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2017年12月07日00:34

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『太陽神の娘』第2話

『太陽神の娘』第2話

「…というわけで彼女の聖域での滞在許可をお前から貰えないかと…」
 翌朝、美しい女性を連れて教皇の間に登宮してきた首席補佐官サガの頼みに、教皇アイオロスは目をぱちくりと開いて驚きの表情になった。
「一応、お前はアテナの代理人であるわけだし、お前の許可があれば、とりあえず形式的には何とかなるかなと…」
「許可などなくても、私はここに残るわよ」
「キルケ〜」
 養母の主張にサガは眉根を寄せて困った顔になった。
「わがままを言わないで…。本来なら、あなたがアテナに聖域への滞在許可をお願いするのが筋なんですよ?」
「あの女に嘆願など、したくもないわ!」
「…あなたがそう言うから、だからせめてアイオロスにと…」
 だがキルケは不機嫌そうにアイオロスからつんと顔を背けてみせた。サガがアイアイエに戻るという彼女の誘いを断り、自分がアテナの聖域に留まる羽目になってしまったことに、そのためには教皇アイオロスに嘆願しなければならないという成り行きに、腹を立てているのだ。彼女にとってアイオロスの存在など「アテナの奴隷頭」程度のものでしかないのである。この男がサガをたぶらかして彼を聖闘士にさせ、そのせいで自分のもとに戻ってこないのだと思うと、怒りはさらに倍加した。しかしそんな怒ってすねた顔すら、「…しかし、美人なかーちゃんだ」とアイオロスが見惚れる程度には絵になるのだから、美女というのは得な存在だった。
「ああ、もう、いい加減に機嫌を治して…。と、とにかく、アイオロス、彼女の滞在を認めてもらえないだろうか。キルケは様々な魔術や薬草の知識に長けているし、いてもらったら聖域にも有益なことがあると思う。た、多分…」
「『多分』?」
 アイオロスが眉根の端をぴくりと上げる。
「い、いや、私からお願いして、色々としてもらうから…」
「私はアテナの聖闘士の味方などしないわよ」
「キルケ〜、だから〜…、そういうことを言わないで…」
 養母を一生懸命に宥めるサガの姿に、アイオロスは吐息をついた。
「…まあ、いいよ。サガがそこまで言うなら、滞在許可を出す」
 キルケのためというより、彼女のために必死になって困り切っているサガのために、アイオロスは許可を出した。
「あ、ありがとう、アイオロス!」
「…では、私は戻るわね」
 キルケはアイオロスに礼すら言わなかった。これでここにいる用はなくなったとばかりに、サガを引き寄せて彼の頬に別れの挨拶のキスをする。
「早く帰ってらっしゃいね。夕食を準備しておいてあげる」
「はい」
 ちゅっとサガも養母に挨拶のキスを返した。
『親子仲がいいのはいいんだけどさぁ…』
 むつまじい二人の様子に、だがアイオロスの胸の中はもやもやした。見た目はほとんど年齢差がない上に、めったにお目にかかれないような美男美女同士の組み合わせなので、親密にされると親子というより恋人かなにかにしか見えないのだ。
 困惑するアイオロスと滞在許可が出たことに安堵したサガを残し、キルケの姿はふっとその場から消えた。
「…消えた!?」
「きっと私の家に帰ったんだよ。いちいち、十二宮の階段を上り下りするのは大変だからね」
 何でもないことのようにサガは言った。アテナの小宇宙がたちこめているためにテレポートが出来ない十二宮だが、神の身となればその限りではないということらしい。
「とにかく、お前が許可をくれて良かったよ。細かい手配は私の方でするから…」
 と言って自分の席に腰を下ろしたサガは、ぶつぶつとつぶやき始めた。
「食料…は、人間のものとか食べるのかな…。衣類…着替えくらいはあったほうが…。食器…茶器くらいは…」
 キルケの身の周りを整えることに考えを巡らしているサガに、アイオロスが問う。
「それで、サガ、今夜は私宅に帰るのか?」
 この問いには「今夜は教皇の間のおれの寝室に泊まらないのか?」という意味がある。教皇アイオロスの恋人であるサガは、仕事を終えた後、そのまま教皇の間に留まって彼と夕食と夜を共にすることがあった。
「ああ、キルケが夕食を作ってくれるというから」
「…作れるのか?彼女が、手料理?」
 あの華麗な女神様が電化もされていない聖域の粗末な厨房に立って手ずから料理をしている様は、どうにもアイオロスには想像しにくかった。
「出来るぞ。特に豚肉料理が上手い」
「…豚…」
 その時、アイオロスの頭に浮かんだのはホメロスの叙事詩『オデュッセイア』の一シーンだった。魔女キルケの住むアイアイエ島に漂着したオデュッセイアの部下たちは、歓待すると見せかけて飲み物に魔法の薬を入れていたキルケによって豚の姿に変えられ、豚小屋へ押し込まれてしまうのだ。
「…その豚って…人間を魔法の薬で変身させた奴とかじゃないよな…?」
 青ざめたアイオロスの言葉に、サガは意表を突かれたような顔になった。
「違う…と、思う、多分…」
 上の空で宙に視線をさまよわせながら答えるサガの様子に、アイオロスは慌てた。
「『多分』って何だよ!?はっきり違うと言ってくれよ、サガ!」
「ははは…。あの島には私とカノンの他には何千年も人間が来ていないと言ってたし、私たちが食べていた豚は違うよ、きっと」
 明るく笑ってサガは否定したが、アイオロスは「勘弁してくれ…」と頭を抱えたのだった。

