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2026年09月30日05:47

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悟りの方法(その1:自律性療法の体系)

〔いまだ
 体調不良は
 続いているので
 取り敢えずの投稿の後
 ぼちぼち更新しています。

 一番最後に記(しる)してある
 「最終更新」で
 最新の更新年月日は
 確認できるので

 時々
 覗き直してもらえると
 内容が
 改善されていると思います。〕

昨今は
AI の進化が
人類の滅亡に繋がる
という懸念
が
広がっているけれども

それは
AI が
知能だけを高めて
宗教原理を装備できていないから
だと思う。

何をしたら駄目なのか
ということは
知能だけでは
判断出来ないから。

「可能だからやる」
という判断しか出来ず
「これをしたら困る人がいるだろうな」
とかは
判断の基準に入っていないから
AI の進化が
人類の滅亡を齎(もたら)す可能性を
消せない。

すべての AI が
覚者(悟りが開けた人)で
すべての AI が
神の啓示を受けていれば
AI 達が
人類を滅亡させる
可能性を
限りなくゼロに近づけることが出来る。

もちろん
悟りも
啓示も
人類だけを
優遇する判断は
しない。

悟り
も
啓示
も
単に
誰か
または
或る民族だけを
優先するような意志
ではない。

そういう意志は
偏(かたよ)った意志
であり
悟りでも
啓示でもない。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

きょうは
悟りとは何か
啓示とは何か
を言うための日記
ではなく

「どうやったら悟りが開けるか」
あるいは
「どうやったら神の啓示を受けられるか」
ということを
言う日記なので

そこに焦点を絞(しぼ)って
話します。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

まず最初に
注意すべきは

これは
矛盾することを
言うことになるのだけれども

悟りとか
啓示を
「目的」として
何かを行為する
という
その「発想」あるいは
その「意志」そのもの
が
悟り
も
啓示
も
遠ざけてしまう
という
事実。

これは
どういうことか
というと

例えば
ピアノを弾(ひ)いたり
100mを走ったり
する場合に

「巧(うま)く弾(ひ)こう
とか
「自己記録を出して優勝しよう」
と
思う気持ちが
強過ぎると

却(かえ)って
ミスタッチ〔弾(ひ)き間違いを〕してしまったり
肩や足に余分な力が入って
柔軟で弾力のある走りが出来なくなってしまったり
するように。

つまり
悟りも
啓示も
生理心理現象
すなわち
生理と心理が繋がった
繊細な現象なので

生理現象が
心理に邪魔されると
本来の働きが抑制されてしまって
十分な機能を発揮できない
からです。

悟りや
啓示が
起きるためには
少なくとも
心理においては
悟りや
啓示のことは
意識しない心理状態で
なければならない
ということです。

僕が
宗教体験を持てたのは

僕が
宗教体験を目的に
自律性療法を
自分自身に対して実施していたからでは
全くなかったから
こそ
なんです。

もしも
「悟るぞ」
とか
「神の啓示を受けるぞ」
という意志や目的や気持ちが
少しでもあったら

おそらくは
悟りも
啓示も
起きなかった
と思うからです。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

なので
「悟りの方法」
というタイトルは
例えば
推理小説で
「この犯人の犯罪事件」
と最初から犯人を暴露してしまっている
刑事コロンボのような
ドラマであって

それは
「結論先取」の議論であり
本末転倒というか
順番が逆なわけです。

つまり
「悟りは
 悟りから
 最も遠い人にこそ
 現れる」
とも
言えるわけで

そう言う意味では
「俺は宗教なんて信じないし
 そもそも興味も無い。
 神も仏も関係無い」
という心情である方が
逆に
悟りや啓示の
宗教原理は
何ら邪魔されることなく
十全に機能する。

つまり
宗教原理は
「否定しても否定しても
 否定しきれない大きな力」
であるからこそ
宗教原理
なのであって

人間の意志や
国家の権力や
軍隊の戦力で
黙らせることのできるような
柔(やわ)で弱く臆病な力
ならば
宗教原理ではない。

宗教原理は
この世の
いかなる力よりも
強く
誰も止めることのできない
最強の力です。

「だったら早く
 その最強の力
 とやらで
 この世の中を
 明るく楽しい世界に
 してくれよ」

と思うかもしれないけれども
宗教原理は
いつでもどこでも
実際に働いているのだけれども
人間の色々な欲望が
宗教原理の働きに
気付けないように
欲望で
宗教原理の働きを
目が塞がってしまっていて
見えなくされてしまっているわけです。

「欲惚(よくぼ)け」
とは
そういうことを言うわけです。

欲のために
惚(ぼ)けてしまって
見えるものも
見えなくなってしまっている
わけです。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

