森の歌の練習会場になっているコンサートホールに入ると、ステージにはもう椅子が並べられていた。アルトのお姉様方が5人とテノールの仲間が1人、副指導者を交えて談笑している。まだ練習開始30分前である。
「こんばんは。早いですね」と言いながら入って、いつものように録音機を客席にセットする。
それからステージに戻って譜面台を組み立てていると、しばらくして男声が一人やって来て横に座った。見たことのない顔である。「こんばんは」と声をかけたが、反応はない。聞こえなかったのかもしれない。まあいい。
昨日の練習にもいなかったから、テノールの人なのだろうと思った。他のパートのことまで気にしても仕方がない。今日のバスパートは、バスが2人、バリトンが1人、そして後ろのほうにいつものマスク男が1人。そこへ、この見知らぬ男が加わった格好である。
練習が始まる直前、隣の男が前列に出た。自分の斜め前になる。練習が始まって、自分が出だしの音をうまく取れず「あれ?」と独り言を言ったら、彼が振り返って「Aですよ」と言った。
「ああ、そうか」別に腹は立たなかった。音を教えてくれたのだから、それだけのことである。どうやらテノールではなく、バリトンらしい。
ただ、これまで一緒に歌った記憶がほとんどない。そういえば昨日のパート練習で牧山さんから「これで全員ですか」と聞かれたときに、「もう一人、Iさんが……」と誰かが言っていた。前回の練習にポツンと来て、その後は来なくなった人のことかと思っていたが、どうもこの人らしい。
そして、もう一度練習していたときである。今度は自分が少しフライングして歌い出した。そのとき、彼がこちらを振り返った。その仕草に、ムッとした。
練習中に、他人が違うことをすると首を傾げたり、ちらっと視線を投げたりする人がいる。いかにも「間違えやがって」と言いたげな、あの仕草である。
ムカッとした。
「練習に来とらんお前に言われたくないわ」
さっき「Aですよ」と言われたときには何とも思わなかった。それなのに、二度目になると、どうもこいつはこういうことをするのが癖なのではないかと思えてきた。他人の間違いを指摘することが正しいと思っているのではないか。そういうことが合唱の質を上げると思っているのだろう。そういう雰囲気の合唱団で歌ってきたのかもしれない。
もちろん、歌っている途中で間違いを指摘すること自体が悪いわけではない。自分だって、相手を見ながらタイミングを図って注意することはある。
問題は、そのやり方である。相手の間違いを指摘することと、相手を侮蔑するような態度を取ることは別である。合唱は一人で歌うものではない。お互いに声を聴き合いながら歌うのだから、注意や指摘にも、それなりの作法がある。
まして、ほとんど練習に来とらん人間に、そういう態度を取られると、なおさら腹が立つ。迎えに来てくれた妻に愚痴をこぼした。それでも収まらないのでブログに書いておこう。
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