃたしかに銀バエ、ウジムシ、ゴキブリホイホイ、何とだって呼ばれたぜ。だがこっちにゃ芸能レポーターとしての誇りが――、

男1、田島を一瞬のうちに殴り倒す。そして男12玄関へ入っていく。


*****


田島 木枯らしに吹きさらしじゃないですか。寒いなあ。
信一 多分満州に対するノスタルジーだと思いますね。
田島 ふむ、嵐ヶ丘――。あ、ちなみに嵐ヶ丘って御存知ですか。
信一 ああ、あの小説の?
田島 いや、そうじゃなくて、満州の――。

その時、背後で猛烈な炸裂音。白煙、再び田島の煙草を飛ばす。黒服の男12、あたふたと飛びでてくる。花道を逃げる。

田島 あ、おい、お前たち待て!(追いかけるものの途中で引き返す)
信一 何だ、これは。左翼のテロか?! おい、田島さん、おまわりだ。大至急おまわりに電話!




2幕


「照明はどこだ」「ここだ」の声とともにスイッチの音。一斉に明るくなる。黒服の男二人登場している。

黒服1 北野さん、残留家族との対面はそれで終わりだ。
北野 そうか、君たちだったのか。(意外に冷静である)
黒服1 この前は殺しそこねて申しわけなかった。
北野 私の方こそね。死にそこねて申しわけなかったよ。あの時死んでいれば簡単だったがね。
黒服1 いや、もういいんだ、北野さん。あなたの役目はもう終わっている。あなたの物理的存在に関してはもう意味がないんだ。
北野 君たちも、この娘さんを利用するとはなかなか巧妙な手口だね。そうやってこの病院の警戒をくぐり抜けたんだな。
黒服2 それとこの医者を縛ることでね。(と、猿ぐつわ・腕縄の医者をけとばす)
黒服1 いいかい、北野さん。あんたはいつのまにか我々を裏切った。まあ、しかしそれは党の中央が大目に見ることにする、といっている。何しろそれまでのあんたの功績が大きいんでね。あんたに残された道は以下の通りだ。
黒服2 一つ。ここに偽のパスポートがある。これから我が国に帰って引退するんだ。名誉党員の称号が贈られる。
北野 それと収容所生活がね。それとも処刑かね。
黒服1 断わりますか。
北野 ああ。
黒服2 二つ。この場で死んでもらう。ここに化学的痕跡の残らない毒薬がある。皆、あんたが病死した、と思うだろう。
北野 ことわるね。私は生きのびるよ。
黒服1 いいかい、北野さん。あんたが真実をバラすことだけはまずいんでね。
北野 いや、私は柴崎だ。
黒服1 そうですか、柴崎さん、じゃ、もう一人の金熙正についてはどうしますか。
黒服2 これがあなたの党員証です。一九四五年発行。あなたは我が国の党員の中でも最も古い一人ですね。これは祖国解放戦争を主席とともに戦った栄えある遊撃隊党員に次ぐ古いものです。
北野 (手にとって、なつかしそうに見て、一瞬破り捨てようとするが、手をとめ)私は否定しないよ。私の過去を。私は誇りに思っているんだ、この党員証を。それに私は主席を尊敬している。主席の近くで戦った者は誰でも知っていることだよ。これはあなたたちの党に返す。
黒服1 それでは北野さん、あなたはなぜ私たちを裏切ったのか?
北野 裏切ったって? 私は政治の歯車にすぎなかったんだよ。裏切ったといえば、私は日本も裏切ったし、君たちの国も裏切ったわけだ。それに君たちは私に何を望んだというのだ。スパイ防止法制定委員会の委員長になって、右翼や政府の情報を君たちに流す。一体君、二重スパイの立場がどういうものか、君たちにわかるまい。何ができたというのだ、私に。私は立派につとめを果たした。そして私のことを必要としなかったのは君たちの方だ。つまり、目的が達せられたとたんに、私は邪魔者になるわけでね。これは最初からしくまれた罠だよ。私は最初からそのことを知っていた。ちがうかね。
黒服2 私はこの党員証の持主を尊敬しております。私に言えることはそれだけです。
北野 それにスパイ防止法ができたところで、スパイはもっと巧妙になるだけだ。私は政府に提出した法案の中に、かなりの抜け穴をつくっておいたよ。
黒服1 わかっております。そういうことは。党としてはスパイ防止法が日本で制定されることには異存がありません。そうではなく、まずいのはあなたの存在なのです。いずれにせよ、あなたは北野さんのままで、この世から消えてもらうしかないんです。
黒服2 ここにあなたにお持ちした勲章があります。
北野 ハハハ、そうか、そういうわけだったのか! 君たちもスパイ防止法をのぞんでいたわけか。それで私でも長官にしてコントロールするつもりだったのだろう。いや、私の負けだ。(ひどく笑って)私が真実を言えば、それが大きなスキャンダルになって、スパイ防止法がつぶれてしまうと…。私の読みが甘かったな。――死ぬわけにはいかんよ。私は断固として私が育て上げたスパイ防止法とたたかうよ。いいかい、これは私のものなんだ。つぶすのも私の自由だ。このスパイ防止法とともに、北野はこっぱみじんになるのだ!
黒服2 それでは二つ目を択ばれるわけですね。

そのとき、警報機が鳴る。李が押したものである。

黒服1 しまった! 油断した! あの女が押したんだ!
黒服2 ちくしょう、しょうがない!

ピストル発射。北野をかばう李に。

北野 (逃げる二人に)それでも私は君たちの国を愛しているんだよ!


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