mixiユーザー(id:2223977)

2022年10月29日15:46

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「我々はどこからきてどこへ行くのか」に対する「答え」

我々(人間)は
神(の世界)から来て
神(の世界)へ行く(還(かえ)る)。

これは
宗教原理を体験する
(それが「内在超越の逆限定」としての「悟り」であれ
 「外在超越の現象への気づき」としての「啓示」であれ)
までは

理性だけ
では
決して知り得ないこと。

マルクスの唯物史観だって
原始共産制社会から
階級社会を経て
未来の共産制社会へと
進展する
という考え方が

宗教原理の
人間は神の世界に最初居て
神の掟を破って堕落して
再び
神の体現者としての救済者によって神の世界へ還(かえ)る
という宗教原理に沿った歴史観を
踏襲しているために
人類へ普遍的な影響を及ぼし得た。

ただ
現実の共産制社会が
マルクスの思い描いた
理想社会に成らなかったのは

社会の構成員(人民・国民・被支配階級)と
社会の主導員(政治家・上層部・支配階級)が
宗教原理を認識することの
重大性を
マルクスが認識できていなかった
ため。

理性を越えた
認識原理である
神話(悟りを含む)と啓示の
認識と理解無くして
最終的な社会体制である
神の国(もしくは極楽浄土)は
実現しない。

神の国としての
共産制社会
(これまでの共産制社会は
 ソ連であれ中国であれ
 共産主義というのは名ばかりの
 実質エゴイズムと権力主義を克服できていない
 やはり未だ階級性社会に過ぎない。
 また
 現実の宗教(die positive Religion=既成宗教=実定宗教=積極的宗教)
 であっても
 主導者の位階が定められていたりして
 やはり階級性(構成員の間に上下関係、主従関係を認める)が
 残存しているので
 本来の宗教原理が体現されていない)
を
実現できるかどうか
は
やはり
人類の課題であり
人類の責任である。

現実の世の中が
地球の構成員が
(人類のみならず
 動物達も植物達も鉱物達も)
幸せに暮らしてゆける社会であるかは
人類全体の責任である。

たとえ個人に
直接の責任が無い
としても

この世の中の幸不幸は
人類全体の共同責任である
(その意味では地球上に存在する
 総(すべ)ての生きとし生けるものの
 共同責任であるが
 その責任を動植物や物に
 転嫁(てんか=自分の罪過・責任などを他人に擦(なす)り付けること)することは
 できない(やめた方が良い)ので
 やはり霊長類としての人類の責任である)。

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最終更新
令和4(2022)年10月29日 18時37分
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