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2016年05月09日20:55

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お題17『幽霊』 タイトル『まだまだイかない天国(あまくに)さん』

「じゃあ、今年の文化祭はお化け屋敷で決定です」
 教壇の上に立っている天国(あまくに)さんが両手を叩くと、皆がそれに賛同するように拍手を始めた。
 彼女の隣にいる僕は両手を叩きながら肘で彼女に合図を送る。
「本当にこれでいいの、天国さん?」
「しょうがないじゃない。決まったんだから」
 彼女は微笑みを崩さずお化け屋敷と黒板に書いていく。
「ではまた明日、出し物を決めますのでよろしくお願いします」
 彼女の一声でクラスは魂を取り戻したように、それぞれが思う方向へと動いていった。
「ふふ、でも私のクラスでお化け屋敷をするなんてね」
 彼女は薄笑いをしながら僕を見る。
「本当だよ」僕は頭を悩ませながらいう。「天国さんが幽霊なんだから、このクラスは毎日お化け屋敷なんだけどね」
「……そうだね」
 そういって天国さんは笑った。
 僕の名前は寺内守(てらうち まもる)。僕と天国さんが文化祭の実行委員となってしまったため、今日は教壇に立つ天国さんの進行の下、クラスの出し物を多数決で決めていたところだ。
 僕は名前の通り、実家はお寺であり、僕自身も坊主になることが決まっている。そんな僕がなぜ幽霊の彼女と仲良くできるかというと、彼女は初恋の相手であり幼馴染だったのだ。
 もちろん、それは、生きていた時の彼女だったのだけど――。
 
