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2014年10月08日12:16

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【超速報】まさかの今年2作目「一輪の書」!!

一輪の書





時 2016年8月
所 浦和、太田窪
人 りん
  木ノ
  かの子

※本作は劇団12による上演を想定して書かれた。





めちゃくちゃ蝉が鳴いている。ツクツクボウシはまだいない。かき氷の旗が出ている。自転車を押してかの子来る。

かの子 (見あげ)崖じゃん。がっぽりえぐれてる。なんでこんなとこに崖…、埼玉的にはこれってもしかしてけっこう異常なんじゃね? ――それにしてもあっちーなオイ! 逃げ場がない。なんとかならんのかこの盆地気候。盆地にもっこり丘と谷があるとかこの風の通らなさ。非力なアタシとしては電動アシストチャリは必須ですわ。――さてと。川が、あるって聞いてきたんだけどなあ。ないじゃん。ひたすら住宅地じゃん。それもわりと新しくて、なんつか、文学的情緒に欠けるじゃん。うなぎを求めて三千里。うなぎ以前に川自体がねーし。でも鰻屋はあるな。何軒もあった。どゆこと。ここらで間違いないはずなんだけど…。待てよ。見渡してみよう。うーん…、南は谷の出口で、たぶんここは谷の真ん中。だからどっかに川はあるんじゃ…。――いやいや、だめ! 暑っちい! 思考停止! 北極のこと考えてたい! 現実逃避敵前逃亡!
声 氷菓子はいかがですか。
かの子 氷菓子とはまた古くさく来たね。あるんですか。
声 うなぎラテが。
かの子 うなぎラテ!
声 うなぎラテ練乳抹茶かき氷。
かの子 焼き氷ですね!
声 ごちそうさん!
かの子 いただきましょう。(食う)――あー、
りん 痛いの。
かの子 一気にいきすぎて。
りん 鉄板ネタですね。
かの子 これ、うなぎエキスですか。
りん 夜の氷菓子。
かの子 浜松みやげ。
りん 今は中国産です。
かの子 浜松産は?
りん 高くて買えません。
かの子 えー?
りん …なんです。
かの子 そんな、お金出せば買えるもんですかあ?
りん それは、確かに。
かの子 ないものは、いくら金を積んでも。
りん ええ。
かの子 いつからです。
りん 先代から。もう二十年以上前。ここはもとうなぎの産地でした。でも放水路を作って沼が消え、そのうえ河口堰には魚道がないために、うなぎが遡上して来られなくなりまして。
かの子 じゃ、もういないんですか。
りん まったく。
かの子 なんですかそりゃ一体…。
りん いえ、いえ…まったくは嘘です。人の手で、
かの子 え?
りん この下の芝川にいるのをびんどうで捕って、ここらあたりまで上げて放流してる人たちがいます。
かの子 びんどうって、釣り以外の漁法は禁止されてるはずでは?
りん NPO立ち上げて、水質調査の名目で。
かの子 なんという労苦!
りん お陰様でふつうにはおります。
かの子 じゃ、ここ産でいいじゃないですか。
りん ふつうにいるくらいじゃ駄目なのです。うじゃうじゃいないとうなぎで食べてはいけません。ある個体数を割り込むと急激に域内絶滅するんですね。
かの子 はあ、そんなものですか。
りん そんなものなのです。どちらから?
かの子 え、はい、いま二十三夜の登りに掛かって、なんか自信なくて谷沿いに巻いて走ってきたらここに着きました。
りん あそこ急坂ですからねえ。
かの子 ええ。
りん みちみち、運動公園見ました?
かの子 はい! あれ、レッズのサポーターが使うんですよねやっぱ。さすが広大!
りん 広大なだけじゃなく深いでしょ。
かの子 確かに。
りん 深さ5階建て以上あります。広さは16ヘクタール。
かの子 まるで、でっかい湯舟みたいだ。
りん 湯舟ですよ。
かの子 え。
りん この町の川が増水するでしょう。あまり水位が上がるとオーバーフローで川からあの運動場に水が流れ込みます。海までの道が開けるまで、あそこにたまるんです。
かの子 あんなきれいな公園に? 泥水でしょ、もったいない。
りん それは仕方ありません。あとで掃除します。
かの子 使ったことあるんですか。
りん それが、いえ。
かの子 え?
りん 幸いにして、まだ一度も。
かの子 なんだ、保険か。
りん だいじな保険です。
かの子 でも、分からないなあ。洪水を仮定して掘るとしてもですよ、この町にあの湯舟を満たすほどの雨が降りますかね。どこに川があるんです。
りん ありますよ。
かの子 うなぎのね。でもろくにいないとあなたは言った。じゃ、そのうなぎを抱える川もろくにないんじゃないんですか。
りん どこにあるとお思いです?
かの子 え。
りん (かがみ、地に耳を当て)ここです。
かの子 は?
りん 道の両端を見てください。蛇行してるでしょ。
かの子 はい。
りん 地下を川が流れてるんです。
