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2016年05月22日22:50

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お題23『殺人事件』 タイトル『限りなく純粋に近いグレイ』

   1. 

「なあ、お前は本当に光一なのか?」
 俺は手術室から出てきた彼の胸倉を掴んでいった。
「お前、どうして母さんを……救うといっていたじゃないか。手術は絶対に成功すると、それなのにどうして母さんは……死んだんだよ」
 いつもの白衣を着て、いつもの銀縁眼鏡を掛けた光一が目の前に立っている。だが彼が本当に彼なのかがわからない。
「すまない、兄さん……」彼は俺をまっすぐに見ていった。綺麗な二重で俺を覗き込む。「僕だって最善を尽くした、けどやっぱり駄目だったんだ……こればっかりは仕方ない」
「ほ、本当にお前は光一なのか?」俺は再び彼に尋ねた。「なんでそんなに冷静でいられるんだよ。俺達の母さんが死んだんだぞ、お前は母さんを救うために……医者になったんじゃないのか?」
「そうだよ、兄さん」彼は俺を抱きしめながらいう。「僕は母さんを救うために医者になった。それは今でも変わらないし、自分のベストを尽くした。けどそれで駄目だったんだ、仕方ないじゃないか」
「仕方ない?」俺は彼の言葉に当惑する。俺が知っている光一はこんな軽薄な奴じゃない。「お前はそれで納得できるのか? 簡単な手術だといっていたじゃないか。それなのに……どうして……」
「同じ話をするつもりはないよ、兄さん」光一は俺を突き放してエレベーターの方へ向かおうとした。
「母さんは乳癌だったんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあなんで母さんの股間がぐちゃぐちゃになっていたんだよ……」俺は恐怖で震えている体を壁に押し付けていった。「転移していたとしても、手術というのはあんなやり方をするのか? おかしいだろう、なあ」
「へぇ……ちゃんと見たんだ」彼は微笑したままエレベーターの方へ向かう。「……嬉しいよ。やっとこれで僕は兄さんと一緒になれたね」
 光一はエレベーターのボタンを押して続けた。
「兄さん、僕はちゃんと母さんを救ったよ」
 俺は光一の白衣を見て驚愕した。彼の下腹部当たりが黒い血で汚れていたからだ。
「兄さん、僕も……やっと……ヒーローになれたよ」
 
  2.