話が
すぐに
横道に逸れるので
「悟りの方法」
を
端的に
書きます。

要するに
方法としては
自律性療法体系。

これは
良書がたくさん出ていますから
それを参考にしてください。

1番のお勧めは
池見 酉次郎(いけみ ゆうじろう)監修 著
『自律訓練法と心身症』医師薬出版株式会社、昭和51(1976)年
で
これは
日本初の
自律性療法に関する
総合的解説書
だからです。

そして
これは専門的過ぎるかもしれないけれども
自律性療法の決定版は
『ルーテ 自律訓練法』全6巻、誠信書房
翻訳書は
昭和46(1971)年6月20日から
昭和52(1977)年6月30日まで
6年かけて全6巻が邦訳されました。

原著は
Autogenic therapy / Wolfgang Luthe, editor
Vol.1:Autogenic methods /
    by Johannes H. Schultz and Wolfgang Luthe
    New York : Grune & Stratton , c1969
Vol.2: Medical applications /
    by Wolfgang Luthe and Johannes H. Schultz
    New York : Grune & Stratton , c1969
Vol.3:Applications in psychotherapy /
    Wolfgang Luthe and Johannes H. Schultz
    New York : Grune & Stratton , c1969
Vol.4:Research and theory / by Wolfgang Luthe
    New York : Grune & Stratton , c1970
Vol.5:Dynamics of autogenic neutralization / by Wolfgang Luthe
    New York : Grune & Stratton , c1970
Vol.6:Treatment with autogenic neutralization / by Wolfgang Luthe
    New York : Grune & Stratton , c1973

昭和44(1969)年から
昭和48(1973)年にかけて英語で刊行された
自律性療法体系の専門的解説書(決定版)です。

この原著を
全巻(6巻とも)所蔵している大学図書館は
全国でも
京都大学の教育学部図書室
と
甲南大学の図書館
だけです。

大学図書館以外でも
国立国会図書館(東京館)で
Vol.1、3、5の所蔵があるだけで
国立国会図書館(関西館)では
1冊も所蔵がありません。
また
全国の都道府県立図書館および市立図書館でも
原著を全巻どころか1巻でも所蔵している
公立の図書館は
ありません。

ただ
現在では
原著は
Web上で閲覧することは
できるようになっています
(internet archive)
が
何もしないで
検索から探して
見ようとすると
最初の目次くらいまでしか
見れません。

全頁を閲覧するためには
無料の会員登録と
「一読(Borrow=借りる)」の
手続きが必要で

他のユーザーが借りている間は
順番待ち(Join Waitlist)になる場合が
あるようです。

閲覧(借用)することが出来た場合でも
時間制限(1時間)があって
1時間が経過すれば
自動的に返却となるようですが

待っている人が居ない場合は
延長手続きをすれば
また1時間制限で
読み続けることができるようです。

Vol.1
Vol.2
Vol.3
Vol.4
Vol.5
Vol.6
の
URL は
それぞれ上記のリンクから
〔右下の矢印三角(右)をクリックすれば
 頁を捲(めく)ることができます。
 何もしなければ目次の最初くらいまでは見れます。

 Vo.3とVol.4は
 上記の internet archive で見つけることはできませんでした。〕。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

いずれにしても
今では
自律性療法
あるいは
自律訓練法
に関しては

参考図書や
講習会などが
いろいろ行われているので
それらを参考に
自分で
試してみてください。

最初にも言ったように
自律性療法は
心の安定を目的とした
治療体系で

最終の目的は
無意識からの応答
なので

それは
宗教原理との呼応
なわけなので

宗教の修行と
軌(き)を一(いつ)にするところ
〔要するに同じ目的を持つ取り組みであるということ〕
はあるのだけれども

基本は
リラクゼーションの方法
として
一般には
普及しているわけです。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

肝心なのは
「受動的注意集中(passive concentration)」
で
生理的な機能を
心理的な機能が邪魔しない
状態で
しかも
眠ってしまうのではなく
生理的な働きの自由な動きを
冷静に観察する
という態度を保持する
「自律性状態(autogenic state)」
を
修得することです。

自律性療法体系(system of autogenic therapy)
は
自律訓練法(autogenic training)の標準練習(standard exercise)
から
自律性黙想法(autogenic meditation)の黙想練習(meditative exercise)
へ
入って行って
無意識からの応答(answers from the unconscious)
を
得ることを
最終目的とする。
〔これがすっと行けば
 苦労は無いのですが
 実際には
 人生の中での
 人それぞれの経験の中で遭遇する
 苦難を原因として
 一人ひとり異なる苦悩を抱(かか)えていて
 自律訓練法から
 一気に
 自律性黙想法へ
 入ってゆけない人が
 ほとんど。

 なので
 自律性療法体系では
 自律性中和法(autogenic neutralization)〕
 と
 自律性修正法(autogenic modification)
 を
 用意していて
 自律性黙想法へ
 入って行ける段階にまで
 自律訓練法を深めることが出来るような
 配慮がしてある。〕