「なぁに?あの教皇はそんなことを言ってたの?」
「念のため聞きますが、違いますよね?」
「もちろん。あなたたちが食べていたのは普通の豚よ。そりゃ天界の豚だから地上のものとは違うけれど、ちゃんとあなたたちが食べていいものを用意してたわよ」
「ですよねー」
「失礼ね。私を人食い人種だと思ってるのかしら。…サガ、流すから、頭を前に倒して」
「はい」
 浴槽から手桶に湯を汲んだキルケが、泡にまみれたサガの頭を流す。
「どう?」
「気持ちいいです。やっぱりあなたの洗い方は上手いな」
 と、その時。
「…なんで一緒に入ってるんだー!?」
 突如、教皇の間の広い浴室に男の声が響き渡った。そこに立っていたのは、教皇アイオロスだった。
「なんでって…」
 キルケによって丁寧に洗われ、洗剤と汚れを落とした長い銀髪をしぼってタオルでくるんで巻き上げながら、サガが首をかしげる。
「彼女が洗ってくれるから」
 さも当然のようにサガは言った。
「いやいやいや!おかしいだろう!何でいい年をした大人の男が、『母親』と一緒に風呂に入って、体と髪を洗ってもらってるんだよ!?普通じゃないぞ!」
「そうなのか?」
 幼い頃はアイアイエ島で隔離されて育ち、思春期以降はこれまた聖域で隔離されて成長したサガは、世間一般の常識に疎かった。きょとんとしたサガにアイオロスが怒鳴る。
「そうに決まって…」
 その途端、アイオロスの顔に湯が掛けられた。
「ぶっ!」
「女神の湯浴み姿を見るなんて、なんて無礼な男なの!目を潰してやるわ!」
 怒りをあらわにしてキルケが言う。
「…てか、キルケ様、何であなたがここにいるんですか!?ここはおれの風呂ですよ!」
 女神アテナの水浴を見た予言者テイレシアースのように、「女神の裸を見たために失明した」という話は昔からあるが、それと同じ災いが自分の身に振りかかりそうになっていることよりも、まずアイオロスは現状を問いただした。
 そう、アイオロスは今日、サガに「今夜は泊まっていかないか?」と夜のお誘いをかけたのである。サガは承諾し、その夜は入浴と夕食と、もちろん寝室も、アイオロスと共にすることになった。そして「久々にサガと一緒に風呂だー♪よし、いちゃつくぞー♪」とうきうきした気分でアイオロスが教皇の間の浴室に足を踏み入れてみると、そこにはいつの間にかキルケの姿があって、バスチェアに座ったサガの体と髪を洗っていたという次第である。
「サガが今夜はここの風呂に入ると伝えてきたから、洗いに来ただけよ」
 と、これまた当然のように言ったキルケは、幅広の亜麻布を胸から腿の付近に巻いており、完全な全裸ではなかったが、それでも豊かな胸の谷間や濡れた布が張りついた腰や雫の滴り落ちる白い手足が実になまめかしい。サガを盲愛するあまりに他の人間がどんな美男や美女だろうがカボチャかジャガイモくらいにしか見えないアイオロスでも、思わずくらっとくるような色気があった。そしてサガはというと、入浴なのだからしてもちろん全裸で、股間のあたりにタオルを置いて申し訳程度に隠している姿だ。
「キルケ、アイオロスの目を潰すのはやめてください。アテナの怒りを買いますよ。あと、ロス、前くらい隠せ」
「……!」
 サガ以外、風呂場にいないと思っていたアイオロスは、当然、全裸だった。慌ててタオルを腰に巻くが、キルケにばっちり見られていたのは間違いなかった。
「見られた…見られちゃった…女神様に…おれの息子たん…」
 羞恥というより敗北感の様な感情を覚えて落ち込むアイオロスをよそに、体についた石鹸の泡をキルケに洗い流してもらったサガは浴槽に入った。
「お風呂の後は肌に油を塗ってあげるわね、サガ」
「ありがとうございます」
 のほほ〜んとお湯につかるサガはキルケをふり仰いだ。
「キルケ、どうせならアイオロスにも後で油を塗ってやってくれません?」
「え、いやよ」
 サガの頼みをにべもなく彼女が拒否する。
「え〜?あなたのオイルマッサージ、気持ちいいのになぁ…」
 残念そうにサガが言う。
「…いや、おれもどっちかつーと、彼女よりサガにオイルマッサージしてもらいたいって言うか…体を洗ってもらいたいって言うか…」
 ぼそっと呟いたアイオロスに、キルケはベンジョコオロギでも見るような視線を向けた。
「ところで、キルケ、例の話は考えてくれました?」
「ここの施療所で怪我人たちを見てほしいって話?いやよ」
「あなたも頑固だなぁ。じゃあ、傷薬を作ってくれるだけでもいいから」
「いや」
「あなたって本当に聖闘士嫌いなんですね…。私の大切な同志たちなんですが」
