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2016年06月26日23:06

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誠実と力強さ 『スポットライト/世紀のスクープ』

誠実な映画。
本作の内容を一言であらわすならばそれへとつきる。

今年アカデミー作品賞を獲得した本作は、
聖書を物事の規範に置く米国のタブーへ挑む作品だ。*1

カトリックの神父が長年に渡り児童へ性的虐待を行い、教会が保護・隠蔽した事件。*2
60年代、児童虐待を引き起し、未来で真実を暴露されてしまうゲーガン神父。
その神父が教会の介入で罪を不問にされ、釈放される場面から開幕する。

教会の組織ぐるみの隠蔽は、約40年後、ボストン・グローブ編集局長、
マーティ(リーヴ・シュレイバー)の赴任で日の目を見る。

ボストンはアイルランド移民の街で厳格な信仰の都だ。
小説や映画でもよく取り上げられる。*3
ゆえ事件の衝撃は想像できるだろう。

年少時代、御使いの神父に関係を強要され、
信仰の街で秘密を抱え、悲劇の人生を送る人々。
スポットライトチームのマイク(マーク・ラファロ)、
ロビー(マイケル・キートン)、
サーシャ(レイチェル・マクアダムズ)らは凄惨の過去へ取材を通じ向き合う。

驚き、怒り、また悲しみ。ときには自分たちの当時の視座の欠如に後悔する。*4
本作は美点は、取材過程を劇的にはせず、抑制をもって力強く追跡する部分だ。

スポットライトチームは社会正義を行う。
だがスクープをぬきたい欲求が記者にはある。
人々が好奇を求め、抱く「俗」。
でも「真実」のためにギリギリまで「俗」を抑え裏付けを取る誠実。
その選択が映画の価値を1つ上へ押し上げる。


※1 欧米にとって聖書は道徳、倫理の規範だ。そもそも民主主義や各国の近代法律の下地は聖書を原点にしている(戦後憲法や法律を持つ日本も例外ではない)。ゆえ欧米のリーダーは聖書に手を置き宣誓し、キリスト教的な価値観が神聖視され続ける。本作の事件はいってみるなら、その本家本元が隠す「背信」だ。これは衝撃だろう。

※2 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%81%AE%E6%80%A7%E7%9A%84%E8%99%90%E5%BE%85%E4%BA%8B%E4%BB%B6。 この事件は以前の教皇ベネディクト16世の退位にも影響した。それだけ巨大な問題であった。

※ たとえば、ホーソーン、パーカー、ルヘイン、そのルヘインが原作で本作と似た構図の「ミスティック・リバー」などには、所々でアイルランド移民やキリスト教的背景を持つ共同体や価値観が登場する。

※ 過去に、同時に真実を解明する重要な要素となったフィル・サヴィアーノ(ニール・ハフ)の情報へと、当時、ロビーは真剣に向き合わなかった。ボストン・グローブが早く事件を追及していたなら被害拡大をふせげたかもしれない。そう、ロビーは語り反省する。その自分らの無関心さを自責する場面が、本作のすぐれたバランス感覚だ。
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