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2026年10月02日10:51

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悟りの方法(その3:宗教原理と統制原理)

(その1)はこちら。
(その2)はこちら。

〔今回も
 ぼちぼち更新しながら
 少しづつ完成させてゆきます。〕

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

悟り(あるいは啓示)に至る
つまり
宗教原理獲得
の
最も安全で
思想の偏りからも自由な
技法
としての
自律性療法
の
概略を知り

そして
これを
7年前後継続して

悟りが開けたり
神の啓示を受けることが
出来た
として
〔宗教体験は
 宗教的な修行状態を
 7年前後続けることで
 突然生起することが多いです。
 私の場合は
 1979年春又は夏頃から
 自律性療法を始めて
 1990年11月5日の午前中に
 初めての宗教体験が出た
 ので
 11年半くらい
 かかっているわけです。
 この間
 24時間365日
 自分自身の心の奥を観察して
 そこに生起している現象を
 主観を交(まじ)えず
 そこで生起する現象の邪魔をすることなく
 そのプロセスの進行を
 見守っていたわけです。〕

その次の段階に
待っているのは
「それで全部判(わか)ったと
 思ったら
 アンチノミーを避けられない」
という
カントの警告
です。

宗教体験は
すごく強力な体験で
マルクスが
『ヘーゲル法哲学批判序説』
〔1844年2月末『独仏年誌』第1第2分冊合併号収録〕
で
「宗教は民衆の阿片である
(Die Religion ist das Opium des Volkes.)」
と言った
ように
その中に浸(ひた)ってさえいれば
他に何も必要と感じなくて済む
心の天国を
与えてくれる体験です。

なので
麻薬中毒患者のように
もう
他のことは全部放置して
その体験の中に
閉じ籠(こも)っていたとしても
本人は至って満足
なわけです。

周りで
何が起きていようと
誰が困っていようとも
何ら無関心で
居られるわけです。

こういう
恍惚状態は
すべての人が
その状態にあれば
確かに
争いごとも
世の中の矛盾に苦しむ人も
居なくはなる
だろうけれども

その
「何もしないで
 ただ恍惚としている」
人だらけ
という
光景も

ある意味
異様(いよう)
で
健康的とは
言えないのではないか
ということを
カントであるならば
言うでしょう。

なぜならば
カントの批判(超越論)哲学は
検証可能な理性の現象界
と
検証不可能であるが故に統制原理で規制する物自体(理念)界
との
共通の根源から
両者を調停しようとする
哲学だからです。

それ故に
今回は
宗教原理
と
統制原理
について
話そうと思っています。

宗教は
「恋は盲目」
と言われるように
のめり込んでしまう傾向性があり

それ故に
洗脳などが
問題となるわけです。

詐欺もまた
そうですが

詐欺や
洗脳の
罠に
嵌(はま)ってしまわない
ためには

悪について
深い洞察が必要である
と
同時に

人間が陥りやすい
魔境
それも

宗教体験を
得る以前の
煩悩
ではなく

宗教体験後の
魔境
についても
呑み込まれてしまわない
ためにも

宗教体験後
であっても
なお
カントの統制原理は
生きている
ということを
話そうと思います。

(まだ続きます。
 しばらくお待ちください。)


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最終更新
令和8(2026)年 10月 2日 10時58分
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