八ヶ岳ミュージックセミナーに行かなくなった理由について、大阪に通うようになり、費用がかさむようになったからだと書いた。もちろん、それも理由の一つではある。だが、後になって、もう一つ思い出したことがある。
このセミナーで取り上げた曲を、その年の秋に栗友会の合唱団がコンサートで演奏したのである。実際にステージに乗ったメンバーのうち、どれくらいが夏のセミナーに参加していたのかはわからない。ただ、かなり重なっていたと思う。いや、そもそも秋のコンサートで演奏する曲を、夏のセミナーで取り上げた可能性が高い。
別に、セミナー参加者をコンサートのステージに乗せてほしいと思ったわけではない。そんな誘いがあれば面白かっただろうが、それは別の話である。ただ、コンサートの案内くらいはあってもよかったのではないかと思ったのだ。
セミナーでは同じ曲に取り組み、時間をかけて練習した。そこで生まれた音楽的なつながりが、秋のコンサートにつながっているのなら、参加者にも知らせてくれてよさそうなものだ。ところが、そうした配慮はなかった。
振り返れば、それ以外にも、セミナーの運営には違和感があった。広く外部から参加者を募る、いわばオープンなセミナーでありながら、外から参加した者に対しては、どこか冷淡なところがあったように思う。
もちろん、主催者側には主催者側の事情があるだろう。長年続いている活動であれば、内部のメンバーを中心に運営するのも自然なことかもしれない。しかし、外部に門戸を開いて参加者を募る以上、単に講習を受けさせればそれでよいというものでもないだろう。
音楽を学ぶ場を開くことと、音楽を通じて人とのつながりを広げることは、必ずしも同じではない。八ヶ岳のセミナーには、後者の意識があまり感じられなかった。
とはいえ、セミナーそのものがつまらなかったわけではない。春に送られてきた新曲を、四苦八苦しながら譜読みしたのは楽しかった。知らない曲に取り組み、少しずつ音楽の形が見えてくる。その過程には、確かに得るものがあった。
だからこそ、少し残念だったのである。
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