かの子 ははあ…。いや、でもですよ。こんなすれ違うのがやっとな道の下に流れてるなら小さな川でしょ。それがどうしてあの湯舟を満たすんです。
りん 雨は四十日四十夜降り続き――、
かの子 そんな、ノアの洪水レベルの空想であれを?!
りん こないだの台風ありましたでしょ。
かの子 はあ。
りん この北東の芝川、綾瀬川、元荒川はどれも警戒水位に達しました。
かの子 ニュースで見ました。
りん でもこの町、太田(タイタ)窪の藤右衛門川は、わずか2時間で雨水を流し尽くしたんです。
かの子 川の延長が短いんでしょう。
りん それもあるけれど、標高差も激しいので。
かの子 そういえばすごい崖。
りん ここ、流域が意外と広いんです。北は与野駅、東は駒場の運動公園から第二産業道路まで達してます。
かの子 西は…、
りん 旧中山道の与野から南浦和までが尾根道の分水界。
かの子 ざっとタテ5キロの、ヨコも、
りん 5キロくらいですか。
かの子 ですかね。
りん 25平方キロに1時間50ミリの雨が降るとするでしょう。仮に2時間の集中豪雨だとして、計算できます?
かの子 え、待って。――2500万トンでしょ。
りん それを2時間で流したんです。すると1秒あたり、
かの子 2時間だから7200秒で割ると、願いましては、秒間3500トンくらい。
りん それ、流れると思います?
かの子 いや、川見てないからなんとも。
りん ご覧になっていなくたってあなた、秒間35トン流すために流れの断面積が100平米要るってことですよ。タテヨコ10メートルの堀割。そんな川がこの町に、
かの子 …ないでしょうねえ。でも、さっきオーバーフローは未使用だって。
りん もう1ヶ所あるんです調節池が。競馬場に。
かの子 浦和競馬場か!
りん そう。あそここそ古代は水を集める沼でした。
かの子 なんでこの住宅地にこんな広場がとは思ってました。
りん 18世紀の初めに、並木藤右衛門(とうえもん)という武士があそこを開削して下流の芝川、荒川につないだんです。それまでここらあたりは上谷沼(うわやぬま)と呼ばれる一面の湿地で、そのころここらにはうなぎがうじゃうじゃいたそうです。
かの子 300年前のことですね。
りん 沼は急流に変わりました。
かの子 ああ、
りん そしてこの崖です。
かの子 なるほど!
りん 百合がね。
かの子 はい?
りん 第四期層といちばん上の関東ローム層の境目あたりを選んで、好んで山百合が咲くんです。今がちょうど時期です。ここは柔らかい地質ですからもともとわりかし咲いていたとは思います。しかし藤右衛門からの300年の浸食で、百合は初めて生気を得て、この崖に咲き乱れてるのだと思いますの。
かの子 短き繚乱、ですね――。
りん あなた様のご高名はうかがっております。
かの子 はい?! 突然なにをおっしゃいます。
りん 岡本かの子様。
かの子 ――!
りん まさかお会いする日が参りますとは。
かの子 いえ、かの子というより、もはやその亡霊のようなものでして、なんともはや。
りん 題材をお探しとお見受けしました。
かの子 じつは芝川の通船堀の盛衰をなにか書ければと思ってきたんですが、あすこらをうろうろしてもう2ヶ月半になります、もうひとつ題材が定まらず、二十三夜の尾根を越えて、今日初めてこちらに迷い込んだような次第で。
りん 尾根は登りかけたのでしょう?
かの子 はい。でも思いのほか鞍部が急で。
りん なにかお感じになりました?
かの子 (怪訝に)――あなたは、何者なんです?
りん え?
かの子 まるであたしがどう答えるか、あらかじめ知ってるみたいだ。
りん (笑い)そんなことありませんわ。
かの子 (思いだし)登りかけると、そうですね、右側、東側はゆるく芝川に向けて下ってました。でも左側はかっぽり開けた明るい崖の上みたいに丘の上からは見えたんです。
りん だからその崖を見にいらしたんですね。
かの子 (やや懸命に)こんな崖なら東浦和にもあります。でもあすこは伝右川…、綾瀬川の支流が蛇行して台地を削ったものでしょう、現地に行ってみればなんの不思議もない。でもここはね、しぜんの川がこんな標高差のない柔らかい地質のとこで、こんな極端な崖を作るわけがないんです。
りん (崖を指差し)百合ですわ。
かの子 ああ、夕焼けだ!
りん 黒土の崖が真っ赤に焼けます。これがこの盆地の神座(かみくら)。
かの子 あなたはいったい、氷屋の女将さんなんですか?
りん ええ。
かの子 そうは思えない。
りん 誰にでも普通の生活がありますから。
かの子 その普通の生活がそのまま神座になっているのじゃないの。
りん これでも、大学に行ってたくらいには地元離れしてるんですよ?
かの子 あ、そう?!
りん 通船堀をおやりになられてるといわれますと、芝川にはお詳しくて?
かの子 いちおう源流まではこいつにアシストされて行きました。
りん まっすぐでしょう。
