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2018年03月09日05:24

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花見にと人やりならぬ野辺にきて心のかぎりつくしつるかな 大納言経信

花見にと人やりならぬ野辺にきて心のかぎりつくしつるかな
 大納言経信
 筑紫に侍りける時、秋野をみてよみ侍りける
 新古今和歌集 巻第三 秋歌上 342

「花を見ようと自分で思い立って野辺に来て、それでいて秋野のあわれさについ、筑紫ではないが、心を尽くす――くたくたになるまで悲しみに浸ってしまった。」『新日本古典文学大系 11』p.112

筑紫に侍りける時 父源道方が太宰権師であった長元二年(1029)正月から六年十二月の間、経信十四―十八歳。筑紫は太宰府のある筑前を中心に、広くは九州の異称。
人やりならぬ 派遣されての旅に対す。
つくし 「筑紫」と掛詞。「心づくし」を「筑紫」に掛けるのも常套。
「秋花」の歌。

源経信(みなもとのつねのぶ 1016-1097)平安時代後期の公家・歌人。源俊頼の父。
後拾遺集初出。新古今十九首。勅撰入集八十六首。
隠岐での後鳥羽院による『時代不同歌合』では巻頭で柿本人麿と番えられている。
小倉百人一首 71 「夕されば門田の稲葉おとづれて芦のまろ屋に秋風ぞ吹く」
http://bit.ly/12FhdhR
http://bit.ly/15Ro7Xn

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