mixiユーザー(id:64521149)

2016年05月31日13:32

641 view

お題30『家族写真』 タイトル『オーブ・ファミリー』

「あー気持ちいい」
 俺はでこに載せたアイスノンに感謝しながら目を閉じた。風邪を引いているにも関わらず、快適に過ごせるのは文明の力に感謝しなければならない。風邪薬も飲んでいるので悪い症状はどこにも起きていない。
 これを幸せといわず何というのだろうか。
「あー幸せだ。昼間からゴロゴロできるのは幸せだぁ」
 嫁が下のフロアで働いているにも関わらずだ。
 俺は自営業で飲み屋と飲食の店をやっており三階建てのビル一つを借りている。1階の飲食店を嫁に任せ俺は二階の飲み屋のマスターをしている。今いる三階のフロアは従業員の休憩所だ。飲み屋は俺とバイトの二人でやっているから、今日は休みになるだろう。
「パパ、だいじょうぶー?」下から嫁の声が聴こえる。
「ああ、だいじょうぶぞー」
 俺は返事を返しながら空咳をした。もちろん演技だ。
 風邪だけでは仕事を休む理由にならないが、俺は三日前、原付のタイヤに右足の小指を巻き込まれ骨折したのだ。その病院に通ったおかげで10年ぶりに風邪を引いたため、大事を取るという名目で休みを貰えたのだ。
「よし、今日は今までの休みを取り返すぞ」
 俺は小さく独り言を呟きながら、布団の上から立ち上がった。飲み屋に客がいなくても飲食店に客が多かったりと、ともかく働きっぱなしだったのだ。
 それなのになぜ、わざわざ職場のビルに来て静養するか。その答えはこの部屋に俺の宝が隠されているからだ。
 ……今日は自由だ、皆が働いている間、俺は遊び尽くしてやる。
 俺は心の中で大きく呟いた。大声で叫べるほど俺のメンタルは強くない、せいぜい小悪党ぶりを発揮することにしよう。子供の頃にずる休みした記憶がふと蘇り、小躍りしたい気分になる。
 ……まずはこの自由を、読めずにいた漫画で堪能しようではないか。
 俺は一冊のノートを取り出した。そこには俺の願望リストが眠っている。
 この宝の時間を、俺は待っていたのだ――。
 
