新しい牧師を探しているとき「「弟子訓練」に理解のある人はいませんか?」と聞いて歩いたが答えは「いません」だった。そのうち韓国にいる日本人から「シンガポールにいる」という話が来た。
牧師とは信徒から見れば信徒を養う人、神様から見ると主と人に仕える人、牧師から見ると牧会して主と人に仕える人である。
牧師は信徒が選んだのではなくイエス様が選ばれたのだ。サウロを殺そうとしたときダビデは「神様が油注ぎをされた人を殺してはいけない」とした。
牧師になったら「牧師とは何か」を考えていく。牧師となって終わりではない。罪のため」にねじれた性格などを矯正する。しかしそれは大変なことである。それのできる愛のあふれる教会にしなければならない。
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