 operetion before 5 hour
 俺が母さんの病室で光一を待っていると、彼は清潔な白衣と、磨き抜かれた銀縁眼鏡を掛けていた。彼はこの病院の御曹司なのだが、人一倍高い正義感と使命を志し40を過ぎても現役の医師として職務を全うしていた。
「待たせて悪いね、兄さん。仕事中? 車を待たせてる?」
「もちろんそうだが、許可は取ってある。大丈夫だ」俺は後ろに控えている部下に声を掛けた。「すまないが、外で控えていて貰えないか」
「承知しました」
 俺の部下が扉を閉めた所で、光一は咳払いをした。これでこの部屋には誰一人としていない。特別の個室を使っているので監視はされているが、問題ないだろう。
「それで今回はどうなんだ?」
「うん、今回も何とか大丈夫そう。今の所、右の乳房を切るだけでよさそうだよ」
 彼の返事を聞いて俺は安心した。母親の手術は今回で二回目だ。最初の癌は胃がんだったのだが、早めに見つかったため、1/3の切除で無事に終わった。今回も同様の手術でいいようだ。
「ただ、母さんの場合、他にも転移してる可能性があるから、注意した方がいいね」
 彼は母親の寝ている頭を優しく撫でながらいった。70にもなるので高齢者といわれればそうなるのだが、肌の色艶からそこまで年を食っているようには見えない。下手をすると俺の方が老けているように感じる。
「手術はいつから始まる?」
「大体、5時間後だね。手術時間は4,5時間といった所かな。上半身の局部麻酔になるから、母さんにも負担は少ないよ」
「……そうか」
 俺は彼の顔を見て再び安心した。俺にとっては唯一の肉親で、彼にとっては義理の母親だ。だが俺達は義理の中でも、上手くいっている方だと思っている。
 全ては両親の関係がうまくいっているからだ。彼の父親はこの病院の院長で、市議会にも意見を通せる有力者だ。もちろん俺の仕事にも恩恵があり、俺達はお互いにいい関係を築けている。
「管理官、失礼します」外に待機していた部下が部屋をノックする。「都庁で発生した殺人事件に対策会議の許可を取って頂きたいと、神田(かんだ)警視正が仰っていますが」
「ああ、構わん」俺が冷たくいうと彼は再び頭を下げて扉を閉めた。
「大変そうだね、そっちも」光一は俺に同情の目を送りながらいう。「管理官の次は参事官(さんじかん)、部長、副総監(ふくそうかん)、最後に警視総監(けいしそうかん)、後4つだね」
「そんな簡単にいうなよ」俺は吐息をつきながら冷蔵庫にあるお茶を取り出した。「ここまで来るためにどれだけの苦労があったか……俺ももう年だ、できれば65になる前に退職したいよ」
「兄さんにはできないよ」光一は笑いながらいう。40を過ぎているというのに彼の顔は溌剌(はつらつ)として30代でも通じそうだ。「兄さんが仕事をしなくなったら、この世の犯罪率はぐっと上がるよ。それだけ貢献している人がいうことじゃない」
「そうだといいがな」俺は嬉しくなり、彼をそっと見た。光一の瞳はいつもと同じように輝いている。
「そうだよ、官僚は官僚である義務があるのだから、頑張らなくちゃ」
「そうだな、愚痴をいってすまない。俺も年をとったな」
「そうだね。お互いに年を取ったね」
 俺達はお互いを見合った。最初に出会ったのはもう30年以上も前だ。彼は健全な肉体と精神を宿したまま竹のようにすくすくと伸びていった。その姿を見て俺は兄というより我が子を見るように感じていた。
「あの頃が懐かしいな。覚えているか? 俺と初めて会った時のこと」
「ああ、もちろん。忘れるはずがないよ」光一は俺を見てはにかんだ。「兄さんは僕のヒーローだったからね」
 彼の微笑みを見て、俺の胸が再び熱くなった。彼が何度もそういう度、俺は本物の英雄になることができるのだ。光一がいて、母さんがいて、父さんがいるから、今の俺がある。
 これだけは誰が何といおうと、事実だ。プラスの面だけでなくマイナスの面も含めて、俺の体の色は彼らによって構成されている。
「……少しだけ、王子を救った白馬の騎士の物語を始めましょうか」
 光一はそういって、俺のお茶を口に含み喉を鳴らした。

  3.

