「へい、お待ち」
そういって最後に現れたのは締めの穴子だ。
「やっぱり、ここの穴子は美味しいねぇ」
肉厚の穴子が口の中で一杯に広がり、特製ダレが余韻を残す。
「実は大将、今日でここのお寿司を食べるのは最後になりそうなんだ」
「え、どうしたんですか?」
「実はね、転勤で東京に行かないといけないんですよ。それでね、最後の別れにと思いまして、ここに来させて貰ったんですよ」
「そうだったんですね……実はね、うちもこの回転寿司を止めることになったんです」
大将は寂しそうに顔を沈めながら答える。前歯の一本である銀歯の光もどことなく薄い。
「時代の流れかねぇ……この機械もガタが来ていてね、うちのような個人店は廃れていく一方なんですよ」
◆◆◆
地元の寿司屋・『ニコニコ寿司』に訪れたのは15年前だった。
会社の先輩の紹介で店に入ると、そこは個人店らしくこじんまりとした寿司屋だった。
回転寿司の中心にいる親父さんに直接ネタを頼むことができ、味も鮮度も、値段も安く、休みの前日にはよく訪れていた。
「親父さん、今日も好きに握って下さい」
「あいよ。じゃあいつも通り、白身からいこうかね」
最初は好きなものばかり頼んでいたが、そのうち飽きてしまい、親父さんのお勧めの食べ方で頼むようになってしまった。
白身の鯛、触感の残る赤貝などを前菜とし、そのうちカンパチ、イクラなどその時に応じた新鮮な魚介類を楽しませてくれる。
回転寿司にいながらも、何が送られてくるかわからないその食べ方に魅了されていた。
「今日の蛸は生きがいいですよ。次は何を握ろうかねぇ」
楽しそうに大将は食材を吟味していく。機材で彼の姿は見えないが、声の口調でその仕事ぶりに誇りを持っているのはわかる。
「へい、お待ち」
そういって現れたのは甘海老だった。ぷりぷりした柔らかさとほどよい触感が仕事の疲れを癒していく。
「大将、そろそろ最後の締め、お願いね」
「あいよ」
◆◆◆
「へい、お待ち」
そういって出されたのは特上の穴子だった。いつも通り、巨大のネタに圧倒されながらも一口で頂く。
「旨い、やっぱり旨いねぇ」
最後の穴子が今まで味わってきた寿司達を蘇らせていく。全てが一連の流れで繋がっており、親父さんとの思い出まで浮かんでいく。
修行中、嫌がらせで寿司の米粒まで数えさせられたこと。近くのラーメン屋が好きで食べ過ぎて糖尿病になってしまったこと、息子を修行に出したら、フランスに留学してしまったこと。
たくさんの思い出が特製ダレと共に余韻を残していく。
「ありがとう、親父さん。今日も美味しかったよ」
「こちらこそ、ご贔屓にして下さってありがとうございます。またどこかでお会いできたら嬉しいね」
◆◆◆
5年後、久々の帰郷にふらっと店の近くを立ち寄ると、そこには名前の違う寿司屋が出来ていた。
「へい、いらっしゃい」
立ち寄ると、色の黒い若い男がカウンターを背に寿司を握っていた。
「お兄さん、適当に握ってよ」
「あいよ」
そういって彼の創作寿司を食べていく。洋風な寿司に驚きながらも、大将のものには及ばないなと感じてしまう。
最後の締めに出てきたのは特上の穴子だった。タレの味に驚愕し、彼を見るとどことなく面影があった。
「お兄さん、もしかして……」
「ああ、いらっしゃい」
カウンターの裏から出てきたのはあの親父さんだった。
「実はねぇ、店を畳もうと思ったら息子が店をやるっていってね、機械もなくなっちまったし、カウンターにさせて貰ったんですよ」
そういって親父さんは銀歯を見せて笑った。
「こいつもまだまだですが、よかったらまた来て下さいね」
……回転するのは寿司だけじゃないな。
隣にいる息子まで金歯を出して笑っているのを見て、私は心まで腹一杯になっていた。
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