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2014年10月29日18:22

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今年3作目「碍子の兵法」完成しました

長らく熟成されておりました宮澤賢治「月夜のでんしんばしら」を下敷きにしました新作「碍子(がいし)の兵法」の推敲が終わりましたので発表いたします。まもなくシベリア出兵から100年を迎えるわけですが、さらに100年後僕らはどうなっているのかを思います。お楽しみいただけましたら幸いです。











碍子の兵法
――月夜のでんしんばしら2119――

これは連作戯曲「風土と存在」第三十七番目の試みである





時 西暦2119年9月14日夜
所 ハナマキ、ヤポン
人 恭一・カルムイク・楊(ヤン)(14)
  チーフ・サッチナム
  でんしんばしら達





1.侵入

ある晩、恭一・カルムイク・楊(14)は絶縁のためのゴムぞうりをはいて、なぜだか、すたすた東北リニア軌道の横のキャットウォークをあるいて居りました。

たしかにこれはみだりにリニア敷地内に立ち入ることを禁じた鉄道営業法第三十七条略則十一の定めるところにより5年以下の懲役ないし25デノミ元以下の罰金です。おまけにもし点検用車輌がきて、窓から長い鞭などが出ていたら、一ぺんにはたき殺されてしまったでしょう。

ところがその晩は、軌道見まわりの汎用型オヴォ・ガーディアンもこず、保線点検鞭の出た特殊車輌イースト・アイにもあいませんでした。そのかわり、どうもじつに由々しきものを見たのです。

月齢9.0の月がそらにかかっていました。そしてうろこ雲が空いっぱいでした。高積雲はみんな、もう月面発電基地からのヘリウム3照射が生態濃縮の底までもしみとおってよろよろするというふうでした。その雲のすきまからときどき冷たいケトスや縛られたアンドロメダがぴっかりぴっかり顔をだしました。

恭一は用心深くすたすたあるいて、もう向うにハンナマヂ・ターミナルのあかりがきれいに見えるとこまできました。高層からは磁気迷彩されているものの軌道上から水平に見れば、ぽつんとしたまっ赤なあかりや、硫黄のほのおのようにぼうとした紫いろのハロウやらで、単眼分光ビュアの絞りを解除してみると、まるで大きな要塞があるようにおもわれるのでした。

とつぜん、右手のシグナルばしらが、ぶうんカチリと筐体をゆすぶって、上の白い横木を斜に下の方へぶらさげました。恭一は思わず身を堅くしましたが、これはべつだん不思議でもなんでもありません。

つまり常時閉の安全弁が開いたというだけのことです。近ごろでは戦時の折から輜重のために旅客車の少ない時間帯を利用して、一晩に十四回もあることなのです。

ところがそのつぎが大へんです。

さっきから軌道の左がわで、小さくぐゎあん、ぐゎあんとうなっていたでんしんばしらの列が大威張りで一ぺんに北のほうへ歩きだしました。みんな六つの瀬戸ものの絶縁エポレットを飾り、てっぺんにはりがねの槍をつけない流行のフェライトカーボン製のステルス帽をかぶって、片脚でひょいひょいやって行くのです。そしていかにも隠れている恭一をばかにしたように、じろじろ横めでみて通りすぎます。

うなりもだんだん高音域の倍音をともない、いまはいかにもケルトふうの素敵なトラッドに変ってしまいました。

「Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 でんしんばしらのぐんたいは
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 はやさせかいにたぐいなし
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 でんしんばしらのぐんたいは
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 きりつせかいにならびなし」

一本のでんしんばしらが、ことに肩をそびやかして、まるで架線の引っ張り強度限界を試すようにして通りました。

みると向うの野原を、六本アームの二十二のセラミックスの肩章をつけたでんしんばしらの列が、やはりいっしょに軍歌をうたって進んで行きます。

「Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 二本アームのengineers
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 六本アームのdragoons
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 いちれつ七万三千人
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 はりがねかたくむすびたり」

どういうわけか、二本のはしらがより掛かり合い、びっこを引いていっしょにやってきました。そしていかにも過重労働のようにふらふら頭をふって、それから口をまげてふうと息を吐き、よろよろ倒れそうになりました。