「私にとって大切な人間は、あなたとカノンだけよ」
 きっぱりと女神が言い切る。
 『オデュッセイア』では豚にされてしまった部下たちを助けに行ったオデュッセウスは、途中で現れたヘルメス神からモーリュという霊草をもらい、その効力でキルケの魔術にはまるのを回避できたのだが、その後、彼が「彼女の豪奢な寝台に上がって」、入浴し、食事の準備をされ、「…あのさぁ、まず部下たちを人間に戻してくれないと、食事なんかする気になれないんだが…」とオデュッセウスが言うまで、キルケは彼の部下たちを豚のまま放置していたのだった。
 そしてオデュッセウスがアイアイエ島を去ることにした際にはキルケは彼に色々と助言を与えているのだが、その中には「スキュラという怪物のいるルートと、カリュブディスという怪物のいるルートと、どちらかを通らないと行けないけれど、スキュラのルートを通りなさい。カリュブディスのいる方に行ったら船を飲みこまれて全滅するけど、スキュラのいる方なら乗組員が六人食い殺されるだけですみます。全滅よりは六人を見殺しにした方がまし」という実にドライなものがあった。さすがに神様だけあって、人間主義(ヒューマニズム)などとは無縁で人命重視など考えもしない。惚れた男(オデュッセウス)以外はどうでもいいという態度が徹底している。
「…っていうかさぁ、サガ、キルケ様が来てから一週間くらいたつよな。その間、お前、ずっと一緒に風呂に入ってたわけ?」
 サガもキルケも体を洗ってくれないので、海綿に石鹸をつけてアイオロスは自分で自分の体を洗い始めた。
「入ってたぞ」
 それがどうかしたか、とでも言いたげにサガが答える。
「え?え?…公共浴場でじゃないよな?」
 聖域の居住区には公共浴場があって聖域の住民たちに利用されていることが多いが、男女は別になっているので、もし男風呂に入浴中のサガにキルケがくっついて来たりしたら、大変な騒ぎになって、当然アイオロスの耳にもその話が届いていただろう。
「公共浴場は使ってない。キルケが入るからといって他の利用者を追い出したら、皆の迷惑になるではないか」
「まず『彼女と一緒に風呂に入る』という前提から離れようよ!…え?じゃあ、ずっと私宅の風呂に入ってたのか?あそこは狭いだろ?それに水を汲んだり、湯を沸かしたりするの、大変じゃあ…」
 聖域は近代化がされておらず、栓をひねれば蛇口から水が出て、スイッチ一つでガスが湯を沸かしてくれるという便利生活には程遠い。個人が自分の家で入浴しようと思ったら、共同の水場から水を汲んで湯船にため、薪か石炭に火をつけて湯を沸かし、シャワーを浴びようと思ったら上のタンクに湯をあらかじめくみ上げねば、入浴は出来ないのであった。
「ああ、そういう作業は彼女は呪文一つでなんとでもなるから」
 アイオロスが想像したのは、キルケが手にした杖でぽんと湯船を叩くと、たちまちその中に水が沸いて湯になる風景だった。
「…神様って便利過ぎだろ…。しかし、あの狭い風呂場で一緒に…。で、入浴後は、いつも体に油を塗ってもらってたと…」
「そうだが」
「……」
 キルケがサガにぴったりと狭い風呂場で密着して入浴の世話をしている姿や、裸で横たわったサガの体に油を塗ってマッサージをしている姿の想像図は、アイオロスの心臓と胃には大変な負担となる光景だった。
「…え〜と、え〜と、サガさん?念のためにお聞きしますが、寝る時も一緒とか、ないよね?」
「一緒だが」
「一緒なのかよ!?」
 これまたさも当然のように答えたサガに、アイオロスが怒鳴るように突っ込む。
「え?だって、私の家には客間がないし、寝室もベッドを二つ入れられるほど広くないし、最初は私が居間の長椅子で寝ようとしたのだが、彼女が『睡眠はきちんととらないと』と言って、自分は寝る必要はないから適当に夜を過ごすとか言い出して、でもそれも彼女に悪いから、なら一緒でもいいかなって…」
「昔だって一緒に寝てたものね。あなたたちにはそれぞれ個室を用意したのに、寂しがって、本を読んで欲しいとか色々と言って私の部屋に来て…。そうでない時も、あなたたちって、どちらかがどちらかの寝台に潜りこんで、二人一緒に寝ることが多かったものね。カノンも生意気なことを言うくせに、そういうところは可愛げがあったわよねぇ」
 サガの肩に湯をかけてやりながら、キルケが懐かしそうに語る。
「…あー、あー、あー…」
 尋常でない母子の密着ぶりに、アイオロスは突っ込む気力もなくなって膝から崩れ落ちた。
 だがアイオロスの心臓と胃に悪い事態は、まだ続くのであった。

