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2016年05月26日22:35

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お題26『ラジオドラマ』 タイトル『白雪姫』

 『白雪姫』

******************

 SE 雷の音

 魔女「さあ、白雪姫、このリンゴをお食べ」
 白雪姫「これで本当に願いが叶うのね?」
 魔女「ああ、早くしないと願いが消えてしまうよ」
 白雪姫「それじゃあ……」

 SE 白雪姫が倒れる音
    雷雨の音

 魔女「ははは、白雪姫、永遠の眠りにつくがいい。これでついに私が世界で一番綺麗な女になれるわ」

  M 魔女のテーマ

 FIーFO(フェードイン・フェードアウト)

 NA「次回、白雪姫PART5。白雪姫は王子様のキスで起きるのか、それとも……。最終回、お楽しみに」

******************

「よかったよ、咲希ちゃん」
 俺はラジオをBGMに切り替えた後、そういった。時計を見ると、誤差は2秒以内だ。今回も無事に放送を終了することができた。
「お疲れ様です」
 咲希が伸びをしながら収録室から出てくる。今は午前3時。この時間に起きてラジオを聴いている人間がいるのか疑わしいが、意外にリスナーからの評判はいい。
「次でようやくラストですね」
「ああ、そうだね」
 今日は物語のクライマックスを盛り上げる話だった。次がラストで物語のオチを作らなければならない。
「どうでした? 私の魔女」
「最初よりずっといい声になったよ、咲希ちゃん、やっぱり才能あるね」
 俺はお世辞抜きに彼女の声を褒めた。彼女は白雪姫と魔女の兼役をこなしている。つまり今回に限っては全て一人芝居だ。それをきちんとこなした彼女には努力だけでは図れない力を感じる。
 今回の物語は『白雪姫』だ。世界で一番美しかった后が自分の娘の美しさに嫉妬し、殺そうと画策するが、中々殺せず、自らを老婆に変化させ娘に毒リンゴを食べさせるという話である。
 もちろん后は老いぼれた魔女のまま死ぬ、突っ込みどころ満載の話だ。
 だが俺達は童話物語の最後のオチを変更して、リスナーの評判を上げてきた。そしてこの脚本を担当しているのが俺だ。もちろん人手が足りていないので、監督・脚本・音響は全て俺が担当している。
「ありがとうございます。でも私なんてまだまだです、野原さんの七人の小人役、とっても凄かったです。私にはとても真似できません」
「いやいや、俺だって大したことないよ」
 俺は否定したが、本心は嬉しかった。若い頃、役者を目指していて、様々な役を勉強したのだ。オーディションの時に七人の侍役を一人で演じ、主役級を勝ち取ったこともある。
 次はクライマックス、俺も収録室に入り、ラストを盛り上げようと思っている。
「前回のシンデレラはとっても好評だったですけど、今回はどうするんです?」
「もちろんちゃんと考えてあるよ」
 そういって俺は内心焦っていた。当初、考えていたオチがあったのだが、今となってはそのオチでいいか迷っているのだ。最初の頃は駄目もとでやってみようと勢いに任せてやっていたのだが、徐々にリスナーがつく上で俺の冒険心は日に日に痩せていった。
「早く教えて下さいよー、今日、野原さんにオチを聞くのを楽しみにしていたんですから」
「まあ、そう慌てないで」
 俺は最後のオチをいつも語らない。それはその過程でわかってしまったらリアリティがなくなるから、と思っている。
 演じてる最中にオチがわかれば、出演者もその方向に向かおうとする。そういう空気は視聴者に伝わってしまうのだ。だからこそオチは最後の一つ手前までは誰にも教えないのが鉄則だった。
「せっかくだから何か奢るよ。ファミレスでいいかな?」
「いいんですか」
「当たり前じゃないか、俺は君の上司でもあるんだから」
 
