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2014年01月08日17:10

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本年1作目「野良犬」をお届けいたします!

野良犬

――中2灰色見本帖――



これは連作戯曲「風土と存在」第三十五番目の試みである







時 2014年初め
所 埼玉県宮代町字百間(もんま)
人 高良恋(レン)(14歳)







1.善き忠告



手が凍みて、赤切れるまで、担いで運んだ、干しかけの大根。夜更け、こうちゃんとキヨシは幼稚園の方に行ってて、あたいがひとりでチャリで運んだ。鎮牧(しずまき)の山は深いよ。県道ももうすぐ未舗装になろうってあたりに、木の間の曲がり道、じゃりじゃりと砂で荒れたカーブのとこに、大根を敷いて待った。この奥にもう畑はないし、山の神さんの日のお休みで軽トラも来ない。来るのは夜明けを待って動きだすオフローダーのRVだけ。軽トラじゃちょっと軽くて駄目なんだ。3ナンバーの走覇力を待ちわびた。ざっと百本。土塀にかけてあった。坂口のじいちゃん手塩の大根ごめんな、あたいどうしても欲しくて。手が凍みて、干からびていく大根の熱がぬくかった。どうしておまいらを毀さなきゃならんのか、それは鎮牧の山に訊いてよ。あたいにも分からなかったよ。

あたいにはなにも分からない。ただ日は暮れ、夜は白み、そうしてまた中2の冬が続く。それが愛しくて辛くて、夢でなら滲んでいく灰色と暁けぞらの緋色とは同じものなのにどうして今日もまたガッコ行くとか鉄瓶から湯冷ましついであんパンかじって白い息吐いてチャリに跨るとかもう、もうさ、そんなもんなんだあたいの毎日? せめて受験でも始まれば追われることもできるのを、今はまだ当分待機。こんなに力も意欲も余って、でもとりあえず待機。腕にはゆるく肉がついてきて、やだよね。ゲーセンも試験も同じことさ。そぎ落としたいんだ。無駄を。無駄に暴れるのはいいと思う、でも無駄を与えられて何もしないことを強いられて毎日毎日いるのはちょっともう、なんていうか耐えられない。2014年の冬っていう、ここにしかない時間とここにしかない体が抱えてるのはたかが無駄をそっとやりすごすことくらいなの? おかしいでしょ。

キヨシは記念品マニアでさ、幼稚園の窓破って何を盗るかと思ったら子どものトロフィー。それももう卒園した誰かの。年度見てなんだ俺より年上じゃんかって。こんなとこに眠らせとくのかって。バカだね。持ち主が眠ってるわけじゃないじゃんて思ったけど、身代わりが眠るだけでもよろしくないって思ったんだろうな。こうちゃんは工作マニアで、なんかほこりかぶった倉庫室の段ボールから防犯の青灯捜しだしてきてこれでなんか作るんだって。子どもだよな。防犯ライト掻っ払うこそ泥とか面白すぎなのにそういう混み入った意志がなんもないんだよねこうちゃん。衝動。あたいらを紹介できるのはあたいらだけだ。衝動。誰かに紹介されたくない。善き忠告なんか欲しくない。

美術のお塩センセと喧嘩したの。そんな絵なんて真っ平だって。「善き忠告」。17世紀、パリ、個人蔵。白髯のお爺さんに抱かれる幼な子はたぶん「主よ、それは誰ですか」のヨカナン〔ヨハネ13・23〕、で、爺さんが手に捧げる影のようなオブジェがいったい何かっていう授業。そのフリだけを授業でやって、放課後、準備室でコーヒー飲んでる時にもっぺんシオザキのじぃ、その複写出してきて説明した。signum-triceps論とか。1933年、ナチの焚書をかわすためにヴァールブルク研究所がどうやってこの絵を逃れさせたか、描き手も分からない、資料価値の他に美術的価値なんてなにもないこんな小っさなタブローにどうして自分が固執してきたのか、絵が絵であるということだけでどれだけの寿命を得て、時代の人が死に絶えても影響を保ちながら生きながらえるか、そんなことを語った。あご鬚を撫でる手からはわずかにブランデーの匂いがした。この人は本当に絵描きで教師なんだなあと思ったし言ってることは分かった。石碑とかのことを言おうとしてるんだろうなとも思った。あの津波の碑、

「高き住居(すまひ)は児孫の和楽、想へ惨禍の大津波、此処より下に家を建てるな。明治二十九年にも、昭和八年にも津波は此処まで来(きたり)て部落は全滅し、生存者、僅かに前に二人後ろに四人(よたり)のみ。幾年(いくとせ)経(ふ)るとも要心あれ」