 キルケが聖域に滞在してから二週間ほどのち、彼女はアイオロスに教皇の間に呼び出された。
「用があるならそっちから来なさい」
 と、一悶着あったのだが、そこはサガが宥めて、彼女が教皇の間に足を運ぶことになった。
 どこかやつれた雰囲気のアイオロスは執務室の机の前に座り、キルケに言った。
「…キルケ様、別に家を用意させますので、サガと別居してください」
「あら、どうして?」
「これ以上おれの目の前でいちゃいちゃされると、おれの精神衛生に悪いんですよぉ!夕食を一緒にとるくらいはいいけど、お風呂に一緒に入るとか、一緒に寝るとか、もうやめてぇ!」
 泣き出しそうな顔でアイオロスが頼む。同席していたサガは、自分の言動に問題があるということには今一つ納得のいかない気分であったが、アイオロスに負担を与えているらしいことは素直に申し訳ないと思った。
「…あと、サガ、キルケ様に配給品を取らせに行かせたりしてるだろ」
「ああ、私が忙しくてなかなか足を運ぶ暇がないから…」
「それもやめさせてぇ!苦情が出てるんだよ!聖域の、ごっつい、日焼けしてたくましいおばさんたちに混じってキルケ様が配給品受け取りの列に並んでると、違和感が半端ないって!掃き溜めに鶴っていうか、高貴でセレブな貴婦人様がなんでこんな所にいるんだって、とにかく気になって仕方ないっていうか…。あと、配給係の連中がキルケ様の胸の谷間とか衣のスリットからのぞく足とかに目が行っちゃって、配給量をついつい間違えちゃうって…」
「…そう、なのか…?」
 別にキルケの胸や足なんて気にしなくてもいいのになぁとサガは思ったが、そう思うのは幼い頃から彼女と一緒にいて彼の感覚が麻痺しているせいである。
「それと、川辺で洗濯もされてるでしょ。それもやめてぇ!」
「どうして?」
「洗濯をしてる姿がめっちゃエロいって評判になっちゃってるんだよ!こう、裾をからげて、足で洗濯物を踏むでしょ!?その時にのぞき見える太ももがエロすぎるって!洗濯物を踏む動作がリズミカルで、それもエロいって!持ち場を離れてのぞきに行く雑兵たちが続出してるんだよ!ひどい奴なんか、その場でオカズにしちゃってるし…!」
「…オカズ?」
 その単語の意味がよく分からず、サガは首をひねった。
「とにかく、やめてぇ!洗濯物は聖域の洗濯婦に頼んでぇ!」
 さらにアイオロスは頭を抱えて執務机の表面の木目模様を眺めながら言った。
「…あと、女性陣から訴えがたくさん出てる…。旦那が色目を使われたとか、誘惑されたとか…何とかしてくれって…」
「はぁ?そんなこと、してないわよ。ここのもっさりした男どもなんか好みじゃないわ」
「分かってますよぉ…。分かってるんですよぉ!男たちの自意識過剰で女たちの被害妄想だってことはぁ!でも、あなたみたいな色っぽい美女にちょっと視線を向けられたり、微笑んで挨拶されたりするだけで、うちの男たちは舞い上がっちゃうんですよぉ!みんな女慣れしてないから!…お願い…もう少し言動に気を付けて…」
「禁止事項ばっかりねぇ。私はちっとも困ってないのだけれど」
 アイオロスからの数々の注意にキルケは不服そうにしていたが、サガが仲裁した。
「…まあ、皆の迷惑になっているようなので、ここはアイオロスに従いましょう、キルケ。空いている家は聖域にいくらでもありますし、私も引っ越しを手伝いますから」
「そう?じゃあ、この際だから、アイアイエから何人か侍女を呼んでいい?私の代わりに彼女たちに色々してもらうから。あと、いくつか道具類も運ばせたいわ」
「ええ。では出来るだけ広い家を探しましょうね」
「…そうして下さい。注意事項を守っていただければ、後は好きにしていいから…」
 しくしくと泣き出しそうな顔で、アイオロスはどこまでものほほんとしているサガとキルケに頼んだのだった。
 こうして聖域の住民がさらに増えることになったのである。

