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2016年04月29日19:19

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お題10『父の日』 タイトル『ピングーとブルー』

「……親父」
 俺は父親の祭壇の前で焼香を上げる。前から想像していたが、やはり何の感情も沸かない。ただ線香がゆらゆらと揺れており俺の心と同じようにぼやけているだけだ。
「今日は皆さん、ご足労頂きありがとうございます」
 横で母親が声を上げる。父親が亡くなったといっても母はまだ70代だ。頭はしっかりしている。
「驚いた、あんたちゃんと挨拶できるのね」
「当たり前だろ。俺だってもう45だぜ」
 俺はふてくされた子供のようにいう。母親にとって俺がいくつでも子供なのは変わりないが、初七日の挨拶を済ませただけで母親は俺を見る顔が変わっていた。
「でも、あっという間だったわね」
「そうだな」
 俺は親父の体の一部が入った骨壷を見る。やはり俺の感情はぴくりとも動いてくれない。この骨からは親父の姿が想像できないのだ。
 俺の親父は化学者で海外を飛び回っていた。家にいるのは年に2、3回で、常に色んな所を飛び回っていた。
 親父は退職した後、いままでの生活が嘘のように家に滞在し出した。俺たちは常に顔を合わすようになったが何を話していいかもわからず、この年までほとんど会話もなく今、親父は遺影となって俺の前にいる。
 親父と俺は遠すぎて、近すぎたのだ。一定の距離を保つ間もなく、俺たちは別れることになった。
 ……なあ、親父。
 俺は心の中で語りかける。生きていれば必ず話しかけることはなかった。今だからこそ訊けることがある。
 ……親父、俺はあんたにとってどんな息子だったんだ?
 
 初七日を終えた俺たちは家に帰り着いた。早速仏壇に親父の写真を飾り、ご先祖様に報告をする。
 仏壇の前で正座していると、いつしか親父に和室で怒られたことを思い出した。今となってはいい思い出だが、あの時は恐怖で足が動かなかった。
 俺は揺れ動く線香に合わせて、ぼんやりと親父との記憶を遡ることにした。

「つよし、ちょっとこっちにきなさい」
 俺は親父に呼ばれてすぐに飛び出した。親父は癇癪持ちで短気なので、すぐに行動しなければ怒鳴られるのだ。
「なんだ、このテストは?」
 俺は親父の意図がわからずそのテストを見た。そこには98点と書かれた算数の答案があった。
「どうして一問、間違えたんだ?」
「え?」
「単純な計算ミスじゃないか、お前なら100点取れるはずだ。なぜだ?」
 俺は恐怖した。親父のいうことは正しいのだが、そんなことをいわれると思ってなかったのだ。
「俺に見せる時は、きちんとしたものを見せろ。じゃないとお前の将来が不安になる」
 俺の親父は大阪大学を出て一流企業で働いていた、三菱化学だ。その後、親父はドイツの企業に引き抜かれイギリスから新たな染料を作った偉大な化学者として表彰される。
 俺は驚きのあまり、声を失った。久しぶりに親父に会えたことで嬉しくて俺はついテストを渡してしまったのだ。俺の中でも得意とする算数で、俺はクラスで一番だった。周りは皆、俺を尊敬し博士とまでいっていた。
 それが親父の前では……。
「ごめんなさい」
 俺は親父に謝った。
「今度は100点を取ります」
「そうだ、お前なら取れる。しっかりしなさい」
 親父はそういって英字新聞に目をやった。

