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2017年12月06日16:38

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『太陽神の娘』第1話

 聖戦後復活設定で基本はロスサガ、作中季節は夏ごろ。
 いつもの私の話とはif設定で、キルケ母さんが聖域に押しかけてくる話。あんど裏設定の話とかギリシャ神話の蘊蓄とか。
 一般的に「太陽神の娘たち(ヘリアデス)」というのは、太陽神ヘリオスとクリュメネ(大洋神オケアノスの娘)の間に生まれた娘たちのことで、彼女たちは太陽の馬車を暴走させた弟パエトンの墜落死を嘆いてポプラの木となり、その涙が琥珀になった、という神話があります。キルケさんとは母が姉妹同士という異母姉妹の関係。
 双子たちのオリジナル子供時代設定は『雪解け』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3484101を参照。あとは『What is Love…?』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4552772とか。それと私の設定ではサガさんは双児宮には住んでません。その辺の生活の話は『6月のケシ』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4003454を参照。
 カノンがキルケさんに食われる話とか、サガが筆下ろしされるエロエロ18禁の話は別にやる予定。
 参考文献は『イリアス』『オデュッセイア』『神統記』『ホメーロスの諸神讃歌』『アルゴナウティカ』『変身物語』『祭暦』『エウリピデス悲劇集』『ギリシア詞華集』『ギリシア・ローマ神話事典』(高津春繁)『コステューム』(Truth in Fantasyシリーズ)。周囲に資料を積み上げつつ話を書いたのは久しぶり。でも蘊蓄を調べるのは面白かった。


『太陽神の娘』第1話

「やはり行くのか?」
 真紅のたてがみと鳥の翼を持つライオンが、そう人語を話した。
「ええ」
 館の女主人は、白く美しい足に光にきらめく黄金色のサンダルを履いた。
「このままここで待ち続けても、らちがあかないもの。こうなったら私自らが迎えに行きます」
 銀色に輝くヴェールを手に取り、それを頭にかぶって肩に巻きつける。陽光を集めたかのような豪奢で豊かな金髪がヴェールで覆われるが、それは太陽が月に変わったようなもので、彼女の美しさという点はいささかも布によって隠されてはいなかった。
「護衛にマルコキアスを連れていかなくていいのか?」
 英知をうかがせる深いエメラルド色の瞳に案ずるような光を浮かべてライオンが問う。
「騒動を起こすつもりはないわ。すぐに帰ってくるから、私が留守の間、館の管理をお願いね、ヴァピュラ」
 かつてソロモン王に仕えたという七十二柱の魔神の一人、「獅子公」と呼ばれる魔界の三十六の軍団を率いるという公爵、それがヴァピュラと呼ばれた有翼のライオンの正体だ。だが悪魔や堕天使と呼ばれる存在だからといって攻撃的な性格をしているわけではなく、手先の熟練を要する技術や哲学などの学問に造形が深い。この館の女主人からは膨大な書籍を集めた館の図書室の管理を任されていた。
「まー、もし戦闘になったらすぐ呼んでくれや。アテナとその聖闘士なら、戦う相手にとって不足はない」
 のんきそうにあくびをしながら物騒なことを言ったのは、戸口付近で寝そべる有翼の黒い狼だった。こちらもヴァピュラの同類で、三十の軍団を率いる魔界の侯爵マルコキアスである。性格はと言えばヴァピュラとは対照的に、「戦いこそが我が生きがい」とでもいう感じだ。
「…つーか、最近暇すぎだし…。バシレウス(王)の魔物討伐に一緒に行くか、さもなきゃ、いっそ契約を解除してくれよ。あー、暴れてぇ…」
 蛇の尻尾を不満そうにぶんぶんと振るい、マルコキアスが愚痴る。それでも彼が館の女主人との契約に応じているのは、奉仕の対価として神々のみに許された神食(アンブロシア)や神酒(ネクタル)を得られることで、莫大な魔力を手にすることが出来るからだった。
「では、行ってくるわね」
 戸口から外に歩み出た女主人は、数歩歩くと、ふっとその場から姿を消した。