これね。ニュースで言ってたし新聞にもあった。うちの爺っちゃんに新聞ふんにょむんな!って叱られてふと見た三面にあったんな。だけど、あたいはバカで、どしても、その知恵者だろう絵の爺さんが捧げるオブジェを受け入れられなかったの。ソフトクリームのコーンみたいなのに動物が三体入ってる。狼と犬とライオン。それぞれ、先見と記憶と勇猛を意味してるんだって。意味はぜんたいに「賢明に生きよ」だって。ごめん。無理だわ。うちら中学生よ。見てよ春樹もユーリも特攻服で春日部の夜道で暴れてるよ、丁々発止よ、現実はこんななん。この絵でなんかうちらが動くと想ってる時点でシオじい、未来と過去と現在をちゃんと見きわめて進む賢明さとか、いやいやもうてんで手遅れなんよ。荒んでてもオッケーって言えなきゃガッコとか意味あんの? そう言ってやった。あたいが間違ってることなんか分かってるけどあたいより間違ってるものがあるでしょうよ、そんな感じで楯突いた。またあしたコーヒー飲みに来いよって言われたけどバカだからあたいもう行くもんかって思った。

こうちゃんが準備室に内側から鍵かけて全校放送したのは翌日で、だって翌日は生徒会選挙だったのね。でも遅刻取り締まりと選挙がセットになってて時間までに校門くぐらなかったら投票権剥奪とか言うわけさ。もうそういうの萎えるんだけどー。こないだどこだっけ、センセが勢いよく閉めた鉄門に挟まれて女子が死んだじゃん? うちら死なないけどたまたまだよな。たかが生徒会にそんな圧力かかんのかよって誰でも思うじゃん。ヤンキーは卒業したセンパイら呼んできてバズババンッ、直管マフラにロケットカウルで校門前騒然。なんなんよこれ。なんなん? で、投票無効を訴える演説を現生徒会が中庭でして、両側の校舎から教科書で折った紙飛行機がぶわー、飛びまくり。流星群みたい。きれいだった。あたいら中学生だかんね、不正にかんしちゃナーバスですよ、なんたってここは教育機関だからね! そんでもそこそこで解散命じられて、普段の偽りの授業が始まる。1914年、オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナント大公および妻ゾフィーがセルビア人テロリスト、ガヴリロ・プリンツィプのブローニングM1910により暗殺される。一次大戦の始まり、百年前の歴史。うちらこれを今の今の手元の政治より優先して詰め込まれなきゃならんのかなあ。そんな善き忠告? 予定されていた午前中の生徒会抗議放送は職員室との交渉が決裂して放送室への入室がいったん禁じられ放課後まで持ち越されることになった。そしたらこうちゃん、校舎2階の外壁を窓伝いにヤモリみたいに美術準備室の簡易放送機材にたどりついて、内側から施錠して、机積んでドア塞いで、勝手に抗議放送始めたんさ。なにそれカッコよすぎんでしょ! まー機材の性能が悪くてほとんど聞きとれなかったんだけど、緊急放送システムなんで誰にも遮断されずに全校に放送は流れた。発信元は比較的簡単にバレて合い鍵で突入されたセンセたちに取り押さえられてこうちゃんそのまま厳重訓戒のち停学、以来ガッコ来なくなった。誰が正しかったかって? まー間違ってたよねーこうちゃん。でもルールを守らないことはどこまで許されないのか。守れば必ず負ける場合どうしたらいいのか。そういうこと、みんなが考えたと思う。センセ側にはまったく理がなかったとあたいは思う。違うかね。だって彼ら「黙ってろ」しか言えなかったもん。こっちはわけばかり言ってるのに。

校庭にね、ウサギが住んでるの。芝んとこ広すぎてウサギの穴までいちいち探して埋められないんだけどこないださ、池田中と練習試合してたらゴール前のいいとこに前夜穴が掘られてて、池田のFWが落ちてすね挫いて全治3週間。向こう私立の特待生なんで賠償要求来てさ、こっちのサッカー部の不始末になりそうなの結局校庭の保全外注する話にして誤魔化してさ、まーいいんだけどなんだかなあ、ほんなもんさー、あらかじめ想定内にしといて穴開いてるから気をつけろって言っときゃ済む話じゃん、なぜそうややこしい話に持ってかれるかね。いわばあたいらはウサギだよ。駈け去る背中だけで生きてるよ。ガッコは、そういうウサギを、なるたけ正面から見ようとする大人たちの組織じゃないの。違うの?

