マタイ受難曲(2005年)の本番の、おそらく1か月ほど前だったと思う。アルトパートの再オーディションがあり、何人かが落ちて、ステージに乗れなくなった。
なぜ、この時期になって再オーディションが行われたのか。
当時の指導者は、月に1回程度、盛岡から来ていた。あるとき、練習開始前に少し時間があり、希望者がいれば、分からない箇所を教えてもらってもよいということだった。そこでアルトの何人かが、「分からないところを教えてください」と申し出た。ところが、実際に歌ってみると、「これはひどい」ということになった。そこでアルト全員を改めて聴き直すことになり、結果として何人かがステージに乗れないことになった。
今から考えると、少し皮肉な話である。
もし彼女たちが自発的に「分からないところを教えてください」と申し出なかったら、再オーディションそのものが行われず、そのまま本番のステージに乗っていた可能性が高い。通常の練習では、そこまでの問題を指摘されていなかったからである。
まさに藪蛇である。
だから、彼女たちが「自分たちはまじめに練習に来ていたのに、なぜステージに乗れないのか」と訴えたことは、十分理解できる。自分がその立場だったとしても、文句は言うだろう。
しかし、問題は別のところにある。なぜ、本番の1か月ほど前になるまで、そのことが分からなかったのか。
当時、金沢近辺で継続的に指導する指導者がいなかった。主たる指導者が月に1回程度しか来ない。そのうえ、団員の欠席も多く、練習に行ってみたら「今日は混声3部か」と思うような状態になることもあった。これでは、全体の仕上がりを継続的に見ていくことは難しい。だからこそ、月1回の指導者が来る間に、金沢近辺で練習を見るサブの指導者を置き、普段の練習を強化しておくべきだったと思う。そうしていれば、本番直前になって「この人はステージに乗せられない」という事態も、少なくとも減らせたはずである。
自分には、これは出演者の問題というより、指導体制の問題に思える。
まじめに練習に来ていた人を本番直前になって外すこと自体が問題なのではない。プロのオケと一緒に演奏する以上、一定のレベルを求めることは当然である。問題は、そのレベルに達しているかどうかを、もっと早い段階で誰が確認するのか、ということである。
その仕組みを作らないまま本番直前まで来てしまったのなら、出演者にその責任を負わせるだけでは筋が違う。少なくとも自分には、事務局を含めた運営側の指導体制にも、大きな問題があったように思える。
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