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2016年05月21日21:23

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お題22『絵画』 タイトル『プラトニック・セックス』

 筆に緩く力を込めて色をつけていく。配色の仕方はどうかと自分の心と向き合い対象物を見る。
 よし、この色だ。これで俺の作品は完成する!
「さっさとしてよ、5月っていっても寒いんだからね」
 そういって彼女は俺の体を蹴った。
「もう少しだけ、な。頼む」
「頼むじゃないわよ。できるっていって何時間経ってると思ってるのよ、もう無理」
 彼女はそういって暴れだした。もう少しで俺の最高のヴィーナスが完成する予定だったのに、こうなれば仕方がない。
「よし、葵。セックスしよう」
 俺は彼女を宥めるために優しくキスをした。彼女は嫌そうにしながらもそれを受け入れ、三度目のキスをする頃には機嫌を直していった。
 それもそのはずだ、今俺達は無敵の場所にいる。誰もが憧れるフランスの有名地に滞在しており、しかもその場に泊まっている最中なのだ。
 そう、俺達は世界遺産・大聖堂のモンサンミッシェルでお互いに肌を晒している――。

 フランスに辿り着き、俺と葵は新婚旅行気分でこの地を満喫していた。パリ市内でルーブル美術館でモナリザを楽しんだ後、中国人が作る札幌ラーメンを啜り、日本人が運行しているマイナビバスで今、フランスのモンサンミッシェルを訪れているのだ。
 俺達は今、天空にあるような聖堂の前に立っている。真横で開催されているマラソン大会がなければ、もっと夢の世界に浸れていただろう。
「凄いね、今日はここに泊まれるんだね」
「ああ、そうだ。ちゃんと道具を持ってきていてよかったよ」
 俺と葵は美術大学で知り合い、お互いの体をデッサンし合う仲だ。ポーズを決めてじっとするのは難しい。やはり会話がなければ絵も集中できない。そこで俺達は契約を結んだのだ。
 セフレという禁断の契約を。
「でもさ、ここまで二人だけで旅行に来ると友達じゃないよね」
「まあ、そういうなよ。俺達は体だけの密接な繋がりがあるじゃないか」
 俺は彼女の体に惚れ込んでおり、彼女も俺の体が好きだといってくれている。俺達はお互いの中身を知る前に体の関係が出来上がっていた。だからこそ、恋人という契約には至らず、今も友人同士でいる。
 しかも今年で4年目だ。今ではこのセックスも儀式化し、彼女がピルを飲んで安心安全に配慮していることに目が届くような関係である。
 しかし俺達は就職も決まらずに卒業旅行に来ており、これが最後だという予感めいたものさえある。
「ねえ、見てよ。潮が引いてるね。聖堂の外、歩けるんじゃない?」
「そうだな。今日は外で書いてみようか」
 モンサンミッシェルは海岸沿いにあり、潮の満ち引きで城外を歩けるのだ。今日はたまたま潮が引いているようで俺達の気分をさらに上昇させていく。
 夜、密会をするのに都合がいいからだ。俺達は最後の終止符を打つために今夜、お互いの裸体をここで書くことを決めている。
 俺達は昼間、恋人のように手を繋ぎ、聖堂の中を見学した。そして夜が来るのをひっそりと待った。
「え、本当に外でやるの? 見つかったらどうするのよ」
「アートだっていえばいいじゃん」
 俺は彼女を城壁に連れ込み体を弄った。彼女も満更ではなさそうにポーズを決めてくれる。
「いいね、最高に綺麗だ」
「褒めても何も出ないわよ」
「何も出なくていい、その姿を描きたいんだ」
 俺はそういって彼女の服を脱ぎ捨て裸体に絵の具をつけた筆を這わせた。今日で最後になるかもしれないと思うと、そのままスケッチするのは勿体ないと感じたからだ。夜だからこそ色は映えないが、絵の具の質感が彼女を立体的に見せることに成功していた。彼女の曲線美を追求するために俺は夢中で筆の動きに集中する。
「ねえ、寒いんだけど」
「……ああ」