善き忠告――。こうちゃんの事件のあと、またシオシオと話してね、ああ、この人とはもしかしたら分かり合えるかなあ、と思ったこともあった。アイツ、おめーの言うことはちっとも分からんって言うのよ。分からんことないっしょ。狼と犬と獅子でしょう? みっつのしもべじゃあるまいしダッサ。じい、そんなんに今どき感じないのは分かると。老人が聖母子像みたいになってるのに苛つくのも分かると。でも、じゃあ高良、お前なにしたいんだよって言うわけよ。いやいきなりそれはキツイ問いよな。そんな進路相談かい。ねーちゃんの話までされた。同じ美術部やったし。ねーちゃんそりゃ今は風俗に沈んでるけどそんなん別にええじゃんね、ほっときぃよ。倫理と意欲を中2のあたいらとどう話すのかセンコー連中かかってこいやあ!て思ってる時にシオシオはまぁ話し相手になる爺様ではあるんだよウン確かに。話してどうなるってこともないんだけど。ないんだけどさ!

でもねーちゃんの話はされたくなかったかな。なんか人質みたいじゃん、お互いに。それでもうガッコに居場所なくなってね。2月からどっしよーかなーって思ってたら、キヨシがこうちゃんとカラオケ行こうっていうんさ。新年だしね。うさ晴れるしよって。こうちゃんどうしてるかなーとも思ってたし。んでも予約いっぱいで、町に一件の空くの待ってても甲斐ない、んでチャリで流してるうちになんか暴れてーなーってキヨシが、バカだから、爺さんが納屋でこさえてるどぶろくいったろうぜ!ていうんでどんぶりみがいて三人して忍び込んだん。そこの百間(もんま)のすぐ裏んとこがキヨシんちで。いや停学中でまずいんじゃって思ったけど止まらんよう。濁ったの渾々といってね、ぶるっと震えて、そこでここんとこ分かるかなぁ。三人して小指を切り出しで切って互いに血を舐めて、一晩好き勝手するって、別れた!

あたいは何したいか決まってた。坂口つぁんとこの大根だ。なんで? なんであたいだけ捕まったかってそこらへんはよく分からん。分からんけどあたいがいちばん悪質なのは分かる。迷いがないもん。悪いことしてやれって感じがあたいにはなかったもん。それいちばん取り締まるべきだと自分でも思うもん。物量的にも確信犯だもん。大根百本だよ。それ運搬するのに一時間以上かかるんだよ。出来心じゃないでしょ。ずっとずっとずっと、本当は心の中で、やりたかったことをやっとやったんだよ。あたいが主犯です。はい。





2.ロプロプがロプロプを紹介する



夢の夕焼けに凧が浮かんでるんだ、ってヨンパチ拘留から出てきた兄貴が言ってた。初犯でバックもないんで前科もつかずに出てこられたん。あれファシズムじゃねーとはもう言えねーもんなーとか言いながら、強行された大宮公聴会の前夜、SMショップで買ってきた手錠を試してたよね。どうすんのそれ。議員バスと俺を繋ぐ。まじですか! 暴力は疲れるからさー、穏便に決定的に阻止するよ。いやいやいや、それ全然穏便じゃないからすげー怪我しそうだから何も兄貴がやらないでもいいから、って思ったけど言わなかった。案の定引っぱられてやんの。結局バスはダミーで森大臣と公聴人は自衛隊が用意したハイヤーで裏口から逃れたんだって。兄貴手錠の鍵は川に捨ててったもんだから自分で繋いだまま逃げ遅れて捕まったって四十過ぎてなにやってんだか。バカばっかだよ。ネットに流れてたコメント読むと「捕まったのが悪いことした証拠」とか「通行人に迷惑かけんな」とか酷いのになると「過激派から日当出てんだろいいバイトだな」とかそんなんばっかでそれはそれで萎えたー。ようするに「お上に楯を突くな」てことしか言ってないわそれ。あたい、方法が間違ってることなんかどうでもいいと思うんだよね。思いをちゃんと通そうとしてるかどうかで人は判断されるべきじゃない? で、凧がね――、ウィンチのとこに手錠してそのままエンジンかけたバスの下にもぐり込んで仰向いたら、見えるはずもない大宮のビルの空にフランクリン凧が夕陽を受けて不死鳥かエルンストのロプロプみたいに黒々と光ってたって言うのさ。ないわ。妄想でしょって言ったら兄貴もたぶん妄想だって。機動隊に排除される時に隣にもぐってた女の人がむしゃぶりついてきたんだって。そんな時でも女はあったかくて柔らかいってあんたアホか。1月のアスファルト。騒然とする新都心2014の政治の尖端で、なんだこの温みはって思ったら不意に、空に凧がキラキラ浮いたんだって。バスのエンジンで太もも火傷して帰ってきた腹違いのバカ兄が申しておりました。別に迎えには行かなかったんだけどガッコから帰ったらすでに一杯やりながら、いやー悪い悪い、とかのたまいやがった。まったくモウだけど、まーええんじゃない? 悪い人じゃないですよ。んであたいの時は保護監察ついたから迎えに来てくれたんだけど、おんなじようにやーごめんごめんつったら血は血だよなって返された。ほんとだよ。あたいの場合は自分が悪いんだけどね。坂口のじっちゃんにも、あと何より大根に悪かった。やーごめんごめん。まじごめん。