 俺達は近くのファミレスに入った。互いに好きなドリンクを選び席につく。
「ここのアップルパイは安くて美味しいんだよ」
「さすが、店長。だてにファミレスの店長じゃないですね」
 彼女はそういって微笑んだ。
 そう、俺はファミレスの店長だ。そして彼女は俺の店でバイトをしている女子大生だ。彼女は声優志望であり演劇部に所属しているが、中々思う道に進めないようだ。本当は声優の専門学校に行きたい、ということも知っている。
「店長は本当にメロンソーダが好きですね。この間のカラオケの時もずっと飲んでましたね」
「ああ、これ? 昔から好きでね。なぜか懐かしい気持ちに慣れるんだ」
 俺はそういってメロンソーダを一口飲んだ。
 彼女とラジオドラマをするきっかけになったのはバイトを交えたカラオケだ。俺はラジオ番組を一人で切り盛りしていたのだが、限界を感じ、人手が欲しかった。その時に彼女の歌を聴いて即座に飛びついたのだ。
「咲希ちゃん、ご飯ちゃんと食べてきた?」
「いえ、でも、今からだと太ってしまうので、お勧めのアップルパイだけ頂きます。それで店長どうするんです?」
「ここで店長は辞めてくれ」俺は小声でいった。
「……そうでした。こういったお店に入ると、つい呼んでしまいます」
 彼女はそういって少しだけ舌を出した。その表情に俺は一昔前の青春時代を思い返していた。
 俺は今年で45歳だ。離婚して妻がいないが、17歳になる一人娘がいる。しがないファミレスの店長をして、今は知人の紹介でラジオドラマという少人数でできるストーリーに嵌りディレクターとなって3年が経過している。
 こんなノーフューチャーの俺が未来ある若者にときめくなどしてはいけないのだ。身の程を知らなければ、些細な幸せすら失ってしまう。こうやって彼女と二人で食事を取れるだけで俺は満足なのだ。
 実の娘ですら、俺のことを毛嫌いして一緒に食事などできていないだから。
「で、オチはどうするんです?」
「それが……実はまだ決まってないんだ」俺は正直に答えた。「捻りすぎて、中々オチが決まっていない。散々渋っておいて申し訳ないね」
「じゃあここでアイデアを出し合うというのはどうでしょう?」彼女は臆することなくいった。「私の案がオチになる可能性もあるんですよね?」
「ああ、もちろん」
「やった」彼女は満面の笑みを見せる。若さが眩しい。「そうですねー、オチとしてはハッピーエンドがいいんですよね?」
「そうだね。今の所、どの童話でもハッピーエンドが望ましいと思う」
 深夜に流れるからといって、奇想天外な内容だと、苦情が殺到する。やはり皆、ハッピーエンドを求めているのだ。
 現実ではうまくいかないから、空想の世界だけでも幸せになりたいと願う。俺自身も、ラジオドラマの中でだけは幸せを噛み締めていたいと思ってしまう。
「じゃあ、王女様は起きないといけませんね。魔女が幸せになっても誰も喜ばないでしょうし」
「ああ、そうだね。王女をどうやって起こすかが鍵になるかな」
 俺と彼女は黙考した。その間、フォークとナイフ、ストローの音だけが俺達のフロアを支配する。深夜のファミレスは独特な雰囲気があり、今は俺達だけがこの世界に存在しているようだ。
 彼女がアップルパイを口に運ぶ姿を見てどきりとする。白雪姫が小さくリンゴを齧るシーンに見えたからだ。
「王子様のキスっていうのはやっぱり面白くないんですかね?」
「んーそうだね」
 俺は王子という言葉を聞いただけで臨時で来ていた若い男を思い出した。彼女の友人で、声優志望だとも聞いている。彼と彼女のキスシーンは音声だけでなく映像としても似合うだろう。例え手の甲を使って彼女自身で音を立てるものだとしても、それは内容的にも俺の心的にも面白くない。
「起きるだけだったら普通で面白くないねぇ。視聴者はもっと別のシーンを想像していると思う。今までの実績があるわけだし、普通にキスをしても納得できないと思うんだよね」
「そうですよねー」彼女は腕を組みながら迷う。「仮にですけど、店長ならどうします?」
 そういって彼女は大きく口を開けた。きっと店長といったことに対してだろう。
「俺か……」
「仮に私が白雪姫で、私が眠っていて、キスをしたら起きるということを知っていたら……」
「それだったら、キスをする前に襲うけどね」
「……変態ですね」
「男は皆、変態だよ」
 そういって俺は後悔した。なぜ彼女に対して言い訳などしなければならないのだろう。たかだか20前後の女の子に変態といわれ、動揺するとは情けない。
 童貞でもなく、17歳になる子供がいるのにだ。
「小人に起こして貰うというのはどうでしょう?」
 俺は自分の役を想定して再び焦った。本当にキスをするわけでもないのに、体が硬直する。
「それこそ、爆発力がないよ」俺は動揺を隠そうとして早口で捲くし立てた。「最初と最後はやはりインパクトが必要だよ。小人にキスして起きたら、普通の物語になってしまう」
「じゃあ、王子様のキスで目が覚めるけど、彼を見て嬉しさの余りまた倒れるというのはどうですか?」
「おお、それは面白いな」
 白雪姫は王子様のキスで魔法が解けましたが、感動の余り、ショックで再び寝込んだのです。
 オチとしても面白い。次回の童話を『眠り姫』にするのなら都合もいい。だが再び若い男が頭の中に入り込み、俺まで寝込みたくなる。
「キスをすると、なぜ目覚めるのでしょうね?」
「なんでだろうね」
 俺にはもうその感情はわからない。離婚した妻がいるが、それ以降恋愛などしていないからだ。俺の中では枯れた感情だ、今は高校生の子供を育てることで精一杯で余裕がない。
「野原さんはどんなキスをしてきました?」
「……ふ、普通のキスだよ」俺は苗字を呼ばれ動揺しながらもメロンソーダを飲みながら漠然といった。「普通の恋愛をして、普通の結婚をして、普通に子供を作って、普通に離婚してしまったな……」
「……なぜ離婚したか聞いてもいいですか?」
「夢を追いかけたからだよ」俺は最後のアップルパイを食べていった。「役者になるという夢を追いかけた代償だね。夢だけじゃ、生きていけない。そんな当たり前のこともわからくなっていたんだ。やっぱり40歳を過ぎたら現実を見ないとね」
「そうでしょうか? 私は夢を追いかけている人、好きです。いくつになっても大切だと思います」
「大丈夫、君は夢を追いかけていいから。今からたくさん恋愛をして、いい人を見つけることができるよ」
 そういって俺は時計を見た。今は4時半。明日の出勤は9時からだ。麻里(まり)を学校の朝練に連れていく時間を考えたら、3時間も眠れない。
「そろそろ帰ろうか。送るよ」
 