かの子 あ、上尾に入るあたりから市役所の先までの直線は印象的でした。掘ったんでしょうね。
りん 原市沼川は?
かの子 聞いたことはあるような…、
りん 上尾の丘の東の麓を陰を巻いて流れて綾瀬川にそそぎます。
かの子 ああ、はいはい。
りん くねくねのやつ。
かの子 あ、分かったあれか。
りん ふたつの川が丘の上と下とを併行して流れています。
かの子 なるほど。
りん おかしいと思うんです。
かの子 え。
りん なぜ、芝川はそのまま原市沼川に落ちずに、ひとりで台地をまっすぐに下ったんでしょうか。
かの子 それがあなたの大学の専門?
りん かつての恋人の専門を手伝ったんです。
かの子 なぜって言われても…だって台地には灌漑用水が要るじゃないですか。台地に人工の川があって変なことはないでしょう。
りん でも芝川には水源がないんですよ。
かの子 そうか…。
りん 用水として役を果たせたとは思えなくて。芝川が上水で原市沼川が排水路ならきれいな絵ですけどね。
かの子 あなた、お名前は。
りん え。
かの子 失礼でしたかしら。
りん いえ、りん、と申します。
かの子 りんさん。はっきりおっしゃって下さい。
りん ――。
かの子 あなたは何かを伝えたがっている。あたしは正直、怪しんでいます。ぐうぜん入りこんだこんな袋小路であなたがまるで待っていたような話題を振ってくる。ここは観光地でもないし、仮に川の研究をするにしてもあまりにローカルなどん突きです。なぜです。なぜあなたはあたしを待つことができたんです。来ないかも知れないあたしを。
りん それは、いつか、お会いできると思ってましたから。
かの子 そんなはずないでしょう!
りん そんなはずがあるんです。先生、先生はなぜこの藤右衛門川の袋小路にいらしたんです。2ヶ月半の偶然だとおっしゃいました。でも偶然のはずがありますか。この太田窪より先、源流に向かう支流はほぼすべて暗渠です。川を眺めるのとは少しまた違いますよ。こんなところまでこの川を上がってくる方がどれほどいるというのです。
かの子 じゃあ、あなたは、私がここに来ると思っていたと。
りん ほのかに。
かの子 おそろしい人…。
りん 太田窪で藤右衛門川は天王川と日の出川という支流を合わせます。そのいずれにもさらに細かな支流があって、十以上の支流が合して競馬場に流れ込みます。縄文の昔からここは沼でした。でもね。その十の川は普段はどれも涸れ沢です。水源があるのは十のうちのたった一本。
かの子 うん。
りん 先生。先生はその唯一の水源に向かおうとする方ですか。
かの子 ええ、たぶん。
りん なあんでです。
かの子 一応、だって見ておきたいじゃない。
りん 誰が。
かの子 もちろん、あたしが。
りん それにつきあう人はいますか。
かの子 いやあんまり物好きだからねえ。
りん だから駄目なんです。
かの子 は?
りん 水源に向かう旅は孤独な旅です。お恥ずかしながらかつての恋人はいま内水面機構の地質調査部で埼玉県の上流部のデータバンクを作っているそうです。
かの子 有益なお仕事じゃない。
りん 社会にとって有益ということ? 分かるもんですか。彼は彼の必然を職に引き上げはしたけど職が彼の理想を汲んでくれる保証なんてない。わたくしに分かるのは彼が孤独だということ。孤独を習慣にしたために、いまや理想が惰性になってるだろうということ。プロポーズされたんです。でも、ふと、なんか馬鹿馬鹿しくなって。水源が何だというんでしょう。川は、下るものじゃないんでしょうか。下って、できれは海に出て、そうして様々な交流があって。そうしてできあがってきたアジアの村々があらためてこういう小さな谷あいに住みついてるということじゃないのでしょうか。先生。ここはお通しできません。この上(カミ)に幸せはございません。
かの子 あなた、おかしいわ。何もあたし一生その水源にかじりついていようってんじゃないんだもん。一度見りゃ気が済むだけよ。
りん ないんです。
かの子 え、
りん 涸れちゃったんです。源流が。
かの子 …いつ、なぜ?
りん なぜかは分かってません。2011年の3月です。地震のあとです。
かの子 ああ…、
りん もともとね、尾根のてっぺん近くから水が湧くなんておかしかったんですよ。もとから不安定な水源だったんですよきっと。水源がなくたって、涸れ沢だけでも川は成立しますからね。
かの子 ――。
りん 先生。
かの子 せんせいなんかじゃない。
りん 芝川の直線部ね、あれたぶん人工河川じゃなくて、…活断層です。…人にどうにかできる問題じゃないんだと思う。活断層の名残を、水路が流れてるんです。きっと。
かの子 ――帰るわ。
りん そうですね。
かの子 歴史って、手強いね。
りん 地元民が独占していいものでもないって、分かってはいるんですけど。ごめんなさい。
かの子 太刀打ちできる人間になって戻ってきます。じゃあね。楽しかった!(漕いで去る)

