自戒である。
「森の歌」のステージオーダーに、なぜこれほどこだわるのか。起きがけに考えた。
昔もステージオーダーに不満を持ったことがある。OEK合唱団でヨハネ受難曲を歌った時のことだ。ゲネプロで後ろの列と交代させられた。本番前に、合唱指導者が県外から呼んだ助っ人(アマチュア)と、そっくり列を入れ替わり、自分たちが後ろに回った。それが腹立たしくて、OEK合唱団を辞めた。
では、今回なぜこだわるのか。自分が歌えると思っているからだ。練習にもあまり来ず、声もたいしたことがないと思う人たちが、なぜ前で歌うのか。そういう不満である。
そもそも、60歳を過ぎて声楽を始めたのは、合唱でもっとうまく歌いたいと思ったからだ。56歳から通った大阪の合唱団では、ずっと最後列で歌っていた。時には「このレベルで、よう来ているな」という視線を感じることもあった。実際、歌えない自分に苦笑いしたら、テナーのベテランから「笑ってる場合じゃねえよ」と罵倒されたこともある。「すみません」と謝ったものの、内心では、ええクソ、と思った。
声楽を始めて、大阪ではバリトンに変わった。しかし、声楽を始めて2年目に大阪通いをやめた。お金が続かなかった。休団という制度はなかったので、そのまま退団した。
それからは声楽と合唱を並行して続けてきた。声楽コンクールで入賞するようになった頃から、合唱団でも評価されるようになった。昔から「いい声ですね」と言われることはあったが、どうも落ち着かなかった。それも今では慣れた。
実際、今は状況に応じて歌えるようになった。自分でも、うまくなったと思う。だからこそ、今回のステージオーダーが気になるのだろう。
ここまで書いて思った。これは自惚れだ。
長年努力してきた自負はある。しかし、自分がうまくなったことと、他人より前で歌うべきだということは別である。練習に来ない人や、自分より歌えないと思う人を批判する前に、自分の評価が本当に正しいのかも考えなければならない。他人をさげることで自己評価を高めるのは自惚れだ。
辿り来て未だ山麓。
もっと謙虚にならないと、単なる老人の自画自賛になってしまう。精進しよう。
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