(続く)

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カノン「ところで、食用でないのなら、何でオデュッセウスの部下たちを豚に変えたんだ?」
キルケ「そりゃ愛玩用とか、生贄用とか、魔術の実験用とか、他の品々との交換用とか、用途は色々とあるから」
カノン「…それってやっぱり最終的にはお肉にされるんじゃないかーっ!」

キルケがオデュッセウスの部下たちに出したのは「キュケオーン」という、「チーズと小麦粉と黄色の蜂蜜とをプラムノスの葡萄酒で混ぜ合わせた」もので、古代ギリシャのお粥的なもの。ちなみに『イリアス』でもネストルとパトロクロスのために侍女が同じ物を作ってます。

『オデュッセイア』に見る主人公の入浴の様子。「(キルケの侍女は)水を運んで三脚の大釜の下で盛んに火を燃やす。水は熱せられ、やがて輝く青銅の釜の中で湯が沸くと、女は私を湯船に浸からせ、大釜から湯を汲んで、ほどよくぬるめた上で頭と肩に湯をかけ、心を萎えさす疲れを手足からすっかり抜くまで洗ってくれた。洗い終わってオリーブの油をたっぷり肌に塗ると、肌着と美しい上衣を着せてくれた」。
ちなみにこの時、彼の部下たちはまだ豚さんにされたまま豚小屋でぶーぶー鳴いてました!主人公と雑魚キャラの扱いのこの格差よ。
つーか、オデュッセウスの何がすごいって、行く先々で仲良くなる女が全員タイプが違うってところが、まさに見事な主人公特権。「『オデュッセイア』はギャルゲーに出来る」と言った人がいるけど至言だわ…。そりゃテュアナのアポロニオス(一世紀の実在の魔術師)に呼び出されたアキレウスの霊も「ホメロスはオデュッセウスびいきだから」って言うわけだ…。

『オデュッセイア』より、王女ナウシカアと侍女たちの洗濯の様子。「車から衣類を抱えて下ろし、黒ずんだ水に浸すと、互いに速さを競い合いながら石の窪みの中で衣類をせっせと踏みつける。やがて汚れをすっかり落として洗い終わると、浜の渚の、岸を打つ波に小石が洗われて特に汚れのない場所を選んで洗った衣類を並べて広げる」。ちなみにこの後は水浴びして、肌にオリーブ油を塗って、食事して、毬遊び。生き生きと美しい場面です。

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