警察じゃ、お前いったい何がしたいんだって訊かれたよ。面白半分かって(…半分ってなんだろう…?)。穏やかな警官に調書取られたけど食いもん粗末にするなってことを個人的には言いたかったみたい。うんごめんごめん。確かに食べ物で遊んだみたいになったわ。あたい的にはそうじゃないんだけどそこが伝わらないから捕まるんだもんね、ここで説明しても仕方ないと思ったからただ謝った。ごまの話とかしても長いだけだし。だから今、言っとこうかな。ごまの話。幼稚園の頃よ。父ちゃんが事故した日の。――園の門のとこで待ってた。したら、たぶん近所の乾物屋さんのかな、納品トラックから荷くずれてごまの袋が道に落ちてた。何回か轢かれたみたく、破袋して中身がこぼれてた。路地だけどたまに車は通るでしょ。タイヤが踏むとごまがぷちぷち割れる音がする。ずっと聞いてると、どこかに持ってかれそうになって。…え、分からん、何が? ごまが轢かれるぶちぶちをさ、ずっと聞いてるんだよ。灰色の道で。子どもがひとりで見てる。親もなくて。もう風も止まった感じ。園とか世界がすーっと遠くなって。どこか東北の灰色の河原をひとりで歩いてるみたいな。その時あたい、「ひとり」ってことを分かったのかなって。だから生きてこられたのかなあって。「ひとり」って途方もないことだよね。父ちゃんが事故した日のことです。

出身の小学校がこないだ百周年だったん。百年も前からあんのかよって思って調べたら、東武線が杉戸まで敷かれたのって1899年だって。まじか19世紀ですよ! まだライト兄弟も飛んでない、一次大戦のはるか前。あたいの14年間なんて何だろうね。何千年もこのちょっとした高台で人は生きてきたんだなあ。3年生の副読本にありましたけど、発掘調査によると奈良時代から今まででこの高台は8メートル沈下してるって。この向こうの鎮牧・荒牧と合わせてここは利根川の結構な河岸段丘だったみたい。海なし県だけど貝塚とかもそりゃ出るよねー。荒牧なんかすぐ竜巻起きるし、なんかとんでもない時間の長さみたいなもんがあたいを支えてる。バカでなかったらもっと感じられるんだけどな。や、それでさ、小学校の七不思議に、雨が降ると校庭から土偶が出てくるってのがあって。なんだよそれ。んで町の昔の本見てたらちょい違うこと書いてあるん。「雨が降ると校庭に大きな輪が浮かび出る」、いやそれも分からんけど。ミステリーサークルかって埼玉新聞にも載ったって。ちょうどガッコの隣が郷土資料館じゃん、夏休みの自由研究で訊きに行ったら詳しく教えてくれた。輪がね、だんだん大人の目にも見えるようになってきて、これトンデモでもなんでもなくほんとになんか埋まってるわってことになって、ちょうど資料館できたばかりの頃で発掘隊が結成されて、掘ってみたら――、竪穴式住居が出てきた。遺物と一緒に。ほんとに出てきた。それで、こんな低地におかしいってことで地質の方とかも照らし合わせて、だんだん地盤沈下も分かってきたんだって。地震があるたびに目に見えて土地が下がっていく所だから、て館長さんが言ってた。土偶? 土偶はまさか神話ぽいけど、何かを小学生は感じて信じて、今でも生きてるんだってこと。それがこの台地の心かな、たぶん。

