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2016年06月12日19:27

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『瞬花終灯(しゅんかしゅうとう)』  第3章『楓の終幕』  PART3

  5.

 蘇鉄の家に行ってから一週間後、リリーは再び桃子と晩御飯を食べていた。最近残業がないため、彼女とゆっくり過ごすことができているが、彼女の方は何かせわしなく動いている。

「リリーさん、お話があります」桃子は味噌汁を注ぎながらいった。「実は来週に京都に行ってみようと思っているんです。やっぱりこのままでは納得がいかなくて」

「……そっか」リリーは受け取った味噌汁を啜りながら頷いた。「手がかりを得たのね。どれくらい行くの?」

「二泊三日で行こうと思ってます。実はインターネットで検索して場所が特定できたんです」

「えっ、ほんとに? よかったね」

「実はお母さんの日記に国宝を扱っていたということが書いてあったんです。それで検索した所、京都には二つの国宝の塔があるんです。東寺と海住山寺というものです。お父さんが関わったのは海住山寺という五重塔だとわかりました」

「そっか、凄いね。桃子ちゃん」

「いいえ、そんなことないですよ」

 そうはいうが彼女の顔には満面の笑みがある。

「それでですね、一日目に海住山寺。二日目にもう一つの五重塔、東寺。三日目に清水寺の紅葉を見に行こうと思ってます」

 五重塔の写真を改めて眺める。ほとんどが真っ黒に塗り潰されているが、その中に見覚えがある花があった。四十九日の時、桃子の家でみたサツキに似た花がちらほら咲いている。

「ついでに紅葉も見てくるのね。羨ましいなあ」

 ……今度は嘘じゃない、本当の気持ちだ。
 屋久島の時は気のない返事をしてしまったが今では本当に行ってみたいと思っている。

「この間休みをとってもらったのでこれ以上迷惑は掛けれません。リリーさんのように記念に残る写真を撮ってきますよ。なので、三日間は家事ができないんですが……大丈夫ですかね?」

「桃子ちゃんの手料理が食べられないのは残念だけど、我慢するよ。連休貰えたの?」
 椿の店は桃子と二人っきりだ。桃子が休むとなれば椿一人で店を回すということになる。

「それが貰えたんですよ。何でも店長も出かける用事があるみたいなので」

「三日間も?」

「日数はわかりませんけど。……店長のことが気になるんです?」桃子の目がいやらしい形に変わる。

 リリーは目を背けて肉じゃがに箸を伸ばした。
「いや、別にそういうわけじゃないけど。ただそんなに休んでお花は大丈夫かなって思っただけ」

「確かに三日間も休むんだったら、考えないといけませんね」

「そうそう、そういう時ってどうするんだろうってふと思っただけよ。別に他意はないわ」

 桃子は溜息をつきながら味噌汁を啜っている。「……まったく素直じゃないなぁ」

「何が?」

「いえいえ、こっちの話です」

 桃子はおいしそうに唐揚げを口に入れて箸を置いた。冷蔵庫から冷えた果物を取り出してくる。

「デザートにざぼんの砂糖漬けはいかがですか? この間実家に戻ったらざぼんの実がなっていたんです。これ、よくお母さんが作ってくれたんですよ」

「うん、頂こうかしら」

 砂糖がまぶしてある果物を手に取ってみた。みかんのような柑橘系の匂いがする。

「ちょっと苦味があるんですけど、癖があって嵌
はま
りますよ」

 一口サイズのものを素手で掴み口に放り込む。桃子のいう通り少し苦味があるが、ほどよい苦さでちょうどいい。その後にくる甘さがまた癖になりそうだ。

「おいしいね、これ」

「喜んでもらえてよかったです。毎年これをお母さんと一緒に食べてました」

 桃子は懐かしむように何度も口に運んでいた。きっと母親の味付けを思い出しているのだろう。その光景になんともいえない哀愁を覚える。

 ……やはり彼女の方が芯が強い。

 最近になってようやく母親の荷物を整理できるようになったのに彼女はすでに前を見ている。

 ……どうか桃子ちゃんの旅が上手くいきますように。

 彼女はそう願いながら桃子の手料理をいつもより噛み締めて食べることにした。

  6.