「じゃあ出し物を決めようか」
 お互いに机を合わせ具体的な案を練ることにした。今この教室には僕と天国さんしかいない。
「じゃあ寺内君、何か案がある?」
「うーん」
 ……これは難しいぞ。
 僕は頭を悩ませる。本物の幽霊がいるのだから、ここで普通のお化け屋敷をするのも惜しい。だからといって彼女が幽霊だとばれても困る。
 ちょうどいい案を考えているのだが、これが中々思いつかない。
「天国さんはお化け屋敷行ったことある?」
「ないわね」
「……え。あ、そうか」僕は声を漏らしながら思い過ごす。彼女は天国さんであって天国さんではない。今の彼女の記憶には僕と過ごした記憶がないのだ。
 天国祐子(ゆうこ)ちゃんの意識はすでに亡くなっており、彼女の体を動かしているのは全て、幽霊であるユウコさんの仕業だ。
 祐子ちゃんといったお化け屋敷を思い出す。
 彼女は可憐で花が好きな子だった。小さい頃から親同士が仲良くて、僕達はいつも一緒だった。彼女の両親が葬儀屋さんで僕の両親がお寺だったから、関係は強かった。
「まあ、お化け屋敷っていうのはアトラクションなんだよ」僕はなるべくわかりやすく彼女に説明した。「わざわざお金を払って怖い所に行くのはドキドキしたい、楽しみたいっていう気持ちがあっていくものなんだ」
「そうなのね」
 彼女の表情に祐子ちゃんの表情は見えない。
祐子ちゃんは僕といった遊園地の帰り、交通事故にあって亡くなった。彼女の通夜で父がお経を上げている時、彼女は突然生き返ったのだ。棺の中には彼女が好きなピンクの撫子が包まれており、彼女は花を眺めながら目を覚ました。
 その後、病院の検査を通して彼女に異常はなかった。ただ1つ、彼女が本物の祐子ちゃんではないということだけを残して。
 僕は彼女に告白していたのだが、結局答えを訊けず終いだった。もちろん今までで、一度も本人が登場したことはない。
「私の住んでいた時の村にね、火を噴くおじさんがいたの」天国さんは話し出した。「火を噴くための油を飲み過ぎて死んじゃったんだけど、これはお化け屋敷になるの?笑い話になるとは思うのだけど」
 ……わ、笑えねえ。
 彼女のジョークはブラック過ぎて高校生の僕にはきつい。
「そういうのは見世物小屋って呼ばれるやつだね」
 僕は彼女の話を反らすことにした。
「お化け屋敷ってさ、大体2パターンあるんだ。静かな中、じわじわと怖がらせていくのと、わっと驚かすような動きのあるアクションの2つなんだ」
「なるほど、そういうものなのね」
 再びお化け屋敷の案を二人で練る。もちろん二つのパターンともできるのが理想だが、クラス部屋は1つしか使えない。やるとしてもどちらか一本に絞らなければならないのだ。
「二パターンのうち、消去法で考えようよ。ゆっくりとしたホラー的なアクションから考えてみよう」
「そうね、じゃあこういうのはどうかしら?」
 彼女は頭を悩ませながらいった。
「私が幽霊になるまでの過程を書いた日記を朗読するというのはどう?」
「ゆっくりしすぎだし、怖過ぎるよ」僕は突っ込んだ。「そういう怖さじゃなくて、なんていうか、そこにあるはずがないものが目に見える恐怖じゃないと駄目なんだ。天国さんが幽霊って信じて貰うための会じゃないんだから、誰も来てくれなくなっちゃうよ」
「そうなのね」
 彼女は表情を変えずに頷いた。
「じゃあ私が相手に乗り移るっていうのはどう?視覚的にも楽しめると思うわ」
「視覚的に楽しめるっていうか、命の危険性があるのは駄目だよ」僕は再度突っ込んだ。「意識が飛んじゃうってことでしょ、それ、見えてないから。死角になってるだけだから」
「残念ね」彼女は冷えた表情でいった。「一日三回までしか使えない特技だから、面白いと思ったのだけど」
「それだと三人のお客さんしか楽しめないよ、大赤字になっちゃうよ」
 彼女の案が真面目すぎて怖い。真剣に考えているからだろうが、全て命がけなのだ。そういうのはお化け屋敷で求められていない。
「リアルなものが欲しいわけじゃないんだよ。リアリティが欲しいんだ。本当の実体験とかじゃなくて、軽くドキドキできるようなものがいいんだよ。自分ではなく、他人の体験なんかがね。言い伝えとか怪談とかあるじゃない?」
「なるほど、そういう類ね」天国さんはしっかりと考えていった。「私が生まれ育った所の言い伝えがあるのだけど…そういうのでもいいの?」
「いいね、そういう話が聞きたい」僕はネットのクリックボタンを押すようにいった。
「私が住んでいた村にね、なまはげと呼ばれる仮面作りが趣味の包丁屋がいたんだけど……」
「ごめん、それはやめよう」
 僕は咄嗟に止めた。確かに他人の話だけど、それは怖すぎてどん引きするような話だ。ていうか、この人、一体いつの時代の人間なのだろうか。未だに時代設定がわからない。
「とりあえず、雰囲気で怖がらせるのは止めてさ、アトラクションでいこう」
「どういったものがあるの?」
「基本は誰もいない、という感じに見せて後ろから驚かせるやつが定番だね」
「そうなのね。それなら私でもできるわ」
 そういって天国さんは嬉しそうに微笑んだ。
 その微笑に疑問を感じる。
「それ、絶対に幽体離脱するやつでしょ、それは駄目だよ」僕は言葉を続けた。「どうせ後ろのお客さんに乗り移って前のお客さんを驚かせるってやつでしょ」
「うん、何でわかったの?それなら三人だけじゃなくて人数が増やせるわ」
 ……そういう問題じゃない。
 僕は心の中で突っ込んだ。三人が六人になろうが微々たる差だ。お化け屋敷は基本1つのルートなのだ、彼女は何かライブのようなものを想像しているのかもしれない。
「もっと抜本的な改革が必要だね。天国さんの考え方はシンプルすぎて逆に怖いよ」
 彼女の考え方はストレートすぎるのだ。包丁を持った男がまっすぐに襲ってくるくらいシンプルで、高校生の喧嘩に核ミサイルを持ってきてしまうようなものだ。それはもうホラーではなくただの恐怖になってしまう。
「よし、こうしよう。役を作るのが一番初歩的で簡単だし、クラスには40人いるから、みんなで協力してできるやつにしよう」
