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2026年08月23日17:46

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ラ・ムー倉吉南店、本日より店内改装のため休業

ラ・ムー倉吉南店
(鳥取県 倉吉市 福吉町 1365 番地 1)
へ
今日(2026年8月23日)の
正午前(11時50分)頃行ったら

店内を改装するために
今日(2026.8.23)の19時
から
2026年9月5日(土)9時
まで
休業する
という紙が
入口に貼ってあった。

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令和8(2026)年8月23日正午時点では
営業はしていたが
商品が
10分の1くらいになっていて
しかも
値段は
通常価格のままだったので

ラ・ムー倉吉本店
(鳥取県 倉吉市 河北町 125 番地 1)
に行って
99円(税抜)のナポリタンと

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100円(税込)のたこ焼き(6個入り)と

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79円(税抜)の牛コロッケを

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買って
〔妻は助六199円(税抜)〕

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食べた。

僕たちが
蒜山に来た
令和3(2021)年7月14日の頃は
ラ・ムー倉吉本店が
リニューアルしたばかりだった。
〔令和2(2020)年5月29日(金)リニューアル・オープン〕

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こちらに来て
次の日が
Greenable(グリーナブル)Hiruzen
〔東京オリンピック会場を設計した
 隈研吾さんの設計による
 真庭市の木材を CLT(直交集成板)として再利用する
 SDG's の考え方の象徴としてのモニュメント会場。
 この CLT 合板技術は
 後に大阪万博(2025年4月13日〜10月13日)の
 大屋根リングや日本館にも生かされた。〕
の
オープン日だった。
〔令和3(2021)年7月15日〕

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また
コスモスの西倉吉店

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も
新規オープンした
〔令和3(2021)年7月5日(月)〕
ばかりの頃
〔蒜山高原の古民家に来たのは
 令和3(2021)年7月14日(水)
 フランス革命記念日だった
 それから丁度5年後の
 令和8(2026)年7月14日(火)に
 私の高校(大阪府立北野高等学校)の1年先輩の
 山田五郎(本名:武田正彦)さんが
 帰天(カトリックで亡くなること)された〕
だった。

そもそも
平成元(1989)年の1月に
岡山県 真庭郡 川上村 の 東茅部に
両親が別荘を建ててくれた時は
現在は有る
ローソン蒜山下長田店(岡山県真庭市蒜山下長田664−1)も
セブンイレブン蒜山上福田店(岡山県真庭市蒜山上福田494−5)も
無く

犬鋏トンネルも
開通していなかった。
〔開通は平成9(1997)年10月22日(または29日)。
 ローソンは犬鋏トンネルが出来た頃に
 開店したように思うが
 セブンイレブンは
 私の両親が平成元(1989)年1月頃に
 岡山県真庭郡川上村東茅部に別荘を建ててくれた頃は
 ガソリンスタンドが有ったのだが
 そのガソリンスタンドの跡地に
 どうやら
 平成26(2014)年8月29日に
 新装オープンしたようだ。

 となると
 ローソンの開店が
 平成9(1997)年10月22日(または29日)頃で
 セブンイレブンの開店が
 平成26(2014)年8月29日頃
 ということで
 その差は17年ということになる。
 けれども
 令和8(2026)年8月25日現在は
 ローソンとセブンイレブンを中心として
 みかもストアー、スーパーヒルセン、いけだファミリーストアなど
 地元のスーパーなどが共存している
 便利な地域だ。

 ホームセンターである
 コメリ ハード&グリーン蒜山店も
 出来ていて
 蒜山だけで
 大体のものは揃えられるが
 やはり
 ラ・ムーの安さには
 勝てないので
 ラ・ムー倉吉南店の
 改装は
 とても有難い。〕

そのうち
久世に通じる
313号が整備され

ディオの久世店が
リニューアルオープンし
〔令和6(2024)年2月2日(金)〕

そして今回
ラ・ムー倉吉南店が
令和8(2026)年9月5日9時
リニューアル・オープン予定
ということで。

岡山県 真庭市 蒜山 大字(おおあざ)下福田 字(あざ)上井川
〔実際の住所では今は「字」まで入らない。この上井川とか
 中井川とか下井川と言われる時の「井川」という名称は
 塩釜の冷泉からの湧水が流れる川のことを「井川」と呼ばれているのだけれども
 僕はこれが塩釜の冷泉が「神の真名井(まない)」だたら「井川」と
 呼ばれるようになったのではないかと勝手に思っている。もちろんこれは
 要検証。
 蒜山高原も勝手に「高天原(たかまがはら)」だと思っているが、これも
 要検証。〕
に
引っ越してきて
その上井川と中井川の自治区の中で
〔というよりもひょっとしたら岡山県下で〕
最も古くから建っている
(280年以上前から在るようだ)
古民家に
京都から移住してきて