 30年前、俺が初めて光一と出会ったのは警視として初の殺人事件を追っている時だった。当時の俺は警視といっても、周りにライバルがたくさんおり、悠長に構えている暇などなかった。母親の再婚相手に会う時間さえなかったのだ。
 ……とにかく手柄を取らなければ、この椅子取りゲームから降ろされる。
 俺にとって一番の恐怖は役立たずの烙印を押されることだった。後ろ盾がないため、一つのミスさえ許されない立場にいたのだ。他のライバル達が列車に乗って悠々と自適に過ごしている間に、俺は全力で走らなければならなかった。
 それも全ては父親を殺した犯人を徹底的に探すためだ。現在もその犯人は逃亡しており、まもなく時効を迎えるが、俺は生きている限り犯人を見つけ出そうと考えている。仮にそいつが死んでいたとしてもだ。
 父親を殺した犯人を俺が殺す。社会的にも、肉体的にも。それだけが俺の生きる原動力となっている――。
「白馬の騎士はいい過ぎだろう」俺は光一の言葉にやじをいれた。この話をする度、彼の物語が肥大化しているからだ。
「いい過ぎじゃないよ。あの時、兄さんに出会っていなかったら、僕は間違いなく殺されていたんだから。傷一つなく救ってくれたんだから、白馬のナイト様だよ」
「また大げさな。このまま行くと俺はそのうち大統領にまでなるかもな」ジョークを交えつつ告げる。「お前を殺すことまではなかっただろうが、何もなくて本当によかったと思ってる」
 俺は殺人犯を探し出すため、今でも世話になっている花井先輩と事情聴取を繰り返した。花井先輩は現時点で俺より2階級上の副総監だ。俺達はやつらのアジトを発見し、現場に向かった所、光一がそこで不良にリンチを喰らっていたのだ。
「今でも本当に感謝してるよ。兄さんに救われたから、僕は人の命を救える医者になれたんだからね」
 不良を捕まえ事情を聞くと、彼が御曹司だということを知り、金を巻き上げていたらしい。最初は小額をせびっていたのだが、段々とエスカレートし、最後には何十万もの大金へと変化していった。その資金源こそが逃走している殺人犯の食い扶持になっていたのだ。
「まあ、あの場は俺がいなくても大丈夫だったと思うぞ。やつらの凶器を見る限り、殺すつもりはなかったと思う」
「そんなことないよ」光一は大きく首を振る。「兄さんがいたから今の僕がある、その気持ちは今でも忘れてないよ」
 翌日俺は彼の父親から感謝状を受け取り、自宅を訪問することになった。他の捜査が残っていたため、名前を見ずにいったのだが、そこで再び感謝されたことはいうまでもない。俺が刑事になってよかったと思った瞬間はこの時だけだ。
「俺だってそうだ。あの事件があったから、今の俺がある」
 不良の中にいた一人の少女に俺は事情を聞き、殺人事件解決への一歩を進んだ。それからは芋づる式に犯人が見つかり、不良グループだけでなく、一つの組を潰すまで功績を挙げることができたのだ。
「そうだね、有紗さんと出会ったのだってあれがきっかけだからね……」
 光一は冷蔵庫から新しい缶を取り出した。黒烏龍茶だ。40を過ぎても体脂肪を気にしているらしい。
「最近、有紗(ありさ)さんの墓参りには行った?」
「……いや、全然だな。仕事尽くしで悪いとは思っているのだが中々ね」
「可哀想だよ。兄さんが行かなかったら、僕しか行ってないじゃないか」
「いつも悪いとは思ってる。お前の方が忙しいのはわかっているんだが、俺はそういう要領が悪くてな」
「兄さんは仕事の鬼だからね」そういって光一は爽やかに笑った。「僕は迷惑とは思ってないよ。この敷地内にあるんだから、これくらい僕に任せておいて」
 事件解決後、俺はその不良少女と親しくなり、きちんとした交際をスタートした。だが彼女は俺の仕事の忙しさに耐え切れずに精神を病み、病院の屋上から飛び降りてしまったのだ。
「……とりあえず、今は母さんの手術だね」
「ああ、そうだな」俺は深く頷いた。「母さんの手術が終わるまでに時間があるから、俺は墓参りに行ってくる。だからお前も必ず手術を成功させて欲しい」
「もちろんだよ」光一は真剣な瞳を滾らせていった。「必ず母さんを救ってみせる。だから兄さんは安心して、有紗の墓参りを先に終わらせておいてね」

  4.

 operetion before 4 hour
「後は任せたぞ」俺は母さんの個室の扉を開けながらいった。
「ということは私も捜査に向かっていいのでしょうか?」
「二度はいわん。俺の顔に泥を塗るなよ」
「は、全力を尽くして解決して見せます」
「全力を尽くす? 当たり前のことをいうな」俺は部下のネクタイを掴んで引っ張った。「必ず解決しろ。この程度の事件なら、2日以内だ。できなければお前の首が飛ぶ。俺に二度いわせた貴様に次はないぞ」
「は、承知しました」
 送迎に来た部下は敬礼をした直後、病院の廊下を全力で走っていった。
 ……これくらいわけがない。
 俺は携帯電話を取り出しながら思った。すでに事件の概要を聞いただけで犯人の候補は絞られており、俺が捜査に入れば半日で解決するだろう。だがそれをいっても仕方がない、対応力のない刑事ほど無能なものはこの世にいないからだ。
「……花井副総監、お伝えしたいことがあります」
「……ああ、堂島(どうじま)君か」
「私の母が今夜、手術をします。もしもの時は、ご迷惑をお掛けするかもしれません」
「構わないよ。私も覚悟している」花井は冷静に告げる。「君のお父さんの方が先かと思っていたんだがね。そうか、今日はもちろん病院に泊まるのだろう?」
「そうさせて頂けたら助かります」
「わかった、手配しておこう。ところで……例のパーティーはいつやるのかね?」
「父の具合を見て決めようと思っています」
「そうか。それと注文なんだが、君の所のベットは少々固いのではないか? できれば変更して欲しいのだが」
「といいますと?」
「……病室のベッドが辛くてね、私も年を取ったなと感じるのだよ」
「左様ですか……承知しました、では、パーティーの際、副総監に合うベッドご用意いたします」
「ああ、よろしく頼む」

  5.
  