 俺も寒いのだから、彼女が寒くないわけがない。5月とはいえフランスでは緯度があるため寒暖差が激しいのだ。俺達は隠れながらエロ本を読む小学生のように人の視線に怯えながら身を震わした。
「ねえ、もう限界……」
「もうちょっと待ってくれ。もう完成する。こんな機会二度とないんだから頼む」
「じゃあ、今すぐ暖めてよ」
「お前、正気か? こんな所で行為を見られたら捕まるだけじゃすまんかもしれないぞ」
「女の裸にデッサンしている時点で充分捕まるわよ」
「わかった、もう少しだけ待ってくれ。すぐ暖めてやるから」
 俺はそういって無我夢中で彼女の裸体に筆を這わせた。余裕がないため、感覚だけで動かす。自分のタッチに多少雑なイメージを覚えるが、やっぱり彼女は美しく、それすらも凌駕している。
「亮、もう限界」
「もうできる、もうすぐ!」
「限界、私は部屋に帰るからね」
 彼女は俺の体を蹴って、裸のまま部屋に戻ろうとしている。
「葵ッ。待ってくれ。わかった、俺が悪かった」彼女の近くに歩みよる。「葵、セックスしよう」
「捕まってもいいのね?」彼女は妊娠予防薬を取り出して俺の目の前で振ってみせた。
「ああ。どうせ君の心に捕まってるんだからいいさ。今夜を楽しむ、そう決めたんだ」
 そういって俺は錠剤を含み彼女の唇を奪いながら薬を飲ませた。フランスに来れば俺は俳優にだってなれるらしい。
 彼女の秘部を弄り、アイスの棒を舐め取るように執着する。彼女の弱い部分を攻めると彼女自身も熱を帯びてきて、俺にされるがままになっていく。
「なあ、最初の頃を思い出さないか?」
「……何を?」
「セフレ契約だよ」
 俺達は美術を専攻する者として契約を結んだ。それは常人では考えられない契約だ。
「俺はあの時、お前に心を奪われたよ、体も一緒にだけどさ」
「……そんなことも会ったわね、忘れちゃった」
「俺は覚えてるよ」
 彼女は正々堂々と、あなたの体が好きです、セフレになって下さいといったのだ。俺は生まれて初めての告白に身を震わせ、しばらく呆然となった。
「だって普通はセフレになってくれっていう儀式交わさないだろう。本当のセフレはなあなあにするもんだと思うぜ」
「だって心は求めてないから、仕方ないじゃない」
 彼女の物言いに少しだけショックを受ける。わかっていたことだが、彼女は俺に対して心を開かないのだ。
 俺にその気持ちがあったとしても――。
「なあ、葵。俺達、どうなるんだろうな」
 俺は葵が好きなポイントを触りながら伝える。俺には今日しかない。彼女と一緒になるチャンスは今日しかないのだ。
「どうなるって? これで最後じゃないの?」葵は冷静にいった。「だってもう私達、実家に戻るって決めたでしょう? 私は実家の画材屋を手伝うしかないし、あなたも……自分の道を行くといっていたじゃない」
「……そうだな」
 俺は自分に自信が持てない。だからこそ彼女と先に進んだ関係になれていないのだ。就職、結婚、家庭……、俺にはその先の道が未だ見えていない。そう思うと急激に心とあれが沈んでいく。
「……なあ、もし俺がさ、お前が必要だっていったらどうする?」
 俺は弱気になりながらも懸命に自分のものを奮い立たせた。このままなし崩しに別れるのだけは嫌だ。彼女の美しさを閉じ込めた絵をきちんと完成させたい。
 俺は体だけでなく、お前の心も好きだから。
「ねえ、その前に一つ質問していい?」
 彼女の言葉に俺は無言で頷いた。 
「私にもう一人、セフレができるっていったらどう思う?」
「え?」
 彼女の言葉に愕然とする。
「私達、アート仲間だよね? アートっていうことで許してくれる?」
 俺は返答に困った。彼女を愛しているからだ。
 出会った当初なら、許していただろう。俺は彼女の体だけが目当てだったからだ。だが今は四年の歳月を得て、この情欲も愛情へと変化している。
 葵を独占したい、と俺の心がいっている。
「駄目だ」
「どうして?」
「俺は、お前が好きだからだよ」本心でいう。「体だけじゃなくて心も。今、俺がやっているセックスはプラトニックの部分に他ならない」
「それは本当にプラトニックなの?」彼女は俺の言葉に反論する。「本当に愛があるのなら、彼女の行動は全て許せるんじゃないの?」
