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2015年06月16日05:16

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ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに 皇太后宮大夫俊成女

ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに
 皇太后宮大夫俊成女
 水無瀬の恋の十五首歌合に
 新古今和歌集 巻第十四 恋歌四 1334

「ああ月日は過ぎ、時雨が袖にも「秋かけて」降るようになった。「秋かけて」必ず訪ねますと言ったその言葉だけを頼りにして待つ気でいた間に。」『新日本古典文学大系 11』p.390

建仁二年(1202)九月十三日、水無瀬恋十五首歌合「寄雨恋」。同年、若宮撰歌合。
本歌(一)「秋かけていひしながらもあらなくに木の葉ふりしくえにこそありけれ」(伊勢物語九十六段)。
本歌(二)「いま来むといひしばかりに長月の有明の月を待ちいでつるかな」(素性 古今 恋四)。
ふり 「経り」と「降り」と掛詞。
時雨 晩秋、初冬の景物。ここは涙の時雨を主とする。
秋かけて 上下の句に掛かる。秋になればの意。
「絶えたる後の恋」。

藤原俊成女(ふじわらのとしなりのむすめ 生没年未詳 1171?〜1254?)藤原俊成の孫で養女。新古今入集二十九首。勅撰入集百十六首。
http://bit.ly/XmUeKJ http://bit.ly/XmUklr

俊成女は、隠岐での後鳥羽院による『時代不同歌合』と定家による『小倉百人一首』のどちらにも撰入されていない。何故だろう?

『新古今』では、「したもえに思ひ消えなん煙(けぶり)だに跡(あと)なき雲のはてぞかなしき」が巻第十二 恋歌二 巻頭歌で、「かよひこし宿の道芝かれがれにあとなき霜のむすぼほれつつ」が巻十四 恋歌四 巻軸歌という破格の処遇をされているのに。

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