 operetion before 3 hour
「ご無沙汰しています、お父様。お体はどのようで?」
「……まあまあだねぇ」
 父親の明はゆっくりと椅子に座りながら杖を置いた。彼の杖一つでも何百万という金額がついている。
「最近は帽子集めの趣味は止められたんですか?」
「ああ、外出する機会がめっきり減ったからねぇ」明は横に置いた杖を摩りながらいう。「色々集めたが、結局は一つしか使えないからねぇ。紙の帽子なんかいうのもあったけど、アイデアだけだったねぇ」
「そうでしたか」
 俺は父親のいうことに頭が上がらない。義理だとわかっていても、この人に反抗すれば俺の社会的立場はなくなるからだ。ここに上がるまでに汚い仕事もこなしてきた。その大半が彼の命令である。
「そういえば、剛君はハンカチを集めていたねぇ」
「すいません、今日は……」
 俺はそういってハンカチを忘れたことを思い出した。彼にプレゼントする用と自分用にいつも二つ持っているのだが、今日は母親の手術とあってうっかり忘れていた。
 俺のスーツの中に光一がくれたハンカチがある。だがこれだけは彼に渡したくない。
 俺は恐怖に怯え父親を見た。だが機嫌がいいらしく癇癪を起こすまでには至らなかった。
「構わないよ。それよりも剛君、次のポストを考えとるかね」
「はい、もちろんです」
 体が急激に熱くなる。これ以上、ポストにこだわるのは嫌だが、彼にその話をされれば断る術はない。今日が母親の命日になるかもしれないのに、俺達は出世の話をしている。
「私も忙しい立場にあるからねぇ、できればすぐに動いて貰いたいのだが、いいかね?」
「ええ、もちろんです。どのようにすれば?」
「今回は三人ほどだねぇ、一人はうんと若い方がいい」
「……どのくらいでしょうか?」
 ここで言葉を誤れば、俺の首が飛ぶ。一度手痛い目にあっているのだ。有紗の時に……。
「君の想定内であれば構わんよ。もちろん、可愛がれるレベルで頼むよ。これは花井副総監の頼みでもあるからね」
「……わ、わかりました」
 俺は頭を下げながらぐっと奥歯を噛んだ。副総監の頼みならなおさら断れない。彼がいたからこそ、俺の今の役職はあるのだ。
「……か、必ず用意させて、頂きます」
 この苦行の繰り返しでやっと今のポストに着くことができたのだ。俺自身、心変わりを起こすことはなくなった。俺は彼と同じように闇よりも深い黒に染まっているのだから――。
「それではまた母さんの手術後に」
 俺はこの場を立ち去るために一礼して扉に向かった。
「……ああ、一つ、いい忘れていた」明は目を細め、今にも息絶えそうな声でいった。「若い子は、男の子で、頼むよ」
 俺は彼に背を向けたまま口元に手を当てて頷いた。唇をかみ締め過ぎて血が滴っている。
 やはりハンカチを持ってきていればよかったと俺は後悔した。

  6.
  
 operetion before 2hour。
 俺は有紗の墓の前に二つ目の花束を添えた。光一がすでに備えていてくれたので、もの寂しいという感じはない。
 線香を上げ、彼女に悔やみの言葉を述べる。
 俺はいつもお前の前で後悔している。お前を救うために事件を解決に導いて、それが終われば、俺の生贄としてお前を父親に差し出してしまったのだから。
 昔の風習だ。そんな言葉に言いくるめられ、俺はあの時から道を踏み外した。お前を差し出した時に俺は警察官として、いや、人間としての心まで渡してしまったのだ。
 それから俺は犯罪を犯す心理を勉強する必要がなくなった、全ては俺自身が絶対的な犯罪者だという自覚があるからだ。どんな悪事が起ころうと、全て解決する術を知っている。さらに父親の明が傍にいれば俺の椅子は一生目の前に存在し続けるだろう。
 ……光一、俺はヒーローなんかではないよ。
 俺は有紗の前で彼に懺悔した。俺は一匹の醜い欲に塗れた悪魔だ。いくら謝ってもあの頃を取り戻すことはできない。
 ……だからこそ、お前だけは白でいてくれ。
 俺は再び祈った。醜い化け物は俺一人でいい。だからお前は俺を踏み台にして、人の命を救い続けてくれ――。
 
  7. 