役場は
八束村役場と川上村役場が合併して
蒜山振興局が出来て
〔平成19(2007)年12月3日(月)新築開庁。
 竣工式は平成19(2007)年10月13日(土)。〕

家の前を通って
国道313号線から塩釜の冷泉に北上する
真庭市道上中井川線が
東側に新設され
〔令和3(2021)年7月14日に
 高天原(蒜山高原)の古民家に移住したときには
 まだ工事中で
 (そもそも古民家もリフォーム途中で移住した
  最初はお風呂やガスコンロや室内灯さえなかった。
  寝れるだけの居住空間だった。
  まさに「冒険」だった。)
 令和4(2022)年の5月頃に
 漸(ようや)く完成したように思う。
 iPhoto に iCloud 6TB(月額4500円→5500円)で
 保存してある5万枚以上写真を
 令和3(2021)年7月14日以降から探して
 舗装新設工事の施工開始年月日が
 令和3(2021)年6月28日
 で
 完了予定年月日が
 令和4(2022)年1月28日
 であることが
 判明した。
 けれども
 私の記憶では
 古谷純一さんの家から北側の
 蒜山高原道路(422号線)の交差点までの区間は
 その後しばらく工事していたように思う。
 さらには
 そこから先の
 塩釜の冷泉までの道路も
 舗装工事が決定しているが
 令和8(2026)年8月25日現在
 また未着工の感じだ。〕

蒜山振興局には
平成31(2019)年3月9日(土)に
蒜山図書館が
振興局内に移設され

また
消防署〔真庭市消防署蒜山分署〕も
令和7(2025)年4月1日に
真庭市役所蒜山振興局の敷地内(真庭市蒜山下福田305)に
移転し業務を開始した。

岡山県真庭市蒜山
〔以前は岡山県 真庭郡 八束村
 もっと昔は美作國の真島郡と大庭郡に別れていた〕
大字下福田字上井川に
戦国大名で
毛利(もうり)氏に滅亡させられた
尼子(あまご)氏の末裔が
美作の藩主(大名)に請われて
師範として
上井川の地に
最初の1軒を建てた
と聞いている
〔現在の古民家は
 寛保2(1742)年に雷が落ちて
 茅葺き屋根だった石立式平屋の大部が消失して
 その後改装するか新築して成った家で
 1746年に新築されたとしても
 2026年で築280年目。
 そもそもの家は
 尼子氏が毛利氏に月山富田城を兵糧攻めで
 永禄9(1566)年11月に
 落城(開城)させられ
 子孫の山中鹿之介幸盛が尼子家の再興を図(はか)ったが
 天正(1578)年7月17日
 毛利氏に捉えられ
 護送途中の高梁川の阿井(あい)の渡(わた)しで
 逃亡を試みるも毛利氏の兵に斬られ
 1578年7月17日の三日月の夜に絶命した。
 その後
 紆余曲折があって
 尼子氏の末裔が美作の國の福田村の上井川という所に
 居を構えて最初は師範として
 後に庄屋(名主)として
 上井川地区の中心地であった時代があったそうだが
 その頃からだと
 17世紀(1600年代)半ばから後半としても
 1656年からだと370年
 1696年としても330年の歴史がある。〕
現在我々が住んでいる古民家

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〔屋根はそもそも茅葺きで軒下(雁木造り)の部分のみ瓦葺きだったのだけれども、
 現在は屋根も雁木(がんぎ)造(づく)りの箇所も亜鉛メッキ鋼板葺きとしてある。〕
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〔将棋の「雁木(がんぎ)構え」の由来の雁木造りの軒下(のきした)は
 大雨でも大雪でも広縁(広い縁側)にまで雨が入らず雪に埋もれることもない。
 よく考えられた独特の造(つくり)だ。近現代建築では見られない古民家の利点。
 当初は「この縁側は足が届かないくらいに高いがなぜだろう」と思っていたが
 大雪の時に備えた高さになっている。
 低いと雪が縁側の中まで入ってしまう怖れがある為に
 十分な高さを確保してあるのだ。
 四駆の最低地上高が20cm 以上あるのと同じ発想方法。〕
の
周辺は
ますます
便利になりつつある。

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最終更新
令和8(2026)年 8月23日 23時59分
令和8(2026)年 8月24日  5時11分
令和8(2026)年 8月25日 18時35分
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