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2016年08月03日20:42

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存在しないわけざんすね

さて先日の記事の続き

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けだし「霊的な道を歩もう」とする者にとっては、さて「日常生活」とどのように折り合いをつけるのか?・・・というのは、誰しもが直面する命題でもある。


かくして「師匠らしく?」ちょっと偉そうな訓戒というかお話をして彼女を送り出したわけであるが、その内容は他でもないこの私自身もまた同じように常に直面している、抜き差しならぬ命題への見解なのでもある。

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私は彼女(6番弟子)のように、10代半ばからこの世界に興味を持っていたわけではなく、29歳で初めてのインド旅に出たとき(どうやら彼女の生まれた年のようだ・・笑)に、リシケシでヨーガの師匠に弟子入りしてしまい、また先日書いたように「アムリタハウス」に集積されていた日本語書籍から「ラマナ・マハルシ」「アルナーチャラ」を知ったわけだが、

実はラマナよりもジッドウ・クリシュナムルティの「日記」を読んで、うううううむむむむ・・・と唸ってしまった、のがきっかけと言えるのだろう。


もっとも母が某巨大新興宗教団体S○△会の信者なので、中学〜高校の時分にはそれなりの影響を受け、「布教活動」に従事したりもしていたのではあるが(笑)


この団体の教義はさておくとして(日蓮さんの「ネオ・バクティ」には感嘆せざるを得ないし・・)、やはり残念ながら「この集まりから抜けると地獄に堕ちる」云々という、「恐怖と不安」で脱会を阻止する仕組みで信者たちを拘束する「カルト的」要素が濃厚であることは否めない。


こういうような「恐怖と不安」をネタにした刷り込みというのはかなり根深いものなのだ・・・仮に何とか阻止を振り切って脱会したとしても、そもそも「恐怖と不安」なるものは常に教団の都合とは無関係に存在し、信仰にすがろうが無神論に徹しようがそうそう簡単に払拭できるものではない。

だから何か不運な出来事に遭遇すると、そんなことは人生においていくらでもあるはずなのに、「これはあの団体の教えに背いたからではないか?」・・という疑心暗鬼に苛まれてしまうのである。


その疑心暗鬼に苛まれることに精魂尽き果てると、「何か別の『頼れる・安心できる』ものを探し、それにすがりたい」と必死になってしまい、結局またまた「似たような新興宗教・カルト集団」にからめ取られてしまう・・・ケースは少なくないようだ。



私が完全にその団体の「心理的束縛」という重力圏を振り切って「精神的自由」へと脱却できたのは、まさしくジッドウ・クリシュナムルティが語る一連の教えというよりむしろ「公案」?に、「気が狂いそう」になりながらも対峙・通過できた・・・からなのである。

そのような前段階があってようやく、ラマナ=アルナーチャラの「比類無き臨在と恩寵」にまみえることになったのだが・・・・



・・・おっと、話が逸れてしまった(笑)。

ええと、そんな具合でいわゆる「霊性の道」というこの業界に足を踏み入れていく・・ことになるのであるが、しかしどう考えても「そもそも全く『堅気』の生活者ではない」人生を当初から歩んでいる?・・のである。

まあせいぜい「高校を卒業して海上自衛隊へ入る」までは、それほど特殊な人生経路ではなかった・・かもしれない(ただし変梃な少年?ではあった・・現代だったら間違いなく「いじめ」の標的にされただろう)。


もっとも「海上自衛隊」というものに、どこか非日常的な冒険世界を夢想していたのは事実である・・少年時代から旧海軍及び艦艇が好きだったしねえ(当時「艦これ」ゲームがあったら確実にハマっていただろう・・笑)。


しかしながら実際は普通の世界、単に「職業集団」なのである。もちろん「潜水艦乗務員」というのは極めて特殊な任務ではあろうが、あくまでそれは「職種」の一つであり、特別職国家公務員という身分で俸給を得ていたわけである。

海洋小説的ロマンチズム溢れる「非日常的冒険」なんぞはどこにもないわけですなあ・・・。



そしてその職業を辞めて以降というものは、以来35年にわたって私は「正規雇用」の労働者になったことは一度もない。


その後は主に「内装屋さんの現場作業のお手伝い」がメインである派遣会社に所属して働いてきた・・・バブル時代にはそこで随分と稼がせてもらい(忙しい時期には月収50万強だったざんす)、最初及び初期の頃の「インド行きの資金」もそれで楽々と賄えたわけだし、あれこれと楽しい局面もあったのだが、しかしやはりあくまでアルバイトの身分である・・どこにも「生活の安定の為の保証」なんてものはない。



一応中学・高校時代からの「演劇青年」だった私は、パフォーマーとして大成したい!!というビジョンを夢見て「堅気」の職業に就労するのを否定し続けてきた・・訳なのである。

その夢が30歳を目前にして「現実という壁」にぶつかってにっちもさっちも行かなくなって、そのようなジレンマをどうにか打破したい・・と焦り苦しんでいた時に、不意に「インドへの旅」という新しい地平が突如開かれてしまい、いざ蛮勇を奮って出発した私は・・そこで全く人生行路がひっくり返ってしまったのだ(笑)



そして現在私は55歳である・・・これまでに「堅気の道」を選択する機会はもちろん何度かあった。


例えば「生活の安定」の為に、そもそも高校卒業時に地元に就職していたら?・・・


例えば「生活の安定」の為に、そのまま海上自衛隊に残っていたら?・・・


例えば「生活の安定」の為に、インドには出かけずにその派遣会社や内装業者さんの会社に、「正規雇用の社員」として就職していたら?・・・

(現にあれこれお声が掛かったし、一緒にアルバイトをやっていた仲間がそういう道を選んでいったりもした)



・・・さあて、今頃は老いたる親と妻子と共に普通の生活を営む「平凡な中高年」の一人だったかもしれない、のですなあ。

もしかしたら老母の介護に悩み・住宅ローンを抱え・リストラや倒産に怯えつつ中間管理職の責任に追われ・子供は親父を忌避しているかも?・女房も最近相手にしてくれないかも?

・・なんて具合でストレスに晒されてたばこは止められず、メタボや生活習慣病のリスクを機にしながらも特に運動もせず、おなかが出てきて体重が増えて、健康診断の数値に一喜一憂し・・・。



そして悩み多き毎日を送りながらも、ささやかな趣味道楽で息抜きをしていたところ(やはり「美代ちゃん」なのかも?・・笑)、ある時ふと何かのきっかけで「インドへの興味」が(再び)沸き上がり、

そのうちに「ラマナ・マハルシ」を知ることとなって、なぜかは分からないがその存在に強烈に惹かれてしまい、「アルナーチャラ」へ行ってみたい、どこかで「巡礼ツアー」はやっているのか?あるいは個人で行けるものなのだろうか?・・云々と調べ始める。


かくしてあれこれとネット検索をするのだが、やがて・・・

うん? あれれ・・しかしその場合は「ラマナ・マハルシの臨在」サイトは存在しない・・わけざんすね。


だから私は堅気の生活者にならなくて良かったのだ、わはははは・・・・・!!!!!



次回に続く

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