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2016年08月07日18:15

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『瞬花終灯(しゅんかしゅうとう)』 第三章『楓の終幕』 蘇鉄視点 番外編

「刑事さん、どうしたんだ? こんな夜に」

 蘇鉄は目の前の女性に声を掛けた。桃子を助けてくれた刑事が一人で自宅に来ている。

「お話しておきたいことがありまして、寄らせて貰いました」

「そうかい。上がっていくかい?」

 刑事は首を振った。

「いえ大したことじゃありません。先日尋ねた場所が判明したので連絡に参っただけです。実はあの建物、京都ではなく奈良にあったみたいです」

「そうか、それはよかった。ということは桃子ちゃんはそこに着いたのか」

「そうみたいです」刑事はそういってゆっくりと頭を下げた。「この間は本当にすいませんでした。まさか商談中だったのではないですか?」

「……まさか。うちと取引しようと思っている会社なんてないよ」蘇鉄は大きく手をひらひらさせた。「うちの仕事は落ちる一方だ。跡継ぎも消えちまったし俺の代で止めようと思ってる」

「そうですか……」

 刑事は再び頭を下げた。

「それでは失礼します」

「えっ? まさか、わざわざそれを伝えるために来てくれたのか?」

「そうですが。いけませんでした?」目の前の女性刑事は目を丸くしている。

 蘇鉄は呆気にとられた。事件には何一つ関係ないし、それを伝えた所でこの刑事には何の利点もない。

「場所は室生寺という所らしいです」刑事はその場所の名称を告げ始めた。「もし興味があれば是非行って見て下さい。楓さんは夏鳥さんのお友達でもあるんですよね?」

「ああ、そうだが……」蘇鉄は訝りながら彼女を見た。「でもどうして俺にそれを伝えに来たんだ? 刑事さんには何のメリットもないだろう?」

「確かに私にはメリットはありません。でも夏鳥さんのことを考えた時、伝えておいた方がいいかなと思いまして」

「どうしてわざわざ俺のことを?」

「あなたも事件の被害者だからです」刑事は淡々と続けた。「事件は物理的なものだけではありません。それよりも大事なのは感情です。この事件に関わった人は全て何かしらの闇を抱えています。私はそれも踏まえて解決したいと考えています」

 蘇鉄の眼には大きな雫が溜まっていた。この刑事は自分のことまで考えてくれているのだ。そう思うだけで溢れる感情が止まらない。

「す、すまない……」

 涙を拭い刑事を見た。冷淡な顔をしているが胸の内は熱い。彼女がいれば桃子はもう安心だ。

「ありがとう。あんたがうちの息子を担当してくれてよかったよ……」蘇鉄は目頭を抑えながらいった。「俺がいうべきじゃないが、どうかこれからも多くの人を助けて欲しい。刑事さんがいたから救われる命があるんだ。本当に俺はあんたに感謝してる」

 刑事は顔を真っ赤にしてかぶりを振った。

「そ、そこまで大したことはしていませんが……。できるだけ善処します、これからも。それでは失礼します」

 刑事は振り返らずそのまま走り去るようにして出て行った。春の時に抱いたイメージとはかけ離れており、彼女に人の温もりを感じた。





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