するとすぐうしろから来た元気のいいはしらがどなりました。

「おい、整然とあるけ。軍紀とはりがねがたるむじゃないか。」

ふたりはいかにも辛そうに、いっしょに歌いました。

「もうつかれてあるけない
 あしさきが
 あしさきが
 腐り出したんだ
 長靴のタールもなにももう
 めちゃくちゃに
 めちゃくちゃに
 なってるんだ」

うしろのはしらはもどかしそうに叫びました。

「はやくあるけ、あるけ。データを共有している我々は、きさまらのうち、どっちかが劣化して参ってもコピー七万三千人みんな責任があるんだぞ。あるけったら。」

理解を得られない二人はしかたなくよろよろ歌いだし、つぎからつぎとはしらがどんどんやって来ます。

「Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 こころのブルカに光る目よ
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 立志ははしらのごとくなり…
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 肩にかけたるトランスは
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 重きつとめをしめすなり…」

寄り添う二人の影ももうずうっと北の緑青いろのタイガの方へ行ってしまい、月がうろこ雲からぱっと出て、あたりはにわかに明るくなりました。

でんしんばしらはもうみんな、おごりの頂上です。恭一の前に来ると、わざと肩をそびやかしたり、横めでわらったりして過ぎるのでした。

ところが愕ろいたことは、六本アームのまた向うに、ただ一本アームの、今どきまっ赤なエポレットをつけた人たちが深草兎歩で影のようにひそかにあるいていることです。もちろんその歌は、ふしも内容もこっちの方とちがうようでしたが、こっちの声があまり高いために、何をうたっているのか聞きとることができませんでした。こっちの現地兵はあいかわらずやかましくどんどんやって行きます。

「Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 寒さはだいサつんざぐも
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 などでぃうんでぎサおろすべき
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 暑さ硫黄サとんがすども
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 いんがでおどさねイボレッド。」

どんどんどんどんやって行き、恭一は見ているのさえ少しつかれてぼんやりなりました。

でんしんばしらは、まるでレナ川か黒龍江の水のように、あとからあとからやって来ます。みんな恭一のことを見て行くのですけれども、恭一はもう頭が痛くなってだまって身をこごめて見ていました。

※西暦二千百年代初頭、月面発電による電力供給源を得たうえの米中連合により人類世界には見かけ上の繁栄と安定がもたらされていた。秩序の一極集中を嫌う勢力はナイジェリアとインドを拠点になお抵抗を続けていたが歴史の趨勢は明らかだった。だがここに、高層からの太陽光集中照射によるシベリア凍土の解凍と農地化を実現しつつある第三極が、旧国家の枠組みを超えた地域連合として勃興しつつあった。「東シベリア自由平原」を自称するこれら勢力は現秩序とりわけユーラシア経済圏を脅かすとして中原既存政治勢力の憂うるところとなり、いま、旧日本州東北地方を兵站基地とする干渉戦争が起きようとしていた。


2.発覚

俄に遠くから軍歌の声にまじって、

「お一二、お一二、」

というしわがれた声がきこえてきました。恭一はびっくりして顔をこわばらせますと、電磁軌道の上をまるで広東風にせいの低い顔の黄いろなじいさんが左手にバンジョーを提げ、ぼろぼろの鼠いろの制式コートを羽織り、デイビー・クロケットみたいな狸皮のしゃっぽをかぶって、でんしんばしらの列を見まわしながら

「お一二、お一二、」

とドップラー探知機のような号令をかけて立ったまますべってくるのでした。

じいさんに見られた柱は、まるで琥珀のように堅くなって、足をしゃちほこばらせて、わきめもふらず進んで行き、その変なじいさんは、もうすぐ前までやってきて恭一をみつけました。そしてよこめでしばらく見てから、でんしんばしらの方へ向いて、

「なみ足い。おいっ。」

と号令をかけました。

そこででんしんばしらは少し歩調を崩して、やっぱり軍歌を歌って行きました。

「Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 右とひだりのサアベルは
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 碍子のつばなる細身なり。」