 俺はこの時を境にして親父と話さなくなったのだ、と思った。
 親父は帰ってきた時に俺にファミコンの面白さを教えてくれ、公文で俺に算数の楽しさを教えてくれ、プールで泳ぐことの達成感を教えてくれた。
 俺にとって親父は遊びの先輩であり、人生の先生だったのだ。その親父のいうことに俺は自分自身の限界を感じて遠ざかったのだ。
「……なあ、親父」
 俺は親父を思いながら彼の遺影を見る。そこには真面目でふくよかな親父の顔があった。分厚い眼鏡が彼の頭の良さを際立たせる。
「親父は俺のことをどう思ってたんだ」
 俺は親父の写真を眺めながら、やっと親父と会話ができると密やかに微笑んでいた。親父とは死ななければできない会話がたくさんあったのだ。
 父親に思いを寄せていると、母が呼ぶ声がした。
「つよしー。ねえ、あんたちょっと手伝って」
 母親はどうやら二階にいるらしい。声の方角で親父の部屋だということはわかる。
 俺が二階に上がると、母親は親父の遺品整理を始めていた。
「今からするの?」葬式から帰ってきたという言葉を思わず呑む。
「そうよ、だって私、明日から東京に行くから」
 母親も思いついたら止まらない性格なのだ。父親が退職した後、お袋は今度は自分だというように日本各地を旅行している。
 俺たちは三人が三人とも独立した生活を送っていた。飯だってまともに三人で食べたことはないし、皆、別々の方向に走るイノシシのように思い立ったら相談せず走ってしまうのだ。
「うお、懐かしい」
 俺は親父の遺影を整理しながら、一つ気になったものが見つかった。それは俺が小学校の時に履いていたエアマックスというナイキが開発した靴だ。その文字配色が日本では赤でアメリカでは青という、限定的なデザインであって、俺の親父は青の靴を買ってきた。そのぼろぼろになった俺の靴を親父は大事にしていたのだ。
「あんたの靴よ」
「覚えてるよ」
 俺は母親に目もくれず靴に目を奪われた。今みてもこの靴のデザインは完成されている。俺が親父にアメリカの土産にねだったのだ。
 親父は職場で『ブルー』の染料を作っていた。俺がどれだけその色を作るのか難しいかわかっている。俺は藍染(あいぞめ)工場で働いているからだ。
 青の色素は非常に弱く、繊細なのだ。黄色のようにスペクトルの幅が広くないため、非常に細かな作業を要求される。サントリーが青の薔薇を作った時に世界中が注目したのはこのためだ。それくらい青の色素というのは難しい題材なのだ。
 俺は親父の葬式に参加した一人の人物を思い出した。ダイスター株式会社と呼ばれる染料の会社の社長だ。彼は親父と仲がよく、親父は退職後もPC電話(スカイプ)を通して彼と会話をしていた。
 俺が藍染職人だと知ると、彼は競馬場の馬のように枷が外れたように話し始めた。色の作り方を一から説明しだし、親父がいかに凄いかを教えてくれた。
 染料とは元々透明の粉薬のようなものだ。青を作るためには青を反射する逆の色素を合成しなくてはならない。最終的に見える青は俺たちがそう見えるだけで、色素自体は逆になる。
「そうなんだよ、つよし君。君は話がわかるね」
 社長は嬉しそうに酒を飲みながらいう。彼の表情を見るだけで親父がいかに慕われていたかわかってしまう。
「君の父親は凄い人だ。とっても真面目で純粋な人なんだよ」
 彼はそういって作る工程を話し始めた。
 材料に使う液体をフラスコで撹拌し、ろ過した後、固体となった色素を再び混ぜ合わせ、さらに撹拌し……。色を作る工程がいかに難しいかを語ってくれ、俺はその人の教えをただ黙って聞いた。彼は親父に惚れているのだ。70を過ぎて退職した親父のことを未だに誇りに思っていたのだ。
 俺は彼の話を聞いて正直、羨ましいと思った。親父と一緒に共に過ごした月日はきっと純粋だったのだろう。きっと親父は自分の家族のことを誰にも語る暇がないほど没頭できたのだ。
 だが反動もある。その葬式会場にきた会社の人物は彼だけだった。親父は同僚から疎まれていたようなのだ。
 今でもそれは想像できる。協調性のない親父には職場の人間関係など必要なかったのだろう、ただ、純粋に青の色素を作れればそれでよかったのだ。
「懐かしいわね、その靴」母親が懐かしむようにいい、なぜか誇らしげに続けた。「お父さん、アメリカに行っていた時、毎晩その靴探したらしいのよ。あんたの靴のサイズがないっていって」
「そうなのか」
 俺は再び靴を眺める。サイズを確認すると24.5と書かれていた。小学4年生にしては大きいだろう。
「で、見つかったら見つかったで、あんたが大きくなることを考えて、再びサイズを返品したわけ。面白いでしょ?」
「……笑えねえな」
 俺は相槌を打ちながらいう。確かに当時の俺はこの靴を最初履いて違和感しかなかった。だがそれが父親が考えた結果だと考えると、納得がいった。もちろん今では俺の靴サイズは28と大きいし、この靴はもう入らない。
 ……履きにくいから覚えているわけじゃなくて、長いこと履いていたから覚えていたのか。
 俺は自分の記憶をゆっくりと辿る。親父と過ごした月日は人より短いけれど、親父が俺のことを考えてくれた時間は人より長かったのかもしれない。
 一緒にいる時間が短いからといって、人の思いは薄くはならない。一度色をつけてしまえば、それは必ず残るのだ。
「青は藍より出でて愛よりも青しってか」