「あった、これだ。めぞん一刻」
 俺は押入れに隠してあった漫画を取り出した。少々埃被っているが問題ない。何なら掃除機のように埃を吸いながら漫画だって読めるくらい元気なのだ。
 俺は下のフロアを確認した後、漫画を取り出した。途中まで読んでいたが、どこまで読んだか覚えていないため一巻から読むしかない。漫画に夢中になっていくと、なんと最後の十巻がないことに気づいた。
 ……あれ、おかしいな。
 俺は押入れを再び確認する。どこにも漫画はなさそうだ。下のフロアに行って聞くわけにもいかない、嫁が怖いからだ。
 ……そうだ、娘に聞こう。
 俺は福岡で一人暮らししている娘に連絡した。娘はこの漫画を全て読破しており、俺に嫌味のように内容を話してきていたのだ。
 俺が電話をすると、娘はすぐに取った。
「どうしたの?」
「お前、俺のめぞん一刻の最終巻どこにやった?」
「え、知らないよ」娘は迷うように答えた。「それよりパパ、足骨折したんだって? ママから聞いたよ。フック船長みたいに片足切断しないといけないんでしょ」
「ちげーよ、小指だけだ」俺は娘に大げさに突っ込んだ。空気を読んでやらないとすぐにいじけてしまうからだ。「久しぶりの休日だから、漫画でも読もうと思ったわけ。ママには内緒ぞ」
「うんうん。それより聞いてよ。あたし、一次オーディションに受かったよ」
「ほんとかっ」
 俺は嬉しさのあまり叫んだ。慌てて口元を抑える。
 娘は歌手になりたいという夢があり、その専門学校に通っているのだ。オーディションは毎月のようにあるが、倍率が高く一次審査でも受かるのは難しいといっていた。
 夢に向かい何度も立ち上がる彼女はもういくじなしではない。
「うん、次は一般の人の前で歌うよ」
「おお、そいつはいいな。行きてえな」
 俺はそういいながら右足を眺めた。この足では福岡まで行くのは難しい。嫁が運転できないからだ。
「審査は来週だから骨折していたら無理でしょ。また録音したやつ、送るから聴いてね。早く足治してね」
「おお、ありがとう。待っとくぞ」
 俺はそういって電話を切った。
 娘が人前で歌う、それだけでこんなに心が躍るのはなぜだろう。自分自身が歌うわけではないのに、自分が歌うよりも100倍、嬉しい。密かに俺の携帯電話の着信は娘の声にしてあるが、今の所、嫁以外気づいていない。
 ……おお、すげえいい曲じゃねえか。
 俺は彼女が送ってきた曲を聴いて夢中になった。実際に現場で聴いてみたい思いに駆られる。
 ……だが、今のままじゃ行けないな。
 俺は再び自分の足を見て落ち込んだ。この怪我さえなければ娘のオーディションを見に行けたかもしれない。
 ……いやいや、それよりも今は自分の休みを満喫しなければ、もったいない。
 俺は再び漫画を探し始めた。押入れになければ本棚に紛れているかもしれない。本棚の方を探していると、一枚の写真がぽろりと落ちた。昔ここにいた料理人の大吉(だいきち)が映っていた。
 ……ああ、これはテレビの宣伝で来た時に撮ったやつだ。
 そこには彼だけでなく俺と一階の料理店のメンバーで映ったものだった。今でも働いているメンバーが映っているが、大吉だけは自分の店を出したのでここにはいない。
 俺は彼のことを思い出し、彼もめぞん一刻が好きなことを思い出した。俺が知らない名場面をやすやすといってのけたのだ。あの時は絶望のあまり、解雇しようかと思ったが、それもいい思い出だ。
 大吉はこの近くに店を出しているが、お互い忙しく話す暇がない。ちょうどいい機会だ、ちょっと電話してみよう。
「お疲れ様です、どうしました?」
「お前、俺のめぞん一刻の最終巻どこいったかしらんけ?」
 俺が単刀直入に訊くと、彼は悩むような声を上げた。
「え、知らないですね。それよりも聞きましたよ、右腕と右足骨折して、半身不随になったって聞いたんですけど、大丈夫ですか?」
「そんな状態で漫画なんか探すかっ。右足の小指だけじゃ」俺は思いっきり突っ込んだ。彼の淡々としたぼけを敢えて元気よく突っ込む。何だか昔の店の雰囲気を思い出すようだ。
「元気じゃないですか、風邪だとも聞いてましたけど」
「ああ、久しぶりの休みを満喫しようと思って羽を伸ばしとる所じゃ」
「そうでしたか。そうそう、聞いて下さいよ。オレ、新しい二号店出すことになったんです」
「おお、そうけ。そりゃええこっちゃ」俺は宮崎弁丸出しで答えた。「お前の明太子カルボナーラ旨かったもんなぁ。レシピが一緒でもお前のはちょっと違ったんよなぁ」
「そういって貰えると嬉しいです」そういいながら彼の周りが騒がしくなる。「あ、すいません。仕事に戻ります。また連絡下さいね」
「ああ……またな」