半死半生の男がまろび現れ、倒れて激しく息をつく。

りん いったい、どうしたらあなたのお気にいるんですか?
木ノ (かすかに)ヒキにはヒキの、ナラにはナラの生き方があるのさ。
りん そんな、たかが丘ひとつへだてただけじゃないのさ。
木ノ 越えてしまえばただの丘さ。でも両側のふもとの暮らしは違いすぎる。すまない、りん。おまえは貧しくたっとい。俺たちは暮らし向きのためにたっとさを捨てたんだ。
りん たっとくなんかないよ、ただの人だよ。あたい、ただの人だよ。
木ノ いや、おまえは百合だ。
りん ゆり?
木ノ ナラの部落に百合はない。尾根のおまえが俺たちを守ってるんだ。
りん そんなことないって。
木ノ あの川の狭窄部。あれがなければナラはたちまち沼の底だ。ひとりも生きてはゆけまい。谷の上にある大きな沼。そのほとりに咲くのがりん、おまえたち百合の花なんだろう。
りん そんなことない。
木ノ いずれ、俺はもう駄目だ。
りん こんな矢なんか抜けばいいのよ。
木ノ 北条は強くて、こんな土民の寄せ集めじゃ相手にもならなかったよ。りん。訊きたいことがある。
りん うん。うん。
木ノ いつか殿が代わって、あの沼をなくそうとする動きがきっとある。
りん え。
木ノ 谷を広げて沼をこっちまで広げるんだ。
りん 分かんない。そんなことしてなんになるの。
木ノ 沢を海までつなげるんだ。おれたちナラのものは少し高台に移らなきゃならなくなるし、おまえたちヒキの里はなくなって、海を見遥かせる暮らしになる。
りん それで?
木ノ そうやって海まで伸してくる部落がどの川にもあってみろ。俺たちは混じり合い、どこにもなかった俺たちとして生まれ直すんだ。
りん それ、幸せなのかな?
木ノ 分からない。でもそうなった時、おまえはあの崖の百合を守れるかい。
りん 百合を。
木ノ ああ。沼は刻々と姿を変えるが、ヒキの沢は2千年この方同じように流れている。谷が開かれてもそれは同じだろう。2千年咲き続けた百合を、守れると思うか。
りん どれだけしっかりと、あたいはここに生まれたのかな。自信はない。でも、それ、あたいがやるべきことな気はする…。
木ノ 頼む。りん。
りん 分かった。

鹿になったカノコが戻ってくる。

カノコ じゃあ、木ノさんはあたしが連れて行くよ。
木ノ また変なのが来たな。
りん 木ノ! 行っちゃうの?!
木ノ 沼は移ろうものなのさ。
カノコ 早いとこ乗って下さいよ。ちゃちゃーっと行きましょう。
木ノ なに食ってんだ。
カノコ 藤づる。もぐもぐするとこの角が生えるんですよー。
木ノ どうでもいい話だ。
カノコ そう。どうでもいい。お別れは?
木ノ じゃあ、行くよ。おまえと沿いたかった。さよなら。
りん 咲くよ。ずっとここで咲くから。――ずっと、ここで、咲くから!







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