朝5時に目が覚めた。昨夜は10時過ぎには床に就き、新曲のピアノ合わせの練習録音をヘッドホンで聴きながら、そのまま眠ってしまった。最近はCPAPの装着時間を少しでも長くするため、映画を見ながら寝落ちするのをやめている。それでも今回は、新曲の出来が気になり、録音を聴き始めた途端に眠ってしまった。妻がいつベッドに入ってきたのかは知らない。これもいつものことだ。目が冴えて眠れなくて困るということは、自分にはほとんどない。
起きて二階の居間へ行き、アビにエサをやってからトイレへ行く。まだ頭は霞がかかったような感じだ。そのままソファーに横になり、いつものようにiPadでニュースを読みながら、「さて今日は何を書こうか」と考える。
すると、ふと「せんなきこと」という言葉が頭に浮かんだ。「せんなきこと」は「詮無きこと」。どうにもならないこと、思い悩んでも仕方のないこと、という意味の古い言葉である。
先週の母校合唱部での挨拶、男声合唱団の練習で話したこと、京都日帰りツアーで感じた人の振る舞いなど、思い返せばため息をつきたくなる出来事はいくつもある。しかし、それらは結局のところ「詮無きこと」なのだろう。自分一人で考え続けても、過ぎたことは変えられない。
昔の人は、実に味わい深い言葉を残したものだと思う。自分の取り柄の一つは、よく眠れることだ。どんなことがあっても、布団に入ればすぐに眠れる。そして朝になれば、昨日まで心に引っ掛かっていたことも、少し距離を置いて眺められる。
寝て、起きる。
それだけで心は少しリセットされる。「詮無きこと」は、「詮無きこと」として受け流すくらいが、ちょうどいいのかもしれない。
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