じいさんは恭一の前にとまって、からだをすこしかがめました。

「今晩は、おまえはさっきから行軍を見ていたのかい。」

「ええ、見てました。」

えい、もうなるようになれ。恭一は観念して答えました。するとじいさんは不思議におだやかな風で、

「そうか、じゃ仕方ない。ともだちになろう、さあ、握手しよう。」

と言うと、ぼろぼろの外套の袖をはらって、大きな黄いろな手をだしました。恭一もしかたなく手を出しました。じいさんが「やっ、」と云ってその手をつかみました。

するとじいさんの眼だまから、シベリア虎のように青いプラズマがぱちぱちっとでたとおもうと、恭一はからだがびりりっとしてあぶなくうしろへ倒れそうになりました。じいさんは鷹揚ににやりとして

「ははあ、だいぶひびいたね、これでごく弱いほうだよ。わしとも少し強く握手すればまあ乾留されて黒焦げだね。」

兵隊はやはりずんずん歩いて行きます。

「Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 コークス自慢のなが靴の
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 歩はばは百八十アルシン」

ああ、逃げられない。もうだめだ。恭一はすっかりこわくなって、歯ががちがち鳴りました。じいさんはしばらく月や雲の工合をながめていましたが、あまり恭一が青くなってがたがたふるえているのを見て、気の毒になったらしく、少ししずかに斯う云いました。

「突き出すと思うかね。大丈夫。おれはチーフ・サッチナムだよ。」

恭一も少し安心して

「チーフ・サッチナムというのは、やはり電影の一種ですか。」

とききました。するとじいさんはまたむっとしてしまいました。

「わからん子供だな。ただの電影ではないさ。つまり、幻影のすべての長、長というのはかしらとよむ。とりもなおさず全イリューシンの最高位階ということだ。」

「大将ならずいぶんおもしろいでしょう。」

恭一がぼんやりたずねますと、じいさんは顔をまるでめちゃくちゃにしてよろこびました。

「はっはっは、面白いさ。それ、そのコザックも、そのドラグーンも、向うのラッパ兵も、みんなおれの兵隊だからな。」

じいさんはぷっとすまして、片っ方の頬ほおをふくらせてそらを仰ぎ息を吹きつけました。その息はすうっとまっすぐ飛んでおしまい蒸気の海のドッペルマイア発電基地まで届くかと思われたのです。それからちょうど前を通って行く一本のでんしんばしらに、

「こらこら、なぜわき見をするか。」

とどなりました。するとそのはしらはまるで飛びあがるぐらいびっくりして、足が融銅のようにぐにゃんと黒く軟化しあわててまっすぐを向いてあるいて行きました。次から次とどしどしはしらはやって来ます。

「有名なはなしをおまえは知ってるだろう。そら、むすこが、カルムイキア、エリスタにいて(見透かされて恭一はぎくっとしました)、おやじがトゥヴァ、クズルにいた。むすこがおやじに伝心をかけた、おれはちゃんと手帳へ保存しておいたがね、」

じいさんは空中に仮想ディスプレイを出して、それから大きな半透過ビュアーを出してもっともらしく掛けてパピルス画面を確認してから、また云いました。

「おまえはソグド語はわかるかい、ね、ギョコ、ハンコウ、イイキ(gyoko hankoo yiki)
すぐ長靴送れとこうだろう、するとクジールのおやじめ、あわてくさっておれの伝心のはりがねに長靴をぶらさげたよ。はっはっは、いや迷惑したよ。それから蒙古ばかりじゃない、十二月ころ兵営へ行ってみると、行燈の鯨油ろうそくしか知らん少年兵がおい、あかりをけしてこいと陸佐どのに云われて発光整流子をふっふっと吹いて消そうとしているのが毎年五人や六人はある。おれの兵隊にはそんなものは一人もないからな。ハナマヂの町だってそうだ、タイショウのなかばにはじめて電燈がついたころはみんながよく、東京電気会社では月に20トンぐらい油をつかうだろうかなんて云ったもんだ。はっはっは、どうだ、もっともそれはおれのように質量不変の定律や熱力学第ゼロ則がわかるとあんまりおかしくもないがね、どうだ、ぼくの軍隊は規律がいいだろう。軍歌にもちゃんとそう云ってあるんだ。」

でんしんばしらは、みんなまっすぐを向いて、紳士のようにすまし込こんで通り過ぎながら一きわ声をはりあげて、

「Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 でんしんばしらのぐんたいの
 Dot ditty, dot ditty, dot ditty dot!
 その名せかいにとどろけり。」

