久米宏の後を受けて、意識するなというのも無理な話だが、キャスターの素養のないままの12年間は本人にとって挫折の連続だったろう。
プロレスという予定調和の世界で生きてきた妄想家にはリアルな現実の毎日に対応するのは言葉を発すれば発するほど、空しい日々だったに違いない。
個人的には一所懸命努力したのだと思う。スタッフにも決して恵まれたとはいなかったと思う。それでもなお続けてきたのは「意地」もあったのだろう。しかし、予め用意していた「決め台詞」を話の流れとチグハグになった場合でもなお無理やりねじ込んでしまうようなことが目立つようなって破綻は始まっていた。
彼を見ていて「分を知る」ということの大切さをしみじみ感じる。誰でも身の丈より自分を大きく見せたかったり、不相応な地位にしがみつきたいと思ったりすることはある。そこに早く気が付く人とそうでない人の差が「品格」という部分で表されるのだろうと思う。
早くから「嫌い」と思いつつ、番組を見続けたのは彼の破たんを我が身に照らし合わせていたのかもしれない。みっともないということを気付かないでいることを反面教師として利用してきたのかもしれない。
「井の中の蛙」が井戸から出ようとするならば、いきなり地上に出れば干からびて死を待つのみ。
まずは池、そして川へと・・・
最後は海へ流れてそこで死を迎えるとしてもね・・・・
古舘氏「不自由な10年だった…」報ステ降板恨み節
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=3775403
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