いつまでか涙くもらで月は見し秋まちえても秋ぞこひしき
前大僧正慈円
百首歌たてまつりし時、月歌
新古今和歌集 巻第三 秋歌上 379
「いったいいつ頃まで涙に曇らないで月を見たことであろう。この頃はせっかく待った秋に逢いながらも「秋」が恋しくてならない。」『新日本古典文学大系 11』p.121
正治二年(1200)[後鳥羽]院後度百首。
涙 秋思と身の憂さを嘆く涙であろう。
秋ぞ 曇ることのない、月のさやかな真の秋が、の意。
「逢不逢恋[あってあわざるこい]」の気分に似る。
参考「身の憂さの秋は忘るるものならば涙くもらで月は見てまし」(藤原頼輔 千載 秋上)。
「月前に志を言う」の歌。
慈円(じえん 1155-1225)平安時代末期から鎌倉時代初期の天台宗の僧。藤原兼実の弟。
千載集初出。新古今入集九十二首(西行に次ぐ第二位)。勅撰入集二百六十九首。
隠岐での後鳥羽院による『時代不同歌合』では僧正遍昭と番えられている。
小倉百人一首 95 「おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣に墨染の袖」
http://bit.ly/WUEMmA
http://bit.ly/15WrmqA
ログインしてコメントを確認・投稿する