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2015年11月21日07:23

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毎度おなじみの「許容」の問題

■もはや「モンスター嫌煙者」? タバコいじめに悩む人たち...喫煙席でも「吸うな!許せん!」
(Jタウンネット - 11月20日 17:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=241&from=diary&id=3722260

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私は世の問題のほぼすべてが「人間関係由来」と思っている。

で、その9割以上は「許容できるかできないか」で決まると思っている。

生い立ちも教育水準も所有情報もことなるのだからして、人間の価値観や考え方が十人十色、千差万別、多種多様なことは論を待たない。「いや、そんなことはない」と異論を唱える時点で、既に私の考えと異なる。それは私の意見の正しさを証明することになるので私の考えにはたぶん異論を唱えられない(笑)。

自分と異質のものを一切許容しないとどうなるか? ISISのように「自分以外の世界すべてを敵に回す」しかない。少なくとも彼らの上層部は「自分と異なる価値観を一切許容できない」のでテロリストになるしかない。乙武氏あたりが「彼らISの意見も聞いてみるべきだ」と言っていたが、残念ながら最終的に彼らと調整して上手にやることは不可能に近い。相手がこちらを許容しない時点で、こちらが全面的に彼らに服従するか、彼らを排除するかの2択になっているのだ。

じゃあ、すべてを許容すればよいのか?というとこれも違う。憲法9条を拡大解釈したとして、「すべてに非暴力全面服従」となれば、悪心を抱いた国や組織、個人にいいようにすべてを取り込まれる。たしかに戦争は発生しない。・・・一方的に侵略、略奪、暴行、蹂躙、虐殺されることを許容するのだから。

シーシェパードにしてもシャルリーエブドにしても中国の海洋進出にしても「自分の価値観を他人の領域に強制・強要する」と言う点では同じことだ。自分の領域に踏み込まれた側は当然反発する。

さて、話が大きくそれたが本記事の問題もまさに「許容範囲」の問題だ。そして冒頭に述べた通り、個々人によって許容範囲が異なるのも論を待たない。

「音楽の方向性の違いはバンド解散の真の理由ではない。真の理由は違いを許容できなくなったことだ。その証拠にたとえ方向性が違っても相互が許容できる限りバンドは解散しない」

そういう時に重要なのが「公平さ」である。「主張が強い個人の価値観(自由)」が勝つ」のではなくて、世間一般の定めたルール(公平)が優先されること、それを両者が守ることで「一定の公平」を保つわけだ。権利としての「自由」の次に考えるべきは利害を調整ルールである「公平」になるわけだ。(ちなみに自由と公平で救いきれない弱者救済が「博愛」になる。この思考順序が大切だ。博愛はあくまでも努力目標なので、弁えず主張しすぎる弱者(少数派)は強者(多数派)によって遠慮なく排除される。強者(多数派)にすれば自分が批難され、持ち分を減らされてまで弱者(少数派)の主張をかなえる理由がない。なので弱者(少数派)は弁えながら行うほうが全体利益にかなうということだ。)

むろん、ルールが間違っていることもあるが、その場合でも命の危機などよほどのことがない限りはルールを直接破るのではなくて、ルールを正す方向に動くのが正しい。現状ルールを直接破るのはまさにISISのテロ活動と同じことになる。彼らは主張を正しくしたいのなら、本来は選挙などにのっとって周囲の許容する範囲で合理的な手を尽くさねばならない。むろんそんなまどろっこしい方法で彼らの望みがかなうとは思えないので、彼らはルール破りをしているわけだ。その意味では彼らの判断は正しい。

つまりだ。喫煙OKとされている場所では喫煙をしてよいはずだ。と言う主張は尊重されるべきだ。全く当たり前の結論ではあるが、結論そのものではなく、なぜその結論が正しいのか?という根本や本質からロジックを自分なりに組み立てておくと本質を見失わずに済むと思われる。
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