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2017年01月27日13:35

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お題62『寿司』 タイトル『回転頭師(かいてんずし)』

「へい、お待ち」

 そういって最後に現れたのは締めの穴子だ。

「やっぱり、ここの穴子は美味しいねぇ」

 肉厚の穴子が口の中で一杯に広がり、特製ダレが余韻を残す。

「実は大将、今日でここのお寿司を食べるのは最後になりそうなんだ」

「え、どうしたんですか?」

「実はね、転勤で東京に行かないといけないんですよ。それでね、最後の別れにと思いまして、ここに来させて貰ったんですよ」

「そうだったんですね……実はね、うちもこの回転寿司を止めることになったんです」
 
 大将は寂しそうに顔を沈めながら答える。前歯の一本である銀歯の光もどことなく薄い。

「時代の流れかねぇ……この機械もガタが来ていてね、うちのような個人店は廃れていく一方なんですよ」


 ◆◆◆


 地元の寿司屋・『ニコニコ寿司』に訪れたのは15年前だった。

 会社の先輩の紹介で店に入ると、そこは個人店らしくこじんまりとした寿司屋だった。

 回転寿司の中心にいる親父さんに直接ネタを頼むことができ、味も鮮度も、値段も安く、休みの前日にはよく訪れていた。

「親父さん、今日も好きに握って下さい」

「あいよ。じゃあいつも通り、白身からいこうかね」

 最初は好きなものばかり頼んでいたが、そのうち飽きてしまい、親父さんのお勧めの食べ方で頼むようになってしまった。

 白身の鯛、触感の残る赤貝などを前菜とし、そのうちカンパチ、イクラなどその時に応じた新鮮な魚介類を楽しませてくれる。

 回転寿司にいながらも、何が送られてくるかわからないその食べ方に魅了されていた。

「今日の蛸は生きがいいですよ。次は何を握ろうかねぇ」

 楽しそうに大将は食材を吟味していく。機材で彼の姿は見えないが、声の口調でその仕事ぶりに誇りを持っているのはわかる。

「へい、お待ち」

 そういって現れたのは甘海老だった。ぷりぷりした柔らかさとほどよい触感が仕事の疲れを癒していく。

「大将、そろそろ最後の締め、お願いね」

「あいよ」

 ◆◆◆

「へい、お待ち」

 そういって出されたのは特上の穴子だった。いつも通り、巨大のネタに圧倒されながらも一口で頂く。

「旨い、やっぱり旨いねぇ」

 最後の穴子が今まで味わってきた寿司達を蘇らせていく。全てが一連の流れで繋がっており、親父さんとの思い出まで浮かんでいく。

 修行中、嫌がらせで寿司の米粒まで数えさせられたこと。近くのラーメン屋が好きで食べ過ぎて糖尿病になってしまったこと、息子を修行に出したら、フランスに留学してしまったこと。

 たくさんの思い出が特製ダレと共に余韻を残していく。

「ありがとう、親父さん。今日も美味しかったよ」

「こちらこそ、ご贔屓にして下さってありがとうございます。またどこかでお会いできたら嬉しいね」

 ◆◆◆

 5年後、久々の帰郷にふらっと店の近くを立ち寄ると、そこには名前の違う寿司屋が出来ていた。

「へい、いらっしゃい」

 立ち寄ると、色の黒い若い男がカウンターを背に寿司を握っていた。

「お兄さん、適当に握ってよ」
 
「あいよ」

 そういって彼の創作寿司を食べていく。洋風な寿司に驚きながらも、大将のものには及ばないなと感じてしまう。

 最後の締めに出てきたのは特上の穴子だった。タレの味に驚愕し、彼を見るとどことなく面影があった。

「お兄さん、もしかして……」

「ああ、いらっしゃい」

 カウンターの裏から出てきたのはあの親父さんだった。

「実はねぇ、店を畳もうと思ったら息子が店をやるっていってね、機械もなくなっちまったし、カウンターにさせて貰ったんですよ」

 そういって親父さんは銀歯を見せて笑った。

「こいつもまだまだですが、よかったらまた来て下さいね」

 ……回転するのは寿司だけじゃないな。

 隣にいる息子まで金歯を出して笑っているのを見て、私は心まで腹一杯になっていた。
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