 opretion before 1 hour 
 母の病室に戻り、彼女の寝顔を見る。
 最近ぼけてきたといっていたが、病院暮らしになればそうなるのかもしれない。70でぼけるのには早すぎるが、母にも過酷な日常を背負わせたに違いない。
 父親を犯罪者に殺されて、英雄扱いされた母は泣きもせず、気丈に振る舞った。明との縁談も、心からではないのかもしれない。全ては俺が出世するために、身を犠牲にしたのではないかという推測もある。
 ……この手術が終われば、俺も、もう少し、母親に歩み寄ろう。
 俺はきつそうに酸素マスクで呼吸をしている母親を見て思った。
「……ごめんね、光一」
「大丈夫だよ、母さん」
 俺は朦朧としている母親の手を取り、光一の声を真似た。
「……ごめんね、光一」
 母親は大量の涙を流しながら光一に謝っている。俺はその姿に胸を打たれた。
「……お母さんを、救って下さい。お願いします」
「……大丈夫、必ず助けるからね」
 俺は彼女の額にある汗を光一のハンカチを使って拭いた。もしかすると、少し暑いのかもしれない。病室で空調管理が利き過ぎているのだろう。
 俺は彼女に掛かってある布団を少しだけ捲くった。中の空気を循環させるためにだ。
 だがその母の姿を見て仰天した。そこには血に塗れた業務用の紙パンツを履いた母親の姿があった――。

  8.

 operetion after 20 minutes
 俺は光一の胸ぐらを掴んだ。
「どうして、お前は母さんを……」 
「兄さん、僕は母さんを救ったんだよ」光一はエレベーターのボタンを押したままいう。
「僕はやっとヒーローになれたんだよ」
「何をいっている? お前は……」
「兄さんに知っておいて欲しいことがある」そういって光一は唇を舐めた。「兄さんの本当のお父さんを殺したのは母さんなんだよ、今まで黙っていてごめんね……」
「……どういうことだ?」
 俺は意味がわからず光一を突き放した。
「本当に最初出会った時のこと、覚えてる? 僕と兄さんが初めて出会った時のこと」
「あれは……情報を得て……」
「その情報を得たのはどこ?」
「あれは……花井副総監の……」
 当時を思い出し、俺は彼を見た。彼はリンチを喰らっていたのに、顔に傷一つなかったのだ。被疑者の手に持たれたお粗末な脅し道具、一瞬にしてあの光景を思い出した。
「全ては父さんが、母さん欲しさにやったんだよ。ごめんね、兄さん……僕がもっと早くに気づいていれば……」
 光一は泣きながらもいつもの笑顔に戻った。
「でも大丈夫。僕がきちんと母さんを懲らしめたからね、父さんが有紗さんにしたようにさ。僕は兄さんのためなら悪にでも染まれるんだよ」
 彼はお駄賃を待つ子供のように目を輝かせながら俺を凝視する。
「……なあ、お前は何をいってるんだ、光一。なあ……」
 俺は恐怖の余り、彼を見ることができないでいた。俺の中でのたった一つの良心が、今、黒く染まっていく。
「ねえ、兄さん、嬉しいでしょう?」
「……嬉しいわけないだろうッ、俺はお前だけを……お前だけは……俺のようになって欲しくなかったのに……」
「ごめんね、今まで辛かったよね……」光一は俺を抱きしめて頭を優しく撫でてきた。母親にやったようにだ。「大丈夫。母さんだけじゃ寂しいだろうから、ちゃんと父さんも一緒に送ったからね、安心して……」
「……あ、ああ……」
 俺は絶望の余り、嗚咽した。今までどんな苦しいこともやってこれた。どんな辛いことも、汚いことも、やりたくないことも、それは全て、光一、お前がいたからできたのに……。
「兄さん、罪は全て僕が被るからね。兄さんはちゃんと僕のヒーローでいてくれたらいいから」
 彼は俺を力一杯に抱きしめながらいった。
 彼に頭を撫でながら俺は有紗のことを思い出していた。
 ……私を救ってくれてありがとう、剛さん。これからもずっと一緒にいてね。
「ああ、あああ、アアアアアああ………こういちぃいぃ、何てことを……お前、何てことをおお……」
 俺は泣き叫びながらもなぜか光一を憎めずにいた。こいつは純粋すぎるあまり、何も見えていないのだ。純粋な白を黒に染めても、それは純粋な黒にはなれないように――。
「愛してるよ、兄さん。家族として僕は誇りに思ってる」
 彼は純粋な瞳で俺を崇拝していた。 
 その瞳の色は、限りなく純粋に近いグレイのようだった。












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