「こんにちは、ちょっと近くまで寄ったので差し入れを持ってきました」

 リリーが椿の店をノックすると、彼は立ち上がり快く迎えてくれた。

「こんにちは、冬月さん。わざわざありがとうございます」

 椿に紙袋を受け渡すと、奥に入るよう促される。紙袋を見てどこの店のものかわかったらしい、顔が綻んでいる。

「ちょうどお茶してた時だったんですよ、嬉しいなぁ。さあどうぞ、冬月さんも座って」

 桃子は席を立ち、リリーの椅子を持って来てからお茶を入れ始める。

「餡パンですか? リリーさん、お気に入りになっちゃいましたね」

「そうなのよ。あそこのはいくらでも入りそう」

 事実、ここに来る前に二つの餡パンを平らげているのだが、椿の前でいえるわけがない。店員に薦められて買い過ぎたということもある。

「はい、お茶どうぞ」

 椅子を勧められ座りながらお茶を飲む。お腹が出っ張りすぎて飲むことですらきつい。
 椿と桃子は袋を開けて餡パンにかぶり付いていた。二人とも美味しそうに食べている。

「後一個ありますけど、冬月さんどうぞ食べてください」

「いえいえ。私は大丈夫ですよ、春花さんこそ食べちゃってください」

 これ以上は無理だ、とテレパシーを送ると、桃子は不安そうな顔をした。

「リリーさん、どうしたんですか? 餡パンには目がないのにお腹の調子でも悪いんですか?」

 お腹の調子はすごぶるいいとはいえず、おすそ分けは二つにすればよかったと後悔する。結局三個目を食べた彼女は苦しくて動けずそのまま少し雑談に加わることになった。

「そういえば春花さん、来週出かけるって聞いたんですけど、どちらに出かけるんです?」

 椿は目を合わせず頬を掻いている。視線は右往左往している。

「ああ、特に用事っていう、よ、用事ではないんですけど」

「えっ? そんなに挙動不審にならなくても。もしよかったらでいいんですよ」

 慌ててフォローしたが遅かった。桃子がすでに椿の姿を捉えている。

「店長、嘘つくの苦手ですもんね。怪しいお店にでも行くんですか?」

「いやいや、そんなんじゃないよ。ちょっとね。二日だけなんだけど僕が行かないといけなくてね」

「ふうん。遠距離の彼女でもできたんですか?」

 桃子の目線はなぜかリリーの方に移っている。

「相手ができたらちゃんと桃子ちゃんには報告するっていってあるじゃないか」

「そうですか。よかったですね、リリーさん」桃子は前のめりになっていた体を戻し緑茶をずずっと啜っている。

 ……なんで私が喜ばないといけないのよ。

 心の中で突っ込むが、内心はほっとしている自分がいる。

「そういえば店長、去年もこの時期にお休みとりましたね、毎年行ってるんですか?」

「そうだね、毎年行こうと思ってるよ」

「恒例行事みたいですね? そういえば去年もたくさんコスモスの花を仕入れてましたね? それと関係しているんです?」

 桃子の目つきが鋭い。何か怪しい匂いを嗅ぎ分けている警察犬のようだ。

 コスモスという言葉が心に反応する。

「そうそう、それだよ。毎年の恒例行事」そういって椿は落ち着きを取り戻した。「そういうわけで桃子ちゃんもゆっくり楽しんできてね。屋久島に行けなかったんだしさ、その分満喫してきたらいいよ」

「……店長、怪しいなぁ」

「そんなことないよ。そういえば桃子ちゃんはどこに行くの?」

「店長が隠すので私も隠しますっ」

 桃子はムキになってハムスターのように顔を膨らませた。その姿も愛らしい。

 突然ドアの開く音が聞こえた。どうやら客が来たようだ。

 ……そろそろお暇しなければ。

 彼女は一礼して膨らんだ下腹部を押さえながら早々に立ち去ることにした。




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