 俺は電話を切って再び落ち込んだ。彼は仕事に集中している時、必ず方言を出さずに淡々とやっていたことを思い出したからだ。休みだといって喜んでいる自分が情けない。
 ……あいつの飯、食いたいな。
 俺は彼が作るカルボナーラを想像した。彼の料理は丁寧で非常に緻密に作られていた。シンプルなものほど料理人の個性が味に出るのだ。それがひどく懐かしい。
 ……それでも俺はこの漫画を読破する。このまま寝てることはできない。
 それしか今はすることがないのだ。足を骨折して働き、お客さんに迷惑をかけるほうがまずい。
 再び本棚を探すが、やはり見つからない。どこにあるのだろうか。
 もう一度、願望ノートを捲ると、ふんわりと一枚の写真が舞い落ちた。
 ……これはバーベキューの写真? そうか、あの頃のか。
 俺は一瞬にして当時の記憶を思い出し、写真をじっくりと眺めた。そこにいたのは飲み屋・オーブストーリアとクアトロのメンバーが家族連れで向日葵(ひまわり)畑の回りに集合していた。オーブストーリアとは太陽の物語という意味で、クアトロとは満足という意味だ。
 オーブストーリアを出したのが10年前、その3年後にクアトロをオープンした。今ではどちらも波に乗っているが、当時は客が少なくみんなでバーベキューをする暇があったのだ。
「楽しかったなぁ、あの頃は……」
 俺は全員でいった宮崎海岸を思い出す。バーベキューの材料に海栗(うに)をとるため、皆でシュノーケリングをしていたのだ。今は海栗を取ることが禁止されているので、それが当時をいっそう懐かしくさせてくれる。
 その中にバイトの大学生がいたのを思い出した。そうだ、こいつから漫画を譲り受けたのだ。その後、彼はちょくちょく店に遊びにきているため、彼が今、花屋をしているということも知っている。
 彼に電話を掛けると、すぐに繋がった。
「お久しぶりです、オーナー。どうしました?」
「元気しちょるか? 実はな……」俺は話を大げさに盛ることにした。「骨折してな……今、動けん状態なんじゃ」
「ええ、知ってますよ。右足の小指を原付に巻き込まれたんでしょう」
「え? 何でしっとると?」
「ああ、いえ、そんな気がしただけです。テレパシーです」
 ……そんなわけあるか。
 俺はそう思いながらこいつが今、福岡にいることを思い出した。飲み屋のバイトが始まるまで娘の世話をしてくれていたのだ。だから娘と定期的に連絡を取っているのかもしれない。
 ……いつの間に親密になったんや、このロリコン野郎が。
「それはいいんやけどな、めぞん一刻という漫画あったやろ、あれの十巻がないんやが、お前知らんか?」
「ああ、十巻ならこの間、おかみさんが……」そういって彼は言葉を濁した。「いえ、知らないですね。そういえばオーナー、僕、東京の花屋に行くんです」
「え? お前、自分の店を持つといっていたやないか。関東に出すんか?」
「いえ、それが……葬儀の花屋を目指すことにしたんです」彼は再び言葉を濁していった。「その話はまた今度、店に行った時にします。めぞん一刻、必ず店にあると思いますので、それじゃ失礼しますね。花の画像だけ先に送っておきますね」
 ……慌しいやつだな。
 俺はそう思いながらも羨ましくも思った。こいつは自分の興味を持ったことは必ず実行するやつなのだ。酒も飲めない癖にリキュールボトルを30本以上買い、大学の友人にシェイカーでカクテルを振舞っていたのだ。
 花屋の彼から送られてきた写真を見て驚愕する。
 ……おお、すげえ。
 俺はその写真を見てその虜になった。前に見た花写真よりも格段にレベルが上がっている。こいつはまだ30代だ、まだまだ上を目指せるだろう。
 ……東京か、いいな。
 俺も東京にいた頃の飲み屋を思い出す。あの頃は夢中で、何もかもがビデオの倍速のように動いていたような気がする。
 それが今、休みを貰ってほっと吐息をついているのだ。自分自身の老いを感じずにはいられない。
「パパー、ご飯持って来たよ」
「お、ママか。ありがとう」
「私も今、休憩に入ったから一緒に食べようね」
 クアトロのまかないを二人で食べる、黄身の入っていないチャーハンだ。料理する際、卵の黄身だけを使って白身は捨てることが多い。味が薄くなるからだ。その白身を捨てずにとっておき、店で使えない野菜を調合してできたのがこのチャーハンなのだ。
 素朴な味がして旨い。これも確か大吉が考えたメニューだったなと思い返す。
「美味しい? 食べられる?」
「ああ、旨いよ」
 俺は残さずに全部食った後、御馳走様をした。働かずに食う飯は確かに旨い。
 だが……働いた飯の方が100倍旨い。
「……なあ、ママ」
「どうしたの、パパ」