「……そうかもしれないな」俺は素直に頷いた。すでに指先を動かす余裕はなくお互いを抱きしめあうだけに留まっていた。「俺には愛なんてものはわからない。なにせ最初はお前の体を好きにできることに夢中だったから」
「私だって一緒よ。あなたの体が好きだから、ここまで一緒にこれたの。だから最後は綺麗に別れましょう?」
 ……彼女がそう望むのなら、それでいいのかもしれない。
 俺は彼女の体が一番近くにありながら彼女の心が一番遠くにあることを知った。きっと俺達の関係は体で始まり、体で終わるのが一番いいのかもしれない。
 所詮、体と心は別なのだ。男と女の考え方が違うように。
「じゃあ、挿入するぞ」
 俺は感情を高ぶらせながら彼女の中に入り込んだ。いつもより挿入感が強く、粘着力が高かった。
「……何で泣いてるの?」
 俺は彼女のそういわれて気づいた。いつの間にか涙を流していたのだ。この時が一生続くと思っていた、それがこれで最後になると思うと、感情が溢れてしまったのだ。
 彼女の美しさよりも、彼女を失ったことの方が俺にとって一番辛いことだったのだ。
 それを今更になってようやく体と心がリンクしたのだ。
「お前だって泣いてるじゃないか」
 彼女のポーカーフェイスを見ていった。彼女の顔に涙一つない、だが下半身の具合がいつもとは違った。
「泣いてないわよ」彼女は目線を反らしていった。「ただ、最後だと思うと寂しいけどね。本当に好きだったわ、あなたのこと」
「ありがとう。それで充分だ」
「もういきそう?」彼女は再び視線を外しながらいう。今までにこんな表情を見せたことはない。
「いったら終わりなのか?」
「そうよ」
「なら、ずっとこのままでいる」
「子供なの?」
「子供だよ」
 俺はかみ締めるようにいった。彼女と繋がっていられるのなら、たとえあれがなくなってもいい。このまま一緒になれるのなら、それで――。
「じゃあさ、私の中に出して、子供ができたら正式に付き合うっていうのはどう?」
「え、だってお前、さっき……」
「さっきの薬は嘘。今日は危険日だから、中に出したら20%の確率で子供ができるわ。このまま外に出すんだったら、ほぼ0ね」
「……そうか」
 俺は迷うことなく中に出すと、彼女は理解できずに唖然としていた。
「え、もう出したの?」
「ああ、だって一緒にいたかったから」
「子供か!」
「子供だッ!」
 俺がそういうと、彼女は狂ったように笑い出した。
「そう、なら仕方ないわね」葵はそういって鞄から何かを取り出した。「じゃあ愛の証、受け取ってくれる?」
「え? これは?」
「そういうこと」
 俺が見たのは妊娠検査薬の端切れだった。陽性のマークが出ている。
「お前、まさか、本当に……飲んでるっていったじゃないか。いつできたんだ?」
「飲んでてもできる時はできるのよ」彼女は口元を歪めながらいった。「この旅行に来る前よ。ふふっ、さっきの言葉、嘘はないわね?」
「ああ、嘘はない。俺と結婚してくれないか?」
 俺は彼女と繋がったままいった。潮風が当たり寒いはずだが、心臓はバクバクと大きな音を立てていた。
「ええ、喜んで」
「本当か!」
「うん、もう体だけの付き合いは正直きついわ」彼女は苦笑いしながらいった。「大体あなた、下手すぎるのよ。自分では上手いと思っているのかもしれないけど、女ってほとんど性欲ないから、擦られても痛いだけなの。だから新しいセフレっていうのも嘘」
「え……そうなのか」
 俺のプライドと共にあれも小さくなっていく。まさかこの場面でそんなことをいわれるとは思わなかった。
「私もあなたと一緒で体だけの関係は半年だけ。後はプラトニックよ」
 そういって彼女は微笑みながら髪を掻き上げた。
 ……ああ、彼女に絵の具なんて必要ないじゃないか。
 俺は朝焼けを浴びている彼女の姿を見て本心でそう思った。今の彼女の笑顔こそ、俺が一番追い求めていた理想の姿だったからだ。









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