 俺が語呂を考えて呟くと、母親が食い殺すような目で見てきた。俺は黙って他の物を探し始めた。
「お、これは……」
「あんたがお父さんにあげたプレゼントでしょ」
 重箱のような巨大なものから俺が上げた小さなハンカチが出てきた。よれて色も落ちているが、どうやら未だに使ってくれていたようだ。
「懐かしいな……」
 俺が24で藍染の仕事を始めるきっかけになったのがこのハンカチだ。徳島にある藍染体験で俺はこの世界に潜っていった。
 藍染は同じ甕の中に浸しその時間で色素が決まる。感覚が重要なのだ。同じ色のものは二度とできない、一発勝負。それを何度も繰り返し自分色に染めていく。それが俺の肌に合い、今でもこの世界にいる。
 俺はハンカチを見ながら親父に思いを馳せた。父親との記憶も藍染のようにゆっくりと何度も染め直すことができるのだ。
 俺は自分の記憶を染め直したい、と思った。仕事で納得がいかなかった感覚を思い出し、親父の遺品漁りに熱が篭もる。
 アルバムを見つけ巡っていく。再び俺が知らない写真があった。
 母親と俺が遠くから撮られている写真だ。
「なあ、この写真、俺の運動会だよな? 親父いなかったのに、なんで持ってるんだよ」
「ああ、それね」母親は薄い表情を浮かべて応える。「お父さん、あなたの運動会には帰ってきてたのよ。自分が運動嫌いだから、あんたには何もいえないわけ」
 どうやら親父はこっそり帰国して運動会を見ていたようだ。
「……ストーカーかよ」
「ストーカーだよ」母は笑いながらいう。「あんたにはきちんとした態度を取らないといけないから、話したくても話せなかったのよ。お父さん、プライド高いから」
「高過ぎだろう、親父……」
 俺は写真に夢中になった。親父の写真集に俺の姿はたくさん写っていた。全て俺が遠くに写っており、まともに正面の写真がない。それが逆に親父の性格を現しており、俺の心にくるものがあった。
「一枚ならまだよかったと思えるけど、多すぎだろう」俺は親父が撮った写真の数に驚いて絶句した。俺が藍染特集で写った新聞まで切り抜かれている。「これ、俺のテストじゃないか」
 そこには算数のテストが全て記録されていた。なぜか点数の横に一言記されている。
「この98点のテスト……」
「ああ、これね」母親は少し悲しそうな顔をしていう。「あの時、お父さん仕事で参っていたから、あんたに当たり過ぎたって落ち込んでたのよ。それで罪滅ぼしみたいにあんたのテストを一枚ずつ取っていたの」
 俺の涙腺が蛇口を捻ったように徐々に緩んでいく。親父も親父で考えてくれていたのだ。
 100点を取ったテストに俺の親父はおめでとう、と書いてあった。
「デレのないまま死んでいくなんて……昭和かよ」
「昭和でしょ」母は俺のボケに相槌を入れながら突っ込む。
「お父さん、あんたがいない時、あんたの話しかしないんだから」
 俺の心にあったわだかまりが晴れていく。何でもっと早く親父と会話をしなかったのだろう。
 それは親父も一緒だったのだ。今の俺ならわかる。親父は不器用で純粋すぎたのだ。仕事で家庭を犠牲にしているからこそ、老後は隠居生活を始め母親のバックアップについた。親父は時間があったのに、あえて自分からは語らなかったのだ。
 それは親父の色に対するスタンスと一緒だった。化学式のように0から1を作る方法と同じだった。
 俺の色に対するスタンスは藍染のように数字ではなく感覚で作るのだ。
 理論と感覚。やり方は違えど、目的は一緒だ。
 俺たちは青を求めて反対の色素を求めすぎたのだ。だからこそ俺の後ろには親父が見える。一周回って、俺たちは背中を伝って言葉を交わすことができるようになったのだ。
「青は化学式から出でて零から青しってか……」
 俺が心の声をぼやくと、母親は横からじと目で俺をにらみつけた。
「全然、面白くないわよ」母親はいった。「まあ、お父さんも同じようなこといっていたけど」
「マジ?」
 俺は母親の言葉を待った。親父とシンクロできたと思うと、その内容が気になるのだ。きっと青は藍より出でて藍より青し、という諺を使って何かを表現したのだろう。
 俺がお袋に催促すると、そこにはピンクの写真立ての中にピングーという可愛いペンギンのキャラクターが一人手を上げていた。
「何これ?」
「お父さん、実はピンクが好きだったのよ」
「は?」
 俺は親父をいぶかった。親父がピンクのものを持った所を一度も見たことないからだ。
「ピンクって桃色の?」
「そうよ」
「……乙女かよ、親父」
「乙女だよ」母親はそういってさらに付け加えた。「だからこの写真、ピンクの額縁を使ってるの」
「ふーん」俺はその写真を見てさらに皮肉に微笑んだ。「ピングーがピンクってか。センスねえな、親父」
 俺が乾いた笑みを浮かべると、母親は首を振った。
「違うわよ、ピングーがピン(一人)でグー」
「ピングーには指ねえだろ」俺は母親に突っ込みを入れた。「どっちにしても笑えねえよ」
「私にしたらあんた達、二人ともどっちも面白くないわよ」母親は真顔でいった。「まあそういう所が親子だから、似てるのかもね」
「……そうかもな」
 俺が納得すると、お袋は溜息をつきながら乾いた笑みを見せた。
 俺たちは再び顔を見合わせて笑いあった。






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