地面は、ひとを支えてくれるんだろうか。ゆるくたまった泥の海みたいなこの埼玉の平原に、どんな神様がおりて土地を祀ってくれるんだろうか、ちょっと想像できないんだよね。どこか、自信がない。あたいら、がっちり根を張ってるんだろうか。引っこ抜けばすぐ抜ける大根くらいの存在なんじゃ。それでいいのかも知れないけど。山の神の日ってあるけど、山もなければ祠もない。資料館のひとも祠ですか祠はないようなって言ってたかな。ただ碑はあって、碑だからお寺さん関係だけどって言いつつ教えてくれたのが鎮牧の夫婦(みょうと)供養塔。ひとつは姥ヶ谷落としの出口にあってまだ30年とかしか経ってないわりと読めるやつ。「五方 塵(ちり)も無く かねさりを染めて 往(ゆ)きし哉(かな)」て、意味は分かんないけどなんかカッコイイの。もひとつは万年堰の圦(いり)の森にひっそり隠れてた、子どもの背丈くらいの。梵字で、読めない。真言だから読めなくていいんだけど、景色がどんどん変わっていく時代になっても忘れられずにあれ残るのかな。石に刻むこと。エジプトが伝えたかったようなこと。もしかして地面そのものが揺らいで無くなったりした時にもまだ時間を生き延びるかも知れない何か。圦の森はオニグルミでさ、初めから老いて生まれてくる樹木。ほんの30年だか50年、そんな間しか景色を見てられない木とか人とかを守ってくれる時間と、あたいらちゃんとつきあえてるのかなあ。事件とか感情とか通り雨みたいなものとしかつきあえてないかもって不安はあるんだよね。刻むこと。石に刻むみたいに時間に刻むあたいらの人生、できるんか? そこいくと兄貴の見た鳥の凧って、理屈とか飛ばして長々しい夢がどこかにあるんじゃって思わせてくれた。妄想だとしても。

ぼくっ、て砕けた。初めの一本。それは県外ナンバーのハマーで、マッシュされた坂口っつぁんの手塩、割れて飛ばされた白い破片から立ち昇る香気があたいの鼻にも確かに届いた。まだ返しに行けば返せたのを、とうとう轢かせちゃった。これは犯罪だ。何歳だろうと動機が何だろうと犯罪だ。犯罪でもいいんだ。良くないけどいいんだ。百本並べた。じっと待った。気温は零度に近かった。ランクルが通る。パジェロが通る。ぼくっ、ぼくっ、大根ごめん。じっちゃんごめん。巻き込まれた運転の人たち、後始末する山の人たち、供養塔立てた護摩寺のお坊さんたち、1400年前の住居の人たち、そんでこの鎮牧の地面、ごめん、ごめん。こんなのが14歳のあたいのリアルだなんて誰が思ったろう。それとも台地の神は知っててあたいにさせたのかな。ぼくっ、ぼくっ、割れる音、その形、冷たい冬の夜に広がる半干し大根の香り。罪の香り。罪でない罪の香り。動き出せない一歩なのか動いてみた一歩なのか…寒い! ここは寒いねえ! いま春日部の西口じゃわんぱくユーリやいじめられ春樹が大っきくなってつまんない抗争で命を減らしてるでしょう。ぼくっ。シオシオは体こわして休職して東京に帰ってて今年の卒業式は難しいだろうって。ぼくっ、ぼくっ。兄貴はケロイド撫でて苦笑いしながら今夜も呑んだくれてる。あれでカノジョはいるんだってから世の中おかしいや。あたいと五つしか違わない小さな人。あたいに気兼ねして結婚しないみたいだけど勝手にしなよーそんなの。ああもう、賢明なんて、蹴っ飛ばしてやりたいな! いつかあの金の凧から鳥の王様が舞い降りて、あたいに額縁を示して、恋(レン)、もし何かを描くならこれを描けよってあたい自身を紹介してくれるよ。え? 何言ってるか分からない? これじゃ調書にならない、か…。そう言われてもなぁ。おまわりさん、ぼくっ、ぼくっ、ていうのがあたいの秘密なんです。あの音と香りがロプロプを呼ぶんです。額縁でロプロプがロプロプを紹介するんです。絵を抱えるあたいが持ってるのがあたいの絵なんです。これが14歳のリアルなの。これ書きとめられない調書なら調書の取り方がおかしいよ。保護監察ならそれでいいから、あたいの目と鼻と手の指の先に何が見えてるか、監察官の人に見せたりたい。おやじも兄貴もねーちゃんも全然妥協しない奴らでしたから、血を、あたいの血をね、知ってくれるんなら分かってくれるんなら保護監察大歓迎ですよ。あたいはほら、これからもチャリでウサギみたいにひとり駆けるから、百本の大根の命を背負って生きていくわけだからさ。五方塵も無く、かねさりを染めて往きし哉。冬の道を、ぼくっ、ぼくっ、て、ウサギみたいに逃げていくんだからさ! 

 












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