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2010年02月16日09:03

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「とんかつ」とは、何か。

 げ物が好きである。中でも、「とんかつ」は「チキンかつ」と双璧を成す大の好物である。しかし、そんな私も『きたなシュラン』で取り上げられた『とんかつ 平兵衛』に出かけるのは二の足を踏んでいた。店内のきたなさが番組の映像からも十二分に伝わったからだ。恐いもの見たさの友人が「そりゃ、行くしかないでしょう。ぜひ、一緒に行きましょうよ〜!」と後押ししてくれなければ、独りでは行かず仕舞いになっただろう。先日、現場の帰りに彼ら二人と連れ立って、寄った。そこで我々は、他の「とんかつ屋」とは全く違う異次元体験をする。『とんかつ 平兵衛』は、想像をはるかに超える最強の『きたなシュラン』であった。

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 店舗の内外が汚いのはさておき、真っ先に目につくのは、玄関前に置かれた電飾看板の文字である。

『○揚げ油を全く吸収しません ○肉汁を全く失いません
 当店ではこの程度は常識です  とんかつ 平兵衛』

 普通の店なら、「・・・それが当店の自慢です」とでもするところを、「この程度は常識です」と、論外に他のとんかつ屋は非常識であると言っているようだ。玄関脇には、食品分析比較表が掲出され、『平兵衛』のとんかつの自信のほどが見て取れる。店主はよほど、自分の店のとんかつに絶対の自信と誇りを持っているに違いない。それがあまりに強過ぎるがゆえに、他店の「とんかつ等の現状」を許し難いのである。お店のHPや店頭配布用の小冊子では、『平兵衛』のとんかつに比べると世の中のとんかつが「いかにお粗末なシロモノであるか」を徹底的に断罪している。そんな店主の姿勢を知った上で、店主の言動に接し、彼の作るとんかつを食べると、色々と面白いものが見えて来る。

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 番組ではかなり偏屈そうに見えた店主だったが、案外接客は丁寧であった。我々が「とんかつ定食」(\2300)を注文すると、「かしこまりました」と答えた後は黙々と調理を始めた。その所作がなかなか変っていた。手順のひとつひとつを、「よし」と小声を発しながら確認するように進めていく。カウンターの向こうの大鍋に入った油は湯気も立たず、音もしない。小麦粉、卵黄、そして微量のパン粉をつけた後、店主は大鍋の油に静かに沈めた。普通のとんかつ屋なら威勢の良い音と泡を発し、大いに食欲が増幅される瞬間だが、かすかに「・・・ シュ〜ッ ・・・」と音がしたのみであった。しばらくすると、灰汁のようなやや黄色い大きな泡が膨らみはじめたが、店主は油切りを使い、ゆっくりと油の表面を上下に押し出した。なにやら呪文のように小声でつぶやいているのが聴こえる。「よし」と発声して、香の物やお茶など他の用意に移るが、時々、思い出したように菜箸で油を静かにかき回す。悠然とした動きは、まるで何かの儀式を見ているように厳粛で、我々は知らず知らずのうちに会話の声を落としていた。なかなか緊張感がある。儀式は20分以上続いた。

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 店内はどこもかしこもが、汚い。しかし、店主の目には何も映っていないのだろう。三代目の彼は、初代が完成した「美味しいとんかつの最高にして唯一の作り方」(『平兵衛』メソッドと彼は呼ぶ)を継承、現代に伝えることに全神経を集中し、他のことは全て価値のないことと判断しているに違いない。お店の清掃や備品の整理整頓など、彼にとってはどうでも良い些細なことなのだ。ちなみに、『平兵衛』の店主にとって、マスコミで取り上げられることは何の価値もない。まして「とんねるず」が何者であるのか、『きたなシュラン』で☆3つの評価を受けたことにどのような意味があるのかなど気にもしていないようである。私が出かけた『きたなシュラン』の店で唯一、店内にダーイシP人形も認定証も飾っていなかったので、店主に尋ねたところ、なんとダーイシ人形は「・・・気持ち悪いから放っておいたら壊れましたので、捨てました。燃えるゴミで良かったのでしょうか」とのこと。認定証も捨ててしまい、「額だけは何かに使えるかなと思い、残しました」と空の額縁を指し示された。正真正銘の偏屈者なのであった。
 「お待たせしました」と我々の前に登場した「とんかつ」は明るいキツネ色をしていた。肉厚は3cm以上ある。「最初は何もかけずに召し上がってください」という店主の勧め通り、切り分けられたかつをそのまま口に運ぶ。実に柔らかい。そして、驚くほどジューシーである。衣はわずかに存在するのみで、サクサク感は皆無だった。これまでに味わった「とんかつ」とは全く異なる一品である。皿の上に、わずかに油がたれているが、これは衣から染み出たものだろう。ここまで肉汁にこだわる以上、ソースや醤油をかけるのは相応しくないと思い、私は塩をふって食べた。これが『平兵衛』のとんかつには最も合う。

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 『平兵衛』は、「肉に油が全くしみこまないこと」と「肉汁が完全に保たれていること」を美味しいとんかつの必須条件であると信じ、それを実現するために、現在の調理法に到達しているはずだが、衣は肉汁を保護するための「皮膜」としての機能しか考えていないのだろう。『平兵衛』のとんかつは、大量の油で揚げる調理法ではおそらく最も有効に「肉汁を保つ」ことに成功している。確かに、他のとんかつ屋とは違って「柔らかく、ジューシーな豚肉」を味わうことができるが、それすなわち、「豚肉を美味しく食べるための最善の方法である」とは言い難いと私は思う。とんかつとは、衣の香ばしさ、味、食感が美味しさの重要な要素だからだ。肉が柔らかく、ジューシーであることと、衣が美味しいことはどちらかが欠けても「完全なとんかつ」とは呼べないのではないだろうか。「とんかつ」とはいったい何なのか、を深く考えさせてくれるお店であった。

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