「本当の幸せっていうのは休むことさえ嫌いになることなんだな」
「いきなりどうしたの、パパ?」
 俺は幸せになりすぎている、と感じた。休むことが悔しくてたまらないのだ、俺はまだ動ける、若い奴らに負けたくない、皆と一緒に駆け出したいと。
 いつの間にか俺は、子供の時に仮病を使った幸せを失っていた。
「今日は出勤することにするよ。なあに、椅子に座りながらシェイカーを振ることだってできるんだ。俺は皆を楽しませたい」
「そんなこと、もちろんわかってますよ」嫁は微笑んで頷いた。「でも私達もあなたの家族なんです。家族がきつい時こそ、皆で支えあわなきゃ。だから今はゆっくり休んで私が疲れた時、支えて下さいね」
「……ああ」
 俺は嫁の顔を見て、敵わないと思った。普段なら彼女はこの時間に飯を食わない。それは俺に休んで欲しいからだと隠喩(いんゆ)を含んでいたのだ。
「ついでにこれも置いておきますね。私の方が先に全部読んじゃってごめんなさいね」
「おお、お前が持ってたんか」俺は念願の漫画を掴み嬉しくなり頬ずりした。「よかった。これで最後まで読めるぜ」
 漫画のラストを想像して、俺は再び悩み始めた。
 今ここで俺は最後まで読んで満足していいのか、俺は漫画で満足していいのか。
 ……それじゃあ、駄目だ。
「ママ、決めたことがある。訊いてくれ」
「はい、どうしました?」
「俺はこの三階の休憩所を店にする」
 俺は願望リストに書いたことを思い出した。皆でもう一度バーベキューがしたいと書いたのだ。海に行かずともここで楽しく食事をすることはできる。
「店を出した頃を思い出したんだ。今はバーベキューをする暇もないだろう? だから俺達が皆で楽しめるようにここは焼肉屋にする」
「……そうですか。あなたが決めたことなら従いますよ。どうせいっても訊かないでしょうし」
 そういって妻は笑った。
「ありがとう、お前に出会えて本当によかったよ」
「え?」妻は驚きながら俺を見た。
「あなた、まだこの漫画読んでないんですよね?」
「ん? ああ、この漫画で俺が幸せになるよりも、俺は家族を幸せにしたいと思ったんだ」俺は熱を込めていった。「俺は新しい店を出して、新しい家族を増やすよ。大家族にして、皆を腹いっぱい幸せにしてやりたいからね。休むことよりも五感を使うことが本当の幸せになると気づいたんだ、これを皆に教えたい」
「……そうですか」嫁は溜息をつきながらも頷いた。「じゃあ早く治して貰わないといけませんね。別の病気も発症しているみたいですし」
「別の病気?」
「ええ、ポジティブ病ですよ。この病気にとり付かれたら実行するまで治らないんです。薬を飲んでも治らないから、たちが悪いんですよ」
「ああ、そうみたいだな。でも俺はこの病気に一生掛かっていたいよ。俺もお前も幸せにしたいから」
「はいはい、わかってますよ。その代わり、私にうつさないで下さいね。私まで別の方向にいったら店が傾いちゃいますから」
「ああ、違いない」
 そういって俺達は二人で笑い合った。彼女の笑い方は出会った時から変わらない。品がよく見ているだけで幸せになれる。
 だがそれだけじゃないことに気づいた。
 ……やっぱり、こいつの匂いも好きだな。
 俺は詰まった鼻で胸いっぱい嫁の匂いを嗅いだ。彼女が横にいてくれるから俺は頑張れる。彼女が横にいてくれる限り、俺は皆と一緒に駆け回れる――。
 俺はバーベキューの写真と大吉が映っている写真をノートに挿し込んだ。これを読むのはまた立ち止まりたいと思った時だけだ。
 願わくば一生、これを見ないで走り続けたい、太陽のようにずっと――。
 そう思いながら俺は再び願望ノートをゆっくりと閉じることにした。俺にはまだ未完成の物語がある、今、やらなければならないことはここには載っていないのだ。
 立ち上がると、頭につけていたアイスノンが落ちた。手で掴むとそれはぬるくなっており、俺の熱を微かにだが感じることができた。
 






おまけ→オーナーの一言。

美味いものはAUBEにある、美味い人びとがAUBEにある、でも結構足らないものもAUBEにある。
ご縁をつむぎ続けて20年のこれからも、THE・宮崎であり続けますよ。

オーブストーリア→https://atparty.jp/shop/detail/907094

タイトルへ→http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952136676&owner_id=64521149

7 22

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する