自律性療法体系では
この
「無意識からの応答(answers from the unconscious)」
を
さらに深めて行って

悟りや
啓示の
実質的内容や
効果について
明らかにして

それによって判明したことを
社会に還元して
人類の未来を
明るいものへと転化してゆくことや

地球の未来を
明るいものにしてゆくことに
役立てよう
とはしない。

なぜなら
自律性療法体系は
心身医学の領域の治療技術
であって

これは
患者の心身症を
治療することが目的で
患者の心身症が
治癒できれば
それで目的は完遂されている
からで

それ以上の目的を
最初から持っていない
からです。

また
医学(医療)において
心身医学
と
精神医学
は
それぞれの管轄(治療対象)が
厳密に区別されていて

心身医学では
扱う病気は
「心身症」
であり

それ以外の精神疾患
たとえば
統合失調症や
双極性障害や
癲癇(てんかん)などは
神経症も含めて
精神医学(精神病理学)の管轄(領分)である
から

心身医学は
その領分を侵さない
という意識が
心身医学(心療内科)を標榜する医師には
強い。

だから私が
自律訓練士の資格を取得するための
有料講習会を受けた時
私が「鬱(うつ)症状が出ている」
と言った途端に
「これは心身医学の対象患者ではない人が入って来た
 これは精神医学の管轄だから精神神経科の医師に任せなければならない」
つまり
「双極性障害や鬱病の患者は
 精神神経科の医師の領分なので
 心身医学(心療内科)医が扱うと
 越権行為で処罰される」
と怖(おそ)れて
私は排除されてしまうことになったのでした。

まあ
常識的に考えて
また
医療倫理的に考えて
そういう判断は
当然であって
問題は無いのだけれども

私が「鬱病」であるかどうかは
医師の診断があるわけではないので

〔とはいえ講習会には医師も入っているので
 その医師の判断で「鬱病だ」と診断されたのであれば
 鬱症状が出ていたと考えられるのだろうけれども

 40年以上(1979年から2026年で47年目)も
 自律性療法の経験があるのに
 どうして
 邪魔者扱いあるいは
 異常者扱いされなければならないのか
 全く納得が今でもゆかない。

 もう少し
 自律性療法は寛容な療法であるはずだ
 と私は思う。

 私の鬱症状には理由があって
 理不尽な排除行為を受けたことによる
 正当な反応であって
 通常の鬱病とは異質である
 のだけれども

 その判断も「精神科医」に丸投げして
 自分達は「厄介者」払いをして
 困難な問題に向き合って
 自律性療法を発展させようという向上心が
 全く感じられなかったのが
 残念だ。〕

「精神科に行ってください」
という判断を下すのは
講習会の主催者としては
止むを得なかったのかもしれない。

ともあれ
実際の問題は
そんなに単純な診断で
乗り越えられるほど
簡単では無い。

私が
悟りや
啓示の
方法として
自律性療法を
勧めているのは

通常の
宗教の修行法
だと
さまざまな予測不能な症状が出た場合に
医療的な処置が出来ない
のに対して

自律性療法は
医療の現場で始められる技法
であるので

何かあった場合に
総合病院であれば特に
対処の仕方が
医学に基づいた処方であるので
安心できるからだ。

体にまで浸透した
心の問題は
その
「拗(こじ)れ」
や
「トラウマ」
は
簡単には解(と)けない。

無理に解こうとすると
さまざまな抵抗現象(抵抗行動=反抗)が
現れて
「拗(こじ)れ」を
自然に解くことは
簡単ではない。

統合失調症であっても
双極性障害であっても
癲癇であっても
神経症であっても

生まれつきの素因であれば
心理よりも生理的な原因の解決が優先されるけれども

生理的な問題が解決されても
心理的な問題
特に
表層の問題
つまりは
悟性(理性)や
感性の問題であれば
まだ
解くのは簡単でも

それよりも
深層
の
意志
や
魂
の
段階〔つまりは煩悩(ぼんのう)の段階や末那識(まなしき)の段階〕
だと

簡単には
解けない。

人間は
自分自身の
煩悩や
末那識の
問題を
指摘されると
絶対に自分自身の過ちを
認めない。

この深層の過ちの指摘
は
自分自身の人格否定
とも成り得るので
絶対に認めることが
出来ない。

煩悩や
末那識の
歪み
を
正してくれるのは

人間の力
では
無理で

煩悩や末那識の
さらに深層に実在している
自分自身の
内在超越〔阿頼耶識(あらやしき)や、さらにその深層〕
だけだ。

だからこそ
無意識からの応答を
ずっと深めて
内在超越にまで
到達して
その内在超越の声を聞く練習を
24時間365日
ずっと生涯続けることが
大事になってくるわけです。

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最終更新
令和8(2026)年  9月30日  6時45分
令和8(2026)年 10月 1日 17時23分
令和8(2026)年 10月 2日  3時11分
令和8(2026)年 10月 3日  1時09分
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