と叫びました。

※東シベリアではいま、オビ、エニセイ、レナ、アムールの四河川に沿って農地と鉱山が整備されつつあり、歴史用語をもじって世界からはシベリア四大河文明と揶揄混じりに俗称されていた。集光機と照射機ふたつ組みの太陽光照射衛星、ケトスおよびアンドロメダの威力は農地開発・電力供給・軍事威力の全方面において旧米中勢力からの脅威と羨望の的であり、とりわけ「乾留戦法」と呼ばれる集中照準によるピンポイント空爆能力をいかにして簒奪するかが今や旧世界喫緊の課題だったわけだが、全地球を覆いつつある寒冷化と百億を目前にした人口問題とがさしもの二大軍事勢力の出足を阻んでおり、決定打の見いだせないまま世界連合側は無謀ともいえる歩兵戦になだれ込もうとしていた。勇猛で知られる蒙古・靺鞨・朝鮮の部族連合に対し米中英仏加伊義勇同盟七万三千が続々と韃靼の地に上陸しつつある一方で、アイヌ・ツカル・ヒタカミ・ヤマトなど先住民レジスタンスの若年層が日本(リーベン)州東北部の山野をじりじりと略取しつつあった。


3.解放

そのとき、軌道の南の遠くに、小さな細い二つの火が見えました。するとじいさんはまるであわててしまいました。

「あ、いかん、旅客車がきた。時速三百マイルでやってくる。誰かにぶつかったら大へんだ。もう進軍をやめなくちゃいかん。」

じいさんは片手を高くあげて、でんしんばしらの列の方を向いて叫びました。

「全軍、実体化ぁ、おいっ。」

でんしんばしらはみんなかき消え、ぴったりとまって、すっかりふだんのとおりになりました。軍歌はただのぐゎあんぐゎあんといううなりに変ってしまいました。

リニアがシュウとやってきました。そのとき恭一は見たのです。それはリニアではなく、ただ時速十五マイルの蒸気機関でした。汽缶車の石炭はまっ赤に燃えて、そのまえで火夫は足をふんばって、まっ黒に立っていました。恭一はおもわず単眼ビュアに指をかけました。

ところがふと見ると客車の窓がみんなまっくらでした。するとじいさんがいきなり、

「おや、車内燈が消えてるな。こいつはしまった。けしからん。」

と云いながらまるでアンナ・カレーニナのようにせ中をまんまるにして七百キロで走っているリニアの下へもぐり込みました。

「あぶない。」

と恭一がとめようとしたとき、客車の窓がぱっと明るくなって、一人の小さな子がバッと手をあげて

「あかるくなった、わあい。」

と叫んで行ったようでした。

でんしんばしらはしずかにうなり、シグナルはカチリとあがって、月はまたうろこ雲のなかにはいりました。いまは王女の椅子も見えません。

そしてリニアは、もうハナマキ・ステーションへ着いたようでした。

※国際連盟極東弁務官ニコライ・クラーソトキンは語る。東シベリアの開発は大ロシアの悲願であった。西の文明はすべて蒙古と鉄勒の圧力によってスラブとガリアの地に凝集したのだ。ウラルを越え、アルタイの回廊を渡りめんめんと続いた東方諸部族の来訪は、スキタイ、フィン、ノルマン、カフカス、フランクらの座標を定め、ヨーロッパという大いなる幻影を生んだ。辺境の地に世界の中心が生まれたのだ。幻影ではあってもしかし、機能し始めればそれは実態であり歴史という名の神話である。爾来二千年、人類はこのあやうい北緯40度の冷帯をおもなる発信源としてほぞを噛んだりロマンスを謳歌したりしてきた。だがここに今、もしかすると人類最後のテクノロジーかも知れぬ、東シベリアにおけるツンドラ解凍の可能性が興ってきた。この技術はもっかのところ国連も米中連合もあずかり知らぬ辺鄙なるいちレジスタンスの所有せるところにすぎないが、見よ、いまや彼らの動向を注視しない人類は地球上のどこにもいない。諸紛争は起こるだろう。沢山の小さな悲劇も起こるだろう。だがそれでもなお! 我ら人類は、彼らの成そうとするシベリア解凍事業を、巨きく支援するであろう。それ以外に人類の生き延びる道は、もはやないのだから――!

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