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2016年03月05日00:05

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『春蘭と秋菊の競艶』第5話

『春蘭と秋菊の競艶』第6話

 観劇を終えた三人は、オペラ座の向かいにあるホテル「インターコンチネンタル・パリ・ル・グラン」に足を向けた。今夜の宿とレストランをここで予約していたからだ。ホテルの入り口に入ると、見事な蘭の花と優雅なシャンデリアの輝きが客人たちを出迎えた。白を基調とした洗練されたヨーロピアンスタイルの天井と柱に、大理石張りの床と受付、エレベーターホールは木材が張られ重厚な雰囲気になっている。客室に続く階段は絨毯が敷かれて、いたるところに絵画や花が飾られていた。階段の手すりの透かし彫りも素晴らしく、各階のエレベーターホールは美しい壁紙と絨毯で豪華に装飾されている。パリ随一の格式と伝統を感じられる、四つ星ホテルとは思えないホテルだ。
 チェックインをした後、館内レストランの「カフェ・ド・ラ・ペ」で三人はディナーを楽しんだ。洗練されたフランス料理とフランスのワインに思う存分、舌つづみを打つ。
「あー、でも面白かったな、あのオペレッタ。ハーデスを寝取られ男にするとか、発想がすごいわ」
 牛のフィレ肉のステーキを切り分けながら、カノンが楽しそうに話す。
「そうだな。それにあのハエに化けたゼウスは実にリアルだった」
「え?マジ?ゼウスって本当にあんな奴なの?」
「手段を選ばんところがあるからな。政治家としては大した手腕の持ち主なんだが…」
 「シャトー・ラトゥール」を傾けながらアケローオスが言う。フランスを代表する「五大シャトー」の中でも「最も力強く男性的」と評される、重厚な赤ワインだ。
「ただあいつの場合、政略的に情事をしてるところもあるからなぁ。エウリュノメとかデメテルとか、有力な女神に粉をかけて各界への影響力を持とうという意図が透けて見えるんだよ。人間の女に手を付ける場合も、『こういう英雄が必要だからこの女に産ませよう』と考えている節がある。例外はヘラだな。あの時はゼウスが惚れて拝み倒したんだ」
「メーティス様…アテナの母上の場合はどうだったのです?あなたには妹君ですよね」
「うん…あれも妻というより、参謀としての能力を必要として近付いた…という感じだったな。メーティスの方は、そういうゼウスの王としての器量に惚れこんだみたいだが…」
「メーティス様は、ゼウスを愛しておられたのですか?」
「ああ。ベタ惚れ。だからゼウスに取り込まれても文句も言わず、抜け出そうともせず、愛する男と一心同体になった形に満足したんだ。あの妹は今でもゼウスの頭の中であいつに助言を続けているよ。自分が外で動けない代わりに、父の力になれ、父に尽くせと、娘のアテナを自分の分身として送り出したりしてまでな。だからメーティスの件は妹の意志を尊重するということで親父も不承不承だが納得した」
「そうなんだ…」
「…ゼウスは、アテナや地上のことをどう思っているのでしょう?ハーデスやポセイドンのように、人間を滅ぼそうとすることは…」
「もともと『天界はゼウス、海界はポセイドン、冥界はハーデス、地上は神々の共有地として中立地帯に』というのが取り決めだ。ゼウスが地上をアテナに任せて、ポセイドンやハーデスの干渉を退けるのを黙認しているのは、その取り決めを覆す気はないということだろうな。ただ今回の聖戦は、海底神殿が崩壊したり冥界が崩壊したりと、アテナがやり過ぎた観があるので、神々からも批判が出てるんだが…」
「そうなのですか?」
「決められたルールに従ってボードゲームをしていたのに、突然、アテナが盤をひっくり返したようなものだからな。ゼウスも困ったことになったと思っているだろうが…、それでもあいつにとってアテナは最愛の娘だ。頭の中のメーティスも、まさか自分の娘を滅ぼせとは助言はすまい」
「だと助かるのですが…」
「天界に帰還した暁には、アテナには十分に親孝行をしてもらって、父の機嫌を取っておいてもらうことだな。最強の力を持つ者がゼウスであるのは間違いない。あいつさえ敵に回さなければ、他の神々との仲が多少、険悪になっても恐れることはない」
「今度、アテナにそうお伝えしておきます」
 肉料理の皿が下げられると、パイナップルと葡萄、トロピカルフルーツのついたバニラ・アイスクリームがデザートとして運ばれてきた。
 フルーツを食べていたカノンが、突然、瞳をいたずらっぽくきらめかせた。
「…いただき!」
 言うなり、カノンは隣の兄の皿に盛られたパイナップルにフォークを突き刺し、ぱくりと自分が食べた。
「…カノン、お前…」
 サガは驚き、そして呆れた目を弟に向けた。
「私の分も食べたいのなら、そう言え。何も盗ることはないだろう」
「バーカ。こういうのは横取りするから楽しいんだよ」
 兄の不意を突いていたずらを成功させ、にんまりと笑っているカノンに、アケローオスも苦笑する。
「まったく、お前は子供のころから進歩がないな」
 そうしてアケローオスは自分の皿をサガの方に押しやった。
「ほら、サガ、おれの分をやるから食べたらいい」
「…いただきます」
 サガはアケローオスの皿からパイナップルを取り、自分の皿に移した。そして思い出したように軽く笑い声を立てる。
「本当に…昔からこうだった…」
「ん?」
「アイアイエを訪れたあなたが、娘たちが作ったからとベリーやフルーツのケーキをお土産に持ってくる。おやつにそれを切り分けて皆で食べる。するとカノンが私の分のフルーツやベリーを盗って…私が泣きべそをかくと、あなたが言ってくれる。『ほら、サガ、おれの分をやるから、泣くな』と…」
 パイナップルを食べ、サガが懐かしそうに語った。
「あなた方はいつも優しくて、私たちを甘やかしてくれて…だから私たちは思い上がってしまった。神など大したことはない、簡単に取って代われる、と…」
 笑みを浮かべた瞳に、自戒と哀しみが混じる。
「なんだ、お前たちが増長したのは、おれたちの育て方が悪かったからか?」
「そうだよ。一度もおれたち相手に本気を見せなかったあんたたちが悪い」
「一度くらい、本気で私たちを叩きのめしておかれたら良かったのに」
「…十にもならん子供相手に本気になれるか。まったく…」
 憮然としたアケローオスに対して、双子たちは子供のように笑いかけたのだった。

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