「刑事さん、どうしたんだ? こんな夜に」
蘇鉄は目の前の女性に声を掛けた。桃子を助けてくれた刑事が一人で自宅に来ている。
「お話しておきたいことがありまして、寄らせて貰いました」
「そうかい。上がっていくかい?」
刑事は首を振った。
「いえ大したことじゃありません。先日尋ねた場所が判明したので連絡に参っただけです。実はあの建物、京都ではなく奈良にあったみたいです」
「そうか、それはよかった。ということは桃子ちゃんはそこに着いたのか」
「そうみたいです」刑事はそういってゆっくりと頭を下げた。「この間は本当にすいませんでした。まさか商談中だったのではないですか?」
「……まさか。うちと取引しようと思っている会社なんてないよ」蘇鉄は大きく手をひらひらさせた。「うちの仕事は落ちる一方だ。跡継ぎも消えちまったし俺の代で止めようと思ってる」
「そうですか……」
刑事は再び頭を下げた。
「それでは失礼します」
「えっ? まさか、わざわざそれを伝えるために来てくれたのか?」
「そうですが。いけませんでした?」目の前の女性刑事は目を丸くしている。
蘇鉄は呆気にとられた。事件には何一つ関係ないし、それを伝えた所でこの刑事には何の利点もない。
「場所は室生寺という所らしいです」刑事はその場所の名称を告げ始めた。「もし興味があれば是非行って見て下さい。楓さんは夏鳥さんのお友達でもあるんですよね?」
「ああ、そうだが……」蘇鉄は訝りながら彼女を見た。「でもどうして俺にそれを伝えに来たんだ? 刑事さんには何のメリットもないだろう?」
「確かに私にはメリットはありません。でも夏鳥さんのことを考えた時、伝えておいた方がいいかなと思いまして」
「どうしてわざわざ俺のことを?」
「あなたも事件の被害者だからです」刑事は淡々と続けた。「事件は物理的なものだけではありません。それよりも大事なのは感情です。この事件に関わった人は全て何かしらの闇を抱えています。私はそれも踏まえて解決したいと考えています」
蘇鉄の眼には大きな雫が溜まっていた。この刑事は自分のことまで考えてくれているのだ。そう思うだけで溢れる感情が止まらない。
「す、すまない……」
涙を拭い刑事を見た。冷淡な顔をしているが胸の内は熱い。彼女がいれば桃子はもう安心だ。
「ありがとう。あんたがうちの息子を担当してくれてよかったよ……」蘇鉄は目頭を抑えながらいった。「俺がいうべきじゃないが、どうかこれからも多くの人を助けて欲しい。刑事さんがいたから救われる命があるんだ。本当に俺はあんたに感謝してる」
刑事は顔を真っ赤にしてかぶりを振った。
「そ、そこまで大したことはしていませんが……。できるだけ善処します、これからも。それでは失礼します」
刑事は振り返らずそのまま走り去るようにして出て行った。春の時に抱いたイメージとはかけ離れており、彼女に人の温もりを感じた。
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