シェリング哲学とは
ここでは
後期シェリング『啓示の哲学』の内容。
後期シェリング
つまり
シェリングが到達した最終地点を
生きる。
私にとってシェリングは
西田や
ホワイトヘッド以上に
深く精緻に
哲学した天才。
もちろん
単純な比較は出来ない。
むしろ
日本語で哲学した最高最深の哲学者は西田幾多郎で
英語で哲学した最高最深の哲学者はホワイトヘッドで
ドイツ語で哲学した最高最深最広の哲学者がシェリング。
シェリングの哲学原理は
結局
causa materialis(質料因:Naturprinzipien=自然原理)としての第一原理
と
causa formalis(形相因:Geistesprinzipien=精神原理)としての第二原理
と
causa finalis(目的因:自然且精神原理)としての第三原理
das im Actus, im Sein noch Potenz oder Subjekt Bleibende,
weil es im Actus, im Sein auch nicht sich selbst wollen kann.
(働きにおいても、存在においても、
自己自身を欲し得ないが故に、
働きにおいても、存在(客体=客観)においても、
猶ポテンツ即ち主体=主観に留まるもの)
だ。
(ここで
materia(質料)とform(形相)、
Natur(自然)と Geist(精霊)、
Actus(働き=現勢)と Potenz(ポテンツ=潜勢)、
Sein(存在、Objekt=客観・客体)とSubjekt(主観・主体)
は
通常は互いに相容れない反意語。)
この
互いに一方を排除するがゆえに一面性としての
第一原理と第二原理
そして
第一原理・第二原理と共に
解き得ざる紐帯に依って結合しているがゆえに全体として一体であるところの
第三原理を
いずれも必要不可欠の
継起的に
(第一原理の時期と第二原理の時期の時期は
互いに一方である時には他方ではありえないと言う意味
つまり共存的ではありえないという意味で
継起的に)
第一原理の時期と
第二原理の時期を
経て
第三原理の時期へ到る
というプロセス思想が
シェリング独自の
積極哲学だ。
これを
自分自身と
自分の人生に
当てはめて考えてみる。
第一原理の時期
家庭的揺籃期
受験戦争(階級社会)に巻き込まれないで
神の世界で
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
もとい。
ちょっと間違いに気付いたけど
正す気力も冴(さえ)も
欠いているので
全体的に
書き直す。
シェリングは
『啓示の哲学』で
原理抽出のために
第一原理としての
das sein Könnende(存在可能者)
第二原理としての
das rein Seiende(純粋存在者)
第三原理としての
das sein Sollende(存在当為者)
das im Actus, im Sein noch Potenz oder Subjekt Bleibende,
weil es im Actus, im Sein auch nicht sich selbst wollen kann.
(働きにおいても、存在においても、
自己自身を欲し得ないが故に、
働きにおいても、存在(客体=客観)においても、
猶ポテンツ即ち主体=主観に留まるもの)
を演繹した。
そして
目的因が
der vollendete Geist(完成せる精神)
であることが判明したことによって
der an sich seiende Geist(即時的に存在する精神)の時期
から
der für sich seiende Geist(対自的に存在する精神)の時期
を経て
der bei sich seiende Geist(留自的に存在する精神)の時期
つまり
der
im Actus, im Sein noch Potenz oder Subjekt bleibende Geist,
weil es im Actus, im Sein auch nicht sich selbst wollen kann
(働きにおいても、存在においてもまた自分自身を欲し得ないがゆえに
働きにおいても存在においても潜勢即ち主体に留まる精神)の時期
へと到る
プロセス思想を
展開していた。
der an sich seiende Geist の時期と
der für sich seiende Geist の時期は
共存し得ず
どちらか一方の時期に
同時に他方の時期であることは
出来ない。
それゆえ
der für sich seiende Geist の時期が来れば
der an sich seiende Geist の時期は消滅する。
けれどもそれは
消滅した時期が
完全に無になったわけではなく
互いの時期において
他方の Geist が
働き得なくなるに過ぎない。
それで
目的の時期としての
der bei sich seiende Geist の時期
は
第三原理としての
der
im Actus, im Sein noch Potenz oder Subjekt bleibende Geist,
weil es im Actus, im Sein auch nicht sich selbst wollen kann
(働きにおいても、存在においてもまた自分自身を欲し得ないがゆえに
働きにおいても存在においても潜勢即ち主体に留まる精神)
が働く時期だ。
そしてこれを
自分自身の人生で
考えてみたい。
der an sich seiende Geist の時期は
家族に保護された揺籃期だが
これを私は中学3年生までの時期
(1959年5月12日から1975年3月14日までの15年10ヶ月間)
と捉える。
der für sich seiende Geist の時期は
神から見放されて彷徨(さまよう)う子羊の時期であり
マルクスで言えば階級闘争(階級社会)の時期であり
私の哲学で言えば二肢言語(能動態と受動態のみで構成される言語)文法の世界
であるが
これを私は