 車の中、俺は眠気覚ましにファミレスで貰った飴を舐めながら、うつらうつらしている彼女の顔を見た。我が子も後5年もすればこれくらいに育ってくれるのだろうか。
 しかし、このざわつく気持ちは何だろう。高校生と大学生で俺は見る目が変わるのだろうか。それとも……。
「今から、出勤はきついな。ほぼ徹夜だし、休憩室で少し眠るかな」
 俺は彼女の家について独り言をいうようにぼやいた。
「お仕事、頑張って下さいね」
「ああ、ありがとう。一応店長だからね。きちんとこなすよ」
 彼女は車から降りると、大きく手を振った。別れの挨拶ですら若者は大げさだ。
 俺も軽く手を振ると、彼女はこちらに来て手を差し出してきた。
「店長、手出して下さい」
「ん?」
 俺は彼女が飴を舐めていないことを思い出し、右手を差し出した。きっと帰りの飴をくれるのだろう。送迎のお駄賃だとしても、嬉しい。
 すると彼女は予想とは反し、俺の手の甲に唇をあてキスの音を鳴らした。
「目、覚めましたか?」
「……あ、ああ」
 俺は衝撃の余り、目を大きく開けた。そこにいたのは紛れもなくバイトの咲希だった。
「それじゃあ、仕事、頑張って下さい。私、夢も恋も追いかけますから」
 そういって彼女は足早に家の中に入っていく。
 ……何だったんだ、一体?
 俺は意味がわからずそのまま呆然と彼女の家の扉を見た。実の娘と5歳しか変わらない女の子に手の甲にキスをされただけでときめいている。
 ……キスとは恐ろしい魔法だ。
 俺はさっきまで横にいた彼女の姿を想像し驚愕した。年甲斐もなく俺は今若返り、恋をしているのだと思った。
 この45歳のしがないファミレスの子持ち店長がだ。
 ……本当に7人の小人がキスをするシーンにしようかな。
 俺は飴玉を溶かした後、口笛を吹きながら思った。ラッキーセブンのキス。俺が直接咲希の手の甲にキスをしたら彼女はなんというだろう。
 徹夜明けにはきつい妄想だ。もしかすると今日が人生最後になるかもしれない。
 ……まあ、それでもいいか。
 彼女のキスにはそれほどの魔力が秘められていた。魔女の毒リンゴよりも遥かにずっと……。
  
 




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