 サガは夢を見ていた。
 夢の中で、さらに彼は夢を見ていた。
 だがその夢は突如として破れ、彼は目を覚ました。
「え…?」
 庭の片隅にある樫の大木の根元で、地面に布を敷き、サガはその上に横になっていた。優しく降り注ぐ日差しがぽかぽかと暖かい。
「私は…」
 上半身を起こす。周囲にあるのは、花壇と、手入れされた果樹と、菜園と、その向こう側に広がる緑の色濃い森と…。豊穣さを感じさせる美しい風景だが、それは乾燥してほこりっぽいギリシャの聖域の風景ではなかった。
「ここは…アイアイエの館…?」
 それは自分と双子の弟が幼い日々を過ごした、魔法の隠れ島にある女神の館の風景だった。
「どうして…」
「起きたの、サガ?」
 突如、傍から声が掛けられた。見上げると、そこには一人の女性がいた。金粉が飛び散るかのような華やかな黄金色の髪と、艶を帯びた海色の瞳と、真珠色の肌と、薄衣の上からでも分かる豊麗な肢体と…。
「キルケ…」
 自分たちを養い育てた美しい魔女が、そこには立っていた。
「どうしたの、変な顔をして。夢でも見たの?」
「…夢?」
「そうよ。何か変な夢でも見たのでしょう?」
 女神がとろけるように微笑む。
「夢…」
 サガは呟いた。
 では今まで見ていたのは…すべて夢だったのか?
 自分が聖域に行ったことも。聖闘士になったことも。友を得て、そして彼を裏切り、死なせたことも。自分が死に、神々の戦いがあり、そして蘇り…そのすべてが、ただの夢だったと…。
「ただの夢だったのよ、サガ」
 サガの顔を間近で見つめ、キルケが念押しする。黒目がちの深い海色の瞳を見ていると、その中に吸い込まれそうだった。瞳孔には、きらきらと金色の光がきらめき、彼女が人の身ではないことをサガに教える。
「さあ、お昼寝はそれまでにして、そろそろ館の中に戻りましょう。夕食の前に香料の抽出作業を手伝ってくれる?」
「あ、はい…」
 思わずサガは立ち上がり、彼女の後について歩き出した。
「あの、キルケ、カノンはどこに…?」
「カノン?」
 不思議そうにキルケが問い返す。
「それは誰?」
「誰って、私の双子の弟の…」
「まあ」
 くすくすと養母が笑う。
「ずいぶんと面白い夢を見ていたのね、サガ」
「…え?」
「あなたに双子の弟なんていないでしょう?」
 キルケの白い手がサガの頬を撫でる。
「あれも…夢?」
「そうよ。全部、ただの夢よ」
 言い聞かせるように、彼女が繰り返す。
「夢だったのよ、サガ」
「……」
 サガはしばらく目の前の女性を見つめ、
「嘘だ」
 と言った。
「夢などで、あるはずがない!」
 語気を強め、彼女の言葉を否定する。
 彼女から発せられる言葉がサガの思考を絡めとり、暗示にかけようとしている。そこに生じる違和感を、サガは感じ取った。
「お前は誰だ!?私の夢に侵入するなど…!」
「サガ…」
 女性の白く優雅な手首を、サガは強く握った。
「正体を現せ!」
 穏やかだったサガの夢の風景は、ガラスのように砕け散った。