「なるほど、具体的にいったらどんなことをするの?」
「猫娘とか、フランケンシュタインとか、ねずみ小僧とか、キョンシーとか、そういうの」
「よくわからないのが混じっているけど……お化け屋敷は日本じゃないの?」
「日本人はそういうのに寛容なんだよ」
「変わってしまったのね、その鏡のような道具で」
 彼女はそういって僕のスマートフォンを凝視する。
 彼女はこの携帯電話に興味津々だ。僕といる時にはいつも、楽しそうに眺めている。すでにネットサーフィンは習得済みだ。
「……役を作るのね。あ、こういうのはどう?」彼女の顔にぱっと花が咲く。「中を案内する人を用意して、その人が突然ゾンビに変身して驚かせるというのは?」
「スリラーか!」僕は突っ込んだ。なぜ彼女がそんなことを知っているかに驚いてしまう。「あれはプロモーションビデオで、ちょっとコメディチックな感じになってしまうというか」
「じゃあその死体が後ろ向きに歩いて帰ったらどう?」
「だからマイケルか!」僕は突っ込んだ。「映像ではなく、もっと映画とかであるじゃない?最近見せたホラー映画のリングってあったじゃない」
「ああ、思い出したわ。大家族が愉快に踊りながら出てくるあれね」
「それはリンゴ! サザエさんじゃねぇ!」僕は突っ込んだ。「確かに林檎からでてくるのも怖いけど、そういうのじゃなくて仄暗い中から出てくるやつだよ」
「わかったわ、綺麗な海にしか生えていないやつね」
「それはサンゴ! 仄暗いっていうか、底見えないから、絶対」僕は大きく突っ込んだ。「深海の中で見たら恐怖だろうけど、どういうシチュエーションなの、それ。スキューバダイビングしないとわからないよ」
「じゃあマッサージを受けながらというのはどう?」
「てやんでぇ! ってそれはシンゴ!」僕は叫びながら突っ込んだ。「くつろいでる時点でもうお化け屋敷じゃないよ。駄目だこりゃ」
 ……これ以上、突っ込んで入られない。
 僕は溜息をつきながら長さんの物真似をした。外はもう薄暗くなっており、夕日が消えかかりつつある。早く出し物を決めなくてはいけない。
「じゃあ私が貞子をするわ」天国さんはそういった。「役を作るのなら、メインキャラクターが必要でしょう? 実行委員の私が貞子をしたら、みんな、やりやすくなるんじゃない?」
「……そ、そうだね」
 急にまともな意見をいうので侮れない。配役的にもぴったりだし、費用もそこまで掛からない。
「まあ、彼女の気持ちがわかってしまうから、私にしかできないものだと思うし」
 ……そういう心理描写はいらないよ。
 僕は心の中で突っ込みを入れた。井戸が何か彼女の出生に関係しているのだろうか。
「天国さんは……どこで生まれたの?」
「若松海岸の村のはずれよ、私は末っ子だったの」
「……そうなんだ」
 リアルな情報を聞いてもなんともいいようがない。友人に無理やり遊びに誘われ、行けたら行くよ、と答えるしかないような虚無感を覚える。
「私の家の近くにある井戸はね、諺にあるように皆、何かあればそこに集まっていたのよ」天国さんが不敵な笑みを浮かべた。「……もしかして、私が本当の貞子だったらどうする?」
「怖いよ。僕を怖がらせてどうするのさ」
 寺生まれであるがゆえに彼女の話は怖い。僕は人より霊感があるからだ。
「私は貞子じゃないわ」そういって天国さんは花が咲くように笑った。「私は天国ユウコだもの。ね、まーちゃん?」
 その呼び方にドキリとする。彼女はこうやって僕をたまにからかうのだ。
「ねえ、1つ訊いてもいい? あの時のこと」
 ……きっと告白のことだろう。
 僕は再び病室を思い出した。僕は彼女が生きていたことが嬉しくてもう一度、告白したのだ。告白の返事はしなくていいからこれからも友達でいてくれと告げた。彼女が存在するだけでいいと思っていたのだが、それすら叶わなかった。
 彼女の心はすでに死んでいるからだ。
「もし私が本物の祐子ちゃんだったらどうする?」
「それは……」
 僕の携帯が突然鳴った。寺のBGMだ。きっと父親だろう。
 携帯を探していると、天国さんが泡を吐きながら蟹のようになっていた。
「ご、ごめん! 天国さん、まだイっちゃだめだよ!」
 僕が携帯の電源を切ると、彼女は額にある汗を拭った。
「危ない所だったわ。もう少しで天の川が見えそうだったわ」
「それは七夕でしょ」
 僕が突っ込むと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
 今のは笑い的にはありなのだが、彼女の笑いはいつも狂気を抱えていて怖い。それが幽霊の仕業なのだから、手のつけようがない。
「で、何の質問だったっけ?」
「私が本物だったら、ってこと」
「本物だったら嬉しいけど、天国さんとお別れするのは寂しいよ」
「へーそうなんだ」彼女はにやにやしながら僕の顔に近づいた。「えっち、浮気者」
「そ、そんなんじゃないよ」
 鞄を持って走り出す彼女に手が届かない。
 再び彼女を失うのは嫌だ。
 ……しかし、これは浮気になるのだろうか?
 微笑む彼女を見て、僕はどっちの彼女が好きだったのかわからなくなっていた。夕日が彼女を影へと追いやり残像を残す。
 僕の気持ちもまた幽霊のように漂っているのだと感じながら、僕は彼女を追い掛けることにした。
  
 








おまけ→福岡にある『天国社』という葬儀場のCMです。もう一度だけいいます、葬儀場のCMでございます(笑)あなたの価値観が必ず変わります、是非見て下さい!

まだまだ行かない天国社→https://www.youtube.com/watch?v=iTCoBwkkjb0





タイトルへ→http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1952136676&owner_id=64521149
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