声楽コンクールは、プロにとってはさまざまな経歴に箔を付けるものだが、アマチュアの場合は「出ているの、すごいね」くらいの感想で終わる。だからどうした、と言われればそれまでである。
功罪と言っても、罪のほうが大きい。特に年金生活者にとって、趣味に使える金は微々たるものだ。レッスン代に参加費、交通費と、何かと金がかかる。そのたびに、いつもビクビクしながら妻にお伺いを立てている。
さて、土日と続けてコンサートに行った。土曜日は声楽、日曜日は器楽が中心だったが、どちらも歌っていた出演者の大半は知っている人たちである。
帰宅して感想をまとめているうちに、ふと気がついた。何かしっくりこないのである。
コンクールで上位に入る人たちは、いつもぎりぎりのところを攻めてくる。特に自分と同世代、あるいはそれ以上の年齢になると、それぞれに得意技を持っている。ここぞというところで一発聴かせる。長年歌ってきた経験に裏打ちされた、自分の見せ場を心得ているのだ。
この2日間で「よし、これは」と思ったのは、来週、西日本准本選のオメガ部門に出場する85歳の兄弟子だった。いや、年齢はずっと上だが、自分より後に師匠のもとへ来たのだから、弟弟子と言うべきか。毎年、東京本選でも上位に入っている人である。
ほかの出演者も、発表会に出るくらいだから当然うまい。聴き応えもある。しかし、こちらに迫ってくるものがない。きれいに歌い、そつなくまとめていても、それだけでは心を揺さぶられないのである。
考えてみれば、これこそコンクールの功なのかもしれない。人前で上手に歌うだけでなく、聴く者の心をつかむところまで、自分を追い込んでいく。そこにコンクールの意味があるのだろう。
金はかかる。アマチュアが入賞したところで、それで生活が変わるわけでもない。そう考えると、やはり罪のほうが大きい。それでも、こういう歌を聴かされると、気持ちが揺らぐ。
やっぱり来年、出ようかな。
ログインしてコメントを確認・投稿する