「きゃあっ!」
 覚醒と同時にサガは身を起こした。夢の中でつかんだ相手の手首をさらに強く握り、逃がしてたまるかと引き寄せる。
「離して、サガ、痛い…!」
「……っ!?」
 目を開くと同時に視界に入った捕えた相手の容貌に、サガは愕然とした。
 豊かに結い上げた黄金の髪と、艶やかな海色の瞳と、真珠色の肌と、赤珊瑚のような唇と…誰よりもあでやかで、美しく、優雅だった、生き別れた愛しい養母が寝台の傍らにいたのだ。
 その姿に、サガはさらに怒りを駆られた。
「この…っ、どこの夢魔だ!?彼女の姿を騙るなど…!」
「違うわ、サガ」
 薄絹に包まれて豊かに盛り上がった乳房に、女がサガに捕まれていないもう一方の手を置く。
「私よ、サガ」
「……」
「キルケよ、分からない?」
 間近で見つめる彼女の瞳に、金色の輝きがきらめいた。太陽神ヘリオスを父に持つ彼女は、その血筋を引く後裔の証として、こうして瞳から黄金の輝きを放つのだ。 
「まさか…」
 半信半疑ながら、サガはつかんでいた手首の力を緩めた。
「キルケ…?本物の…?まさか…」
「サガ、迎えに来たのよ、あなたを」
 サガが手首を解放すると、彼女はそのままサガの首筋に抱きついて彼の頭を柔らかな胸の中に抱きしめた。
「ああ、大きくなったのね、サガ…会いたかったわ…」
「キルケ…」
「会いたかったわ、私の愛しい息子…。本当にあなたなのね…」
「キルケ…母さん…!」
 サガもとうとう、彼女のしなやかな背を抱き寄せた。サガの顔にキルケが何度も再会の喜びを表してキスをする。
「でもどうして、あなたが聖域に…?」
「言ったでしょう、あなたを迎えに来たと…」
 サガの顔を間近でのぞき込み、瞳に涙を浮かべて彼女が告げる。
「あなたがどうしてもアイアイエの館に戻ってこないから…私から迎えに来ることにしたのよ」
「…キルケ…」
「本当はカノンも連れ戻したかった…。でもあの子は私を嫌っているわ…。それにポセイドンの領域である海界に無断に侵入して海将軍を連れ去っては、ポセイドンの怒りを買うことになる…。アテナとポセイドンの両神を敵に回すなど、私にはとてもできない。だからせめて、サガ、あなただけでもと…。それなのに、まさかあなたが私の術を破るなんて…!」
「キルケ…」
 サガはため息と苦笑を同時に吐き出した。
「今までの出来事を、すべて夢になど出来ません。確かに、聖域に来てからの私の生には苦しく辛いことが多かった。悪の心に操られて、友を、同胞たちを裏切り、殺し、僭主として己を仮面で偽り、正道から外れた道を歩み…すべてがただの悪夢であったならと思うこともありました。でも、それ以上に喜びも、幸せもあったのです。生まれて初めて友ができて、生きる意味を知り、人々のために尽くし、感謝と尊敬を捧げられ…それら数々のことをすべて夢まぼろしにして幻想の中に引き籠るなど…到底出来るわけがない。まして、血を分けた、あれほどに憎しみ合い、愛し合った双子の弟のことを、なかったことにするなど…!」
「サガ…」
「無理ですよ、キルケ」
「…ええ、そうね。サガ、あなたは、大きくなったのね」
 それは単に肉体の成長と意味していたのではない。キルケの暗示と魔術をうちやぶったのは、精神操作の技を持つ聖闘士としてサガの成長をも意味していた。
「でも…。それでは、改めてお願いするわ。サガ、私とともにアイアイエの島に戻ってちょうだい。あの頃のように、あなたと暮らしたいの」
 改めてサガの体をかき抱き、キルケが嘆願する。
「それは出来ません。私は、聖闘士として生きる、その責務を全うすると、己に誓ったのです。あなたのことはとても好きだけれど…」
 キルケの額に、サガがキスを落す。
「もう…なにも知らなかった子供のころには戻れないのです、キルケ」
「サガ…」
「さあ、誰かに見つかる前に、聖域を離れてアイアイエに戻ってください」
「いやよ!」
 抱き締めたサガの背にキルケが爪を立てる。
「いやよ、絶対に離れないわ!もうあなたを失いたくない…!」
「キルケ…わがままを言わないで」
「いや…!絶対にいやよ…!」
 別れを拒む養母を、サガは宥め続けた。やがて彼女が顔を上げた。
「…決めたわ。ならば私も聖域に残ります」
「え…?」
「ここに留まって、あなたと暮らして、あなたの世話をします」
「え?」
 え〜と、と、サガが思案を巡らす。
「え…と、キルケ?聖域は一応、アテナの領域でして、ここに住むということはアテナの配下になるということで…」
「馬鹿を言わないで。あの女に味方など、するものですか」
「え、では…」
「なんでもいいの!とにかく、ここに残ります!親兄弟に何を言われようと、勘当されようと、もう絶対にお前から離れません!」
「え?え?え?」
 はてなマークを頭の周囲に飛ばしたサガは、やがて驚きの声を高く上げた。
「えええええーっ!?」
 こうして聖域の住人が一人増えた。
 