受験戦争に突入させられた大阪府立北野高等学校入学以後
(北野高校に入った事で「次は京大」が洗脳的に刷り込まれたから)
京大・京大大学院時代まで
(1975年4月1日から2021年3月31日までの46年間)
と捉える。
そして
der bei sich seiende Geist の時期
即ち
der
im Actus, im Sein noch Potenz oder Subjekt bleibende Geist,
weil es im Actus, im Sein auch nicht sich selbst wollen kann の時期
を
2021年1月23日に遡源し
2021年3月12日に資金を調達し
2021年3月16日に居住地を確保し
2021年4月1日から開始され
2021年7月14日(フランス革命記念日)に移住することになる
新環境(蒜山高原)での生活
と位置づける。
住んでいる場所で区別すれば
1.大阪時代
2.京都時代
3.蒜山時代
ということになるが
内容的には
1.両親と祖父母に守られていた時期
2.受験戦争の中で生きた時期
3.自然環境の中で哲学書を生み続ける時期
となるのではないか。
1.即自存在精神の時期は
存在可能者と純粋存在者が対立しないで
しかしそれらの対立可能性が自覚出来ないまま過ごせた時期。
2.対自存在精神の時期は
存在可能者が可能性でありつづけなければならない
自らの本分を逸脱して
存在可能者が現実性へと転じてしまい
しかしそのことによって
存在可能者と純粋存在者との本来的な関係
つまり
存在可能者が純粋存在者の主体であり
純粋存在者が存在可能者の客体である関係が壊れ
存在可能者が自己自身の主体として立ち上がり
存在可能者が純粋存在者を単なる手段として扱い
それゆえ純粋存在者は
純粋存在者の主体としての存在可能者を失い
ただ単に自己自身の主体としての存在可能者の客体として
存在可能者に搾取されるだけの奴隷へと貶(おとし)められてしまう時期。
しかし純粋存在者はいつまでも
存在可能者の奴隷の身分のまま虐げられたままで居る事は出来ない。
つまり
純粋存在者は逸脱した存在可能者の「治療者」として
「自己自身の主体と化した存在可能者」を本来の役割へ
即ち
「純粋存在者の主体としての存在可能者」へと連れ戻す事だけを
使命とした das sein Müssende(働かざるを得ないもの)と化して
存在可能者の逸脱を修復するものとして機能し始める。
この時期は
存在可能者と純粋存在者が互いに相容れず
一方が他方を支配することでしか
それぞれの生存権を獲得出来ない矛盾の時期。
3.留自存在精神の時期は
存在可能者が自分自身が純粋存在者の主体であることを自覚する事と
純粋存在者が自分自身が存在可能者の客体であることを自覚する事が
どちらか一方のみに起こるアンバランスや不公平ではなく
両方が同時に自覚しているという、
全く平等・対等・公平な力関係において成立している。
神話の国であり
その中でも
偉大な水の主の神(八束水臣津野命=やつかみずおみづぬのみこと)
と直接かんけいするわけではないかもしれないが
「八束」の地名に
その由来を感じさせる八束村の
(その由来を信じさせるに足る)
名水の源である塩釜の冷泉
(塩釜の冷泉は「高天原神話」の由来であるとも言われている)
近くの
出雲国の戦国大名尼子氏の
家臣の本家であるところの
古民家を
第三原理実現の地に選んで
第三原理を行為することに
勤(いそ)しみたい。
自分自身を
働きにおいても
存在においても
客体においても
欲する事が出来ない
がゆえに
働きにおいても
存在においても
客体においても
潜勢に留まるものであり
主体(主観・主語・主辞・主題)に留まるもの
たりつつ
生計を立てることが出来る事を
目指したい。
それは
金の亡者に成り下がる事なく
自立するもの足り得る事を
目指す事になる。
純粋である事が
無収入であった
これまでを止揚した
生き方を模索したい。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
私の自律性無底哲学は
後期シェリングの積極哲学を
主たる故郷(ふるさと)にしているけれども
それに縛られない。
仏教思想も取り入れるし
マルクスの思想も取り入れる。
西田哲学も参考にするし
ホワイトヘッドの歴程哲学も
無視していない。
「無底」は
ベーメに拘束されないし
シェリングの絶対プリウスも意味するし
西田の絶対無も意味するし
ホワイトヘッドの actual entity も意味し得る。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
存在可能者が純粋存在者の主体としての役割を果たし
純粋存在者が存在可能者の客体としての役割を果たす関係
とは
具体的には
どのような関係なのだろうか。
資本主義社会のシステムが自律性無底哲学の主体としての役割を果たし
自律性無底哲学が資本主義社会システムの客体としての役割を果たす関係。
現代の最先端の技術が私の哲学の主体として機能し
私の哲学が現代社会の客体としての役割を行使する関係。
理想だ。
出来る出来ないを考える
よりも
続く事
やりたい事であるかどうか
の方が
前提条件として重要。
哲学は
いかなる時にも
私の力であった。
頭を打って
脳挫傷を被って
寝返りが打てない時にでも
後期シェリングの『啓示の哲学』を読んでいた。
「何か一つしか出来なくなった時」に
選んだ「たった一つの事」が「哲学」だった。
私にとって「哲学」は
「生き甲斐」だった。
その「生き甲斐」を
「お金にならないだろう」からといって
諦めるのは
生活の安定のために
サラリーマンをする
のと同じ事で
妻が一番嫌う生き方だ。
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最終更新
令和3(2021)年6月20日 午前0時05分
令和3(2021)年6月23日 17時33分
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