共和党大統領候補のドナルド・トランプは言う。
『進撃の巨人』のごとく「アメリカとメキシコの国境に壁を作る」と――。
現実性と実現性はさておき、これには理由が存在する。
メキシコから不法移民と一緒に流入する麻薬、
犯罪組織(カルテル)は近年のアメリカの巨大な問題だ。*1
このなかでも麻薬汚染は国家をむしばむ重要な危機。
本作は、その最前線、国境の街のフアレスで、
メイサー(エミリー・ブラント)が見る灰色の世界だ。
本土では絶対ゆるされない法律に抵触する捜査。
警告なしでの銃撃。拷問。脅迫。
メイサーは精神を擦り減らし、真実を告白しようとする。
だが、だがそれでも、国境では、灰色の選択と判断がなければ麻薬の根絶はできず、
しいてはアメリカの対岸を守り切ることなどできない。
その灰色の象徴が、作品の最後で正体を現す、
アレハンドロ(ベニチオ・デル=トロ)。
いってみればアメリカは彼の正体を飲み下し、
毒を持って毒を制する。*2
それが正しいか? そうでないか? 判断は観客にゆだねられる。
シリアスな物事をあつかうため描写は現実に着地している。
銃撃戦の重厚感や、
ヒリヒリした交渉の空気。
一瞬の判断。冷徹・冷酷。
映画に重さを求めるヒトにぴったりな作風だ。
本作が唯一“物語”と化す強い瞬間は、アレハンドロの復讐の美化かもしれない。
その復讐のロマンチックな“肯定”に物語だというのを感覚するのだ。*3
※1 中米、南米から来訪した不法移民と犯罪組織の問題は複雑だ。下地は70年代〜80年代へさかのぼる。たとえば貧困や富を求め北米に渡る若者が、家族に仕送りを行う必要にせまられ麻薬の運び屋を担う。また、その犯罪で成功した一部が北米へ拠点を作り、不法移民の犯罪を支援するのだ。家族の結び付きの強い南米の習慣が、善良な知り合いを犯罪に引き込む例も多い。とはいえ、そのヒスパニックらは、もうアメリカの労働と消費を担う貴重な大衆だ。いろいろとむずかしい。
※2 映画は「麻薬組織を対立させ牽制をさせる」北米が現実にとった作戦を下敷にしている。アレハンドロは過去、その麻薬取引の均衡を保つカルテルのメンバーの1人だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3%E9%BA%BB%E8%96%AC%E6%88%A6%E4%BA%89
※3 現実に強く着地した本作で、アレハンドロの復讐は美化されすぎ「ヒーロー」にしたてあげてしまう。そこには、本来、「肯定をしきれない復讐」へとたいする罪と罰がないのだ。ゆえ“物語”じみているのである。
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