(続く)

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「アイアイエ」は「嘆きの声」を意味し、この島が死の島であることを暗示しています。

キルケさんの衣装、『オデュッセイア』によれば「銀色に輝く薄手の優美な衣装を身にまとい、腰には黄金の帯を締めて、頭にはヴェールをかぶった」とあります。「黄金の沓履く」というのは女神ヘラやその娘ヘベの枕詞。ちなみに女神テティスは「白銀の沓履く」で、さすがに女神様の衣装はきんきらきんなもののようです。

これまで設定はあったものの出す機会がなかった、キルケのもう一人の使い魔ヴァピュラがやっとご登場。
どうしてマルコキアスとヴァピュラをキルケの使い魔に選んだかというと、『オデュッセイア』で「屋敷の周りには山に棲む狼や獅子がいたが、これはキルケが恐ろしい薬を盛り、魔法によって獣に姿を変えた者たちだった」とあるから。なので、狼の姿をしたマルコキアスと、獅子の姿をしたヴァピュラをチョイス。で、昔の人間が彼らが獣の姿になったり人間の姿になったりするのを見て、「ぎゃー!魔女の魔法で人間が獣の姿に変えられてるーっ!」と勘違いしたというのが裏設定です。ヴァピュラはキルケの館の図書室の管理をしていると書きましたが、この図書室、外観は館の一角にある小部屋ですが、扉を開けるとどーんと異空間に繋がっていて無茶苦茶広くて蔵書も豊富。荒事は得意でないので、ヴァピュラはここからテキストを選んで主に幼少期の双子たちの勉強を見てました。

キルケさんの瞳について。アポロニオス『アルゴナウティカ』より「ヘリオスの一族は皆、目のきらめきで、さながら黄金の光をはるか前方に放つ」のだそうです。…目からビームでも出るんかいな?

神々と涙について。ギリシア・ローマ神話では「神は涙を流さない」という通念があります。エウリピデスの『ヒッポリュトス』でアルテミスが「人間ならぬ身には涙を見せることは許されない」と言ったり、オウィディウスの『変身物語』でコロニスの死を嘆くアポロンが「神は胸の底から呻きを漏らした。天上の神々は涙で頬を濡らすことが許されないからだ」としたりしてます。その一方でオウィディウスの『祭暦』では人間の老婆に化けたデメテルが「涙のように透き通った温かい滴を膝の上にこぼした」りしたり、『変身物語』で暁女神アウロラが我が子メムノンの死に「涙ながらにユピテルに訴えた」「今なお我が子を思うゆえ涙を流し、全世界を朝露で濡らしている」とあったりします。通念としては神は涙を流さないとしてるけど、文学的修辞としては泣いた方が